嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ

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2章 イノセント・ノイズ

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「……私、なんでこんなことしなくちゃいけないの?」

 文崎灯美は、目の前に広がるゴミの山に、思わずためいきをついた。ゴミが散乱しているとはいえ、そこは一応、室内だった。正確には、とある男の居住スペースだった。

 だが、人が寝起きする場所とは到底思えないくらい、散らかっていた。めっちゃ汚部屋だった。床には空の錠菓の容器が無数に転がっていて、その上に、おそらくは脱ぎ捨ててそのままの白衣やら、男物のワイシャツやらが重なり合って広がっていた。フローリングの床が見えないほどに。

「これ、全部捨てていいわよね?」

 とりあえず持ち込んだゴミ袋に目に留まったものを片っ端からポイポイ放り込んだ。服装は学校から帰宅せずにそのまま来たので制服のままだったが、割烹着、三角巾、マスクの重装備だった。もちろん、ゴミを回収するのもトングだ。この部屋に入ったとたん、なぜか割烹着などと一緒にすぐ足元に転がっていたのだった。なぜか。

 だが、そうやってめったやたらにゴミ袋に突っ込んでいると、灯美のスマホが突然鳴った。電話に出ると、

「灯美さん、念のために言っておきますが、僕の服などは捨てないでくださいね。あくまで片付けるのはゴミだけですよ?」

 と、釘を刺されてしまった……。

「だったら自分で片付ければいいでしょう! ウロマ先生の部屋なんだから!」
「いやあ。そうも思ったんですけどねえ。せっかく灯美さんが、僕の助手として仕事をしに来てくれたわけでしょう? それなのに、相談者さんが来なくて、暇をもてあますというのも、実にかわいそうなことじゃないですか。だから、僕なりに、やりがいのある仕事を提供しようかなと――」
「ただ面倒ごとを押し付けただけじゃないですか!」
「まあ、そうとも言うかもしれません? とにかく、僕はあなたの雇い主ですし、しっかり言われた仕事はしてくださいよ。なんせ、あなたは僕の助手なんですから……助手なんですから?」

 と、いやみったらしく繰り返した後、一方的に電話を切る男であった。

「そりゃ、仕事って言われたらやるわよ……やるけど!」

 もっとこう、電話の対応とか、書類の整理とか、OLチックな仕事を期待していたのに、ただの雑用とは。もはや単にめんどくさい家事を押し付けるために雇われたような気にさえなってくる。

 なお、灯美のいるこの汚部屋はウロマのカウンセリングルームのすぐ真上の階にある部屋だった。もともとレンタルオフィス用の物件だったが、ずっと空き室のままだったため、ウロマが格安で住居として借りているということだった。

 やがて、手持ちのゴミ袋がいっぱいになったので、とりあえず休憩と文句を言いに、灯美はそれを携え、下のカウンセリングルームに戻った。ウロマは相変わらず一人で奥の事務机の椅子に腰掛けていた。そして、いつものように錠菓をぽいぽい口に運んでいた。ただ、今日は机の上にノートパソコンがあった。何かネットで見ていたのだろうか。こっちは汚部屋でゴミを回収していたのに、気楽なものだ。灯美はそのパソコンの隣にパンパンのゴミ袋をドンと置いた。これ見よがしに。

「なんであんなに散らかり放題なんですか、信じられない! いい歳の大人が自分の部屋も片付けられないなんて!」
「違います。僕は片付けようと思えばできる男なのです。それをあえて、やらない。確固たる意志を持って片付けない。すべてをあるがままの状態に保っているだけです。そう、例えば大自然のサバンナで、小鹿がライオンの群れに襲われているとしましょう。見ていると、きっと小鹿はすごくかわいそうです。よってたかって、自分よりずっと体の大きい猛獣たちに食い物にされているのですから。けれど、それを傍観者である人は助けることはできない。それが自然の摂理だからです。そう、つまりはそれと同じこと、人が自然に対してできることは、確固たる意志を持って、見守ることだけなのです」
「……誰がサバンナの話をしろって言いました?」

 ほんっと口だけは達者だ。というか、そもそもそういう理屈なら、片づけを命令すること自体おかしいし。反論の言葉が、口から間欠泉のように熱く吹き出してきそうだったが、どうせまたいらいらする屁理屈で返されるだけだろうし、ぐっとこらえた。

 と、そんなしょうもないやりとりをしているときだった。突如、二人のいる部屋に、一人の老人が駆け込んできた。

「ウロマとかいうやつは、ここにいるか!」

 それはまさに、「頑固親父」を絵に描いたような老人であった。

「はい、僕がそうですが。いったい何のご用件で――」
「お前か! お前なら診断書を作れるのか!」

 ウロマが答えたとたん、老人はつかつかと事務机のほうまで歩いてきた。その手には、何かのチラシらしい紙切れが握られていた。おそらくここの場所が書かれている広告なのだろうと、灯美は察した。
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