あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

文字の大きさ
上 下
61 / 62
5 黒川さんの里帰り

5 - 13

しおりを挟む
 さて、そんなこんなで正式に?夫婦になった二人であったが、黒川が言ったとおり、それで雪子の生活が何か変わるわけではなかった。翌日からも、まったく今までどおりであった。そう、ただ家と勤務先のレストランを往復するだけの日々……。

 黒川は、彼女の家の隣に間違いなく潜んでいるのだが、相変わらずアパートの廊下などでは顔を合わせることはなかったし、ベランダから遊びに来ることもなかったし、電話もかけてこなかった。

 雪子は次第に彼の態度にいらだちを感じはじめていた。一方的に愛の告白をしておいて、いくらなんでもそっけなさすぎるのではないだろうか。別に毎日花束を持って求愛しに来て欲しいとは思わないけれども、たまには会いに来たり、電話で声を聞かせてくれてもいいではないか。こっちは、夕方の時間帯はいつもベランダの窓の鍵を開けて待ってるのに。防犯上よくないと思いながらも、そうしているのに……。

 ただ、そんなふうに考えながらも、彼女は自分からは黒川に会いに行けないし、電話もかけられないのであった。彼女は、自分の中の彼への気持ちの変化に気づくには、あまりにも恋愛経験値が低すぎた。

 そして、そんな日々の中、彼女はふと、ある発見をした。仕事の帰りに寄ったコンビニに、ちょうど月刊サバト最新号があったので、本当に誌面がリニューアルされて黒川の漫画が排除されているのか、買って確かめてみたのである。(目次だけを見ればいいのだが、シュリンクされていたので買うしかなったのだ!)

 家に帰り、その中身を確認すると、確かに前には巻末にあった「ひょっとこリーマン」という漫画はなくなっていた。代わりのように女子高生のゆるい日常四コマ漫画が八ページ掲載されていた。「ひょっとこリーマン」の入れ替わりの新連載だろうが、ページが倍だ。いいのか、これで?

 ただ、彼女が一番注目したのはそこではなかった。なんと、その号には、ウェブに追いやられたはずの黒川ミミック先生の漫画が掲載されていたのだ。しかも三十二ページも。目次の作者コメントを見ると、「諸般の事情でお蔵入りしていた