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4章 アフターケア
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翌日、ウロマと灯美は再び小百合の家を訪れた。もちろん、ジェームズのノートパソコンを携えて。日曜の昼下がりのことだった。
「清川さん、ヒロセさんが亡くなった原因がわかりましたよ」
家に入るや否や、ウロマは自信たっぷりに小百合に言った。
「本当ですか! 教えてください、いったいどういうことだったんですか!」
小百合は当然、そんなウロマの言葉に激しく食いついてきたが、
「まあ、落ち着いてください。とりあえず、僕が今から彼の当日の行動を再現します。その上で、説明します」
ウロマはノートパソコンをリビングのローテーブルの上に置くと、ふらっと寝室のほうに行ってしまった。小百合と灯美はあわててその後を追った。
寝室に入ると、ウロマはすでにベッドの上に大の字になって寝転がっていた。白衣のまま。
「先生、何してるんですか?」
「今、僕は当日の朝のヒロセさんになりきっているのです。ちょうど、清川さんと口論した後で、ふてくされて横になったところなのです」
「はあ?」
小百合と灯美は首をかしげた。ジェームズの死因を説明するのに、そこから再現する必要あるのか?
「あー、私はなんてひどいことをサユリに言ってしまったのだろう。彼女が会社から帰ったら、謝らなきゃ。うとうと……」
と、わざとらしく棒読みで言うと、目を閉じるウロマだった。眠っている演技のつもりらしい。
そして、ややあって、彼は急にベッドから飛び起きた。
「うるさい! この騒音は何事だ! これじゃあ、おちおち眠れないじゃないか!」
ウロマはベッドから起き上がり、寝室の窓を開けてベランダに出た。そのすぐ前には、昨日と同じように工事中のビルがあった。今日は日曜日なので工事はやってないようだったが、
「こんな昼間から、騒音を撒き散らすなんて、近所迷惑にもほどがある! 文句を言ってやる!」
当日の、月曜日の朝のジェームズになりきっているウロマの耳には工事の騒音が聞こえているようだった。そのまま、ベランダの手すりに両手を置き、ベランダから身を乗り出した。
そして、直後、
「う! これはどうしたことだ! 手が! 手が!」
と、わざとらしく言うと、唐突に身もだえし始めるウロマであった。
「て、手が震える! これはまさか……例の発作! しまった、うわあああっ!」
ウロマは叫ぶと、ベランダの手すりからめいっぱい身を乗り出し、手をばたばたさせ、下に落ちたような身振りをした。
「……先生、小芝居はもういいです。早く説明してください。例の発作ってなんなんですか」
リアクションに困るので、とりあえず迅速な解説を求めた。
「これだけ僕が熱演してもわかりませんか、灯美さん。彼は当日、ここでミオクロニー発作を起こしたということですよ」
手すりから身を起こしながらウロマは答えた。さすがにもうジェームズなりきりモードではなくなったようだ。
「ミオクロニー? なんですか、それ?」
「そりゃあもちろん、彼の持病のてんかんの発作のことです」
「え? ジミーはそんな病気だったんですか?」
小百合は寝耳に水といった、驚きの声を上げた。
「わ、私、そんなこと全然知らなくて……」
「おそらく、彼は恋人のあなたに病気のことを知られたくなかったのでしょうね。だから、ずっと隠していたのでしょう」
「なんで私に教えてくれなかったんでしょうか」
「……こういうのは、デリケートな問題ですからねえ」
ウロマの答えはあいまいだった。
「でも、先生。なんでヒロセさんがその病気だってわかったんですか? 昨日調べた限りでは、何も手がかりはなかったじゃないですか」
「ありましたよ。彼の生活には、てんかんの発作のリスクを少しでも減らそうという工夫が随所にね」
ウロマはそれだけ言うと、ベランダから家の中に戻った。後を追うと、彼は寝室を出て、ジェームズの部屋に入った。そして、そこにある机の一番上の引き出しを開けた。中にはブルーのサングラスがきれいに並べてあった。
「まず一つがこれですね」
ウロマはそのサングラスを一つを取ると、勝手に着用した。当然、めちゃくちゃ似合っていない。陰気な白衣男にサングラスでは、胡散臭さマシマシだ。
「清川さん、ヒロセさんは、外出するときはほぼ必ずこれらのサングラスを使用していたと思いますが、違いますか?」
「はい。太陽の光がまぶしいんだって言っていました」
「まあ、確かに、瞳の色が薄い欧米人は、そういう理由でサングラスを着用するのが一般的ですが――ですが」
「ジミーの場合は、それだけではなかったと?」
「ええ。実は、てんかんの持病がある人は、光過敏性発作といって、強い光を目に受けると発作を起こしてしまうことがあるのです。なので、昼間に外出する際は、サングラスを着用することがのぞましいのです。特にこのような、青いものを」
ウロマは指で鼻の上のサングラスを軽く持ち上げた。その、ブルーのレンズ越しに見える二つの瞳は、相変わらずよどんでいる。
「でも先生、今の話だと、ヒロセさんは、単に瞳の色が薄いからサングラスを使っていたのか、てんかんの持病があるから使っていたのか、わからないじゃないですか」
「ええ、もちろん。この青いサングラスだけで彼の持病を決め付けるつもりはありません」
ウロマは灯美に答えると、サングラスを外して元の引き出しに戻し、ジェームズの部屋を出た。
「清川さん、ヒロセさんが亡くなった原因がわかりましたよ」
家に入るや否や、ウロマは自信たっぷりに小百合に言った。
「本当ですか! 教えてください、いったいどういうことだったんですか!」
小百合は当然、そんなウロマの言葉に激しく食いついてきたが、
「まあ、落ち着いてください。とりあえず、僕が今から彼の当日の行動を再現します。その上で、説明します」
ウロマはノートパソコンをリビングのローテーブルの上に置くと、ふらっと寝室のほうに行ってしまった。小百合と灯美はあわててその後を追った。
寝室に入ると、ウロマはすでにベッドの上に大の字になって寝転がっていた。白衣のまま。
「先生、何してるんですか?」
「今、僕は当日の朝のヒロセさんになりきっているのです。ちょうど、清川さんと口論した後で、ふてくされて横になったところなのです」
「はあ?」
小百合と灯美は首をかしげた。ジェームズの死因を説明するのに、そこから再現する必要あるのか?
