あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

文字の大きさ
上 下
38 / 62
3 黒川さんたちはお金がない

3 - 14

しおりを挟む
「……で、結局、三日間の強制労働でいくらもらったんですか?」
「日給一万五千円の三日分ですね」
「あ、けっこういいお給料じゃないですか。さすが売れっ子先生、太っ腹ですね」
「いやいや! 時給に換算すると千円切ってますよ! とんでもねえ低賃金労働ですよ!」
「そ、そうなんですか……」

 まさか寝る時間もろくになかったのか。三日間、ひたすら着物の花の柄だけ描かされていたのか。まさに奴隷である。

「まあ、お金自体は、帰り際に現金で手渡されたので、それはよかったんですけどね……って、本当にちゃんと満額入ってるんでしょうか? どさくさに、ちょろまかされてる可能性も?」

 黒川は突然不安になったのか、ジャージのポケットから細長い茶封筒を出し、中の紙幣を確認し始めた。いちまーい、にまーい……。その声はおどろおどろしく震えていて、足りないとお岩さんになりそうな勢いであった。

 しかし、茶色い紙幣はちゃんと五枚入っているようだった。しかも、一万円札が五枚。そう、三日分で四万五千円のはずなのに五万円入っていたのである。

「こ、これはどういうことでしょう、赤城さん! 五千円多いですよ!」

 なんかひたすらおろおろしはじめる男である。

「五千円札と一万円を間違えて渡されたってことでしょうか? だったらそのう……このままもらっちゃってもいいのかな?」
「本当に間違いなんですか?」

 雪子はふと黒川の持つ茶封筒から白い紙切れがはみ出しているのに気づいた。手を伸ばし、それを引っ張って見てみると、それは手書きの支払通知書で、支払額はしっかり「五万円」と書かれていた。アシスタント作業代、諸経費込み、とある。

「諸経費込みとありますから、この金額で間違いないみたいですよ」
「ほ、本当に? 諸経費とかいうよくわからないもので、五千円も余分にいただいちゃっていいんでしょうか?」
「いいんじゃないですか。大変な現場だったんでしょう? だから、ちょっとサービスしてくれたってことでしょう」
「そうかあ……。僕にサービスしてくれたんですねえ、館守先生!」

 とたんに、ぱーっと顔が明るくなる黒川だった。よく話を聞けば、五千円くらい足されても割に合わなさそうな仕事内容なのに、相変わらずちょろい生き物である。

 いや、サービスで足されたのは本当に五千円なのだろうか?

 雪子はそこで、はっと気づいた。漫画家やプロアシのような個人事業主に対する報酬の支払いには、基本的に、消費税十パーセントが加算されるはずだ。そう、四万五千円の報酬なら、消費税十パーセントを上乗せすると、四万九千五百円になる。つまり、この場合、諸経費だかサービスだかで追加された料金は、五千円ではなく、五百円になるのではないだろうか? 源泉徴収はされてないようだし。

 というか、これはもはや帰りの交通費みたいなものなのでは?

「ところで、黒川さんは館守先生の仕事場からどうやってここまで帰ってきたんですか?」
「え、普通に電車で」
「運賃いくらかかりました?」
「六百円ぐらいですかね」

 あれ? この人、交通費で足が出てる。諸経費(交通費)ちょっと足りてない!

「まあでも、五千円もサービスしてもらったんですから、六百円ぐらいどうでもいいですよね!」
「で、ですね……」

 五千円も余分にもらったと信じ、満面の笑顔の黒川に対し、雪子は真実を伝えることは出来なかった。

 なんでこの人、十年も漫画家やってて、消費税のこと気づかないんだろう……。そう思いながらも、そのまま彼の前から立ち去るだけだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

異世界日帰りごはん【料理で王国の胃袋を掴みます!】

ちっき
ファンタジー
【書籍化決定しました!】 異世界に行った所で政治改革やら出来るわけでもなくチートも俺TUEEEE!も無く異世界での日常を全力で楽しむ女子高生の物語。 暇な時に異世界ぷらぷら遊びに行く日常にちょっとだけ楽しみが増える程度のスパイスを振りかけて。そんな気分でおでかけしてるのに王国でドタパタと、スパイスってそれ何万スコヴィルですか!

後宮の才筆女官 

たちばな立花
キャラ文芸
後宮の女官である紅花(フォンファ)は、仕事の傍ら小説を書いている。 最近世間を賑わせている『帝子雲嵐伝』の作者だ。 それが皇帝と第六皇子雲嵐(うんらん)にバレてしまう。 執筆活動を許す代わりに命ぜられたのは、後宮妃に扮し第六皇子の手伝いをすることだった!! 第六皇子は後宮内の事件を調査しているところで――!?

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

【完結】非モテアラサーですが、あやかしには溺愛されるようです

  *  
キャラ文芸
疲れ果てた非モテアラサーが、あやかしたちに癒されて、甘やかされて、溺愛されるお話です。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...