「あー、私はなんてひどいことをサユリに言ってしまったのだろう。彼女が会社から帰ったら、謝らなきゃ。うとうと……」
と、わざとらしく棒読みで言うと、目を閉じるウロマだった。眠っている演技のつもりらしい。
そして、ややあって、彼は急にベッドから飛び起きた。
「うるさい! この騒音は何事だ! これじゃあ、おちおち眠れないじゃないか!」
ウロマはベッドから起き上がり、寝室の窓を開けてベランダに出た。そのすぐ前には、昨日と同じように工事中のビルがあった。今日は日曜日なので工事はやってないようだったが、
「こんな昼間から、騒音を撒き散らすなんて、近所迷惑にもほどがある! 文句を言ってやる!」
当日の、月曜日の朝のジェームズになりきっているウロマの耳には工事の騒音が聞こえているようだった。そのまま、ベランダの手すりに両手を置き、ベランダから身を乗り出した。
そして、直後、
「う! これはどうしたことだ! 手が! 手が!」
と、わざとらしく言うと、唐突に身もだえし始めるウロマであった。
「て、手が震える! これはまさか……例の発作! しまった、うわあああっ!」
ウロマは叫ぶと、ベランダの手すりからめいっぱい身を乗り出し、手をばたばたさせ、下に落ちたような身振りをした。
「……先生、小芝居はもういいです。早く説明してください。例の発作ってなんなんですか」
リアクションに困るので、とりあえず迅速な解説を求めた。
「これだけ僕が熱演してもわかりませんか、灯美さん。彼は当日、ここでミオクロニー発作を起こしたということですよ」
手すりから身を起こしながらウロマは答えた。さすがにもうジェームズなりきりモードではなくなったようだ。
「ミオクロニー? なんですか、それ?」
「そりゃあもちろん、彼の持病のてんかんの発作のことです」
「え? ジミーはそんな病気だったんですか?」
小百合は寝耳に水といった、驚きの声を上げた。
「わ、私、そんなこと全然知らなくて……」
「おそらく、彼は恋人のあなたに病気のことを知られたくなかったのでしょうね。だから、ずっと隠していたのでしょう」
「なんで私に教えてくれなかったんでしょうか」
「……こういうのは、デリケートな問題ですからねえ」
ウロマの答えはあいまいだった。
「でも、先生。なんでヒロセさんがその病気だってわかったんですか? 昨日調べた限りでは、何も手がかりはなかったじゃないですか」
「ありましたよ。彼の生活には、てんかんの発作のリスクを少しでも減らそうという工夫が随所にね」
ウロマはそれだけ言うと、ベランダから家の中に戻った。後を追うと、彼は寝室を出て、ジェームズの部屋に入った。そして、そこにある机の一番上の引き出しを開けた。中にはブルーのサングラスがきれいに並べてあった。
「まず一つがこれですね」
ウロマはそのサングラスを一つを取ると、勝手に着用した。当然、めちゃくちゃ似合っていない。陰気な白衣男にサングラスでは、胡散臭さマシマシだ。
「清川さん、ヒロセさんは、外出するときはほぼ必ずこれらのサングラスを使用していたと思いますが、違いますか?」
「はい。太陽の光がまぶしいんだって言っていました」
「まあ、確かに、瞳の色が薄い欧米人は、そういう理由でサングラスを着用するのが一般的ですが――ですが」
「ジミーの場合は、それだけではなかったと?」
「ええ。実は、てんかんの持病がある人は、光過敏性発作といって、強い光を目に受けると発作を起こしてしまうことがあるのです。なので、昼間に外出する際は、サングラスを着用することがのぞましいのです。特にこのような、青いものを」
ウロマは指で鼻の上のサングラスを軽く持ち上げた。その、ブルーのレンズ越しに見える二つの瞳は、相変わらずよどんでいる。
「でも先生、今の話だと、ヒロセさんは、単に瞳の色が薄いからサングラスを使っていたのか、てんかんの持病があるから使っていたのか、わからないじゃないですか」
「ええ、もちろん。この青いサングラスだけで彼の持病を決め付けるつもりはありません」
ウロマは灯美に答えると、サングラスを外して元の引き出しに戻し、ジェームズの部屋を出た。
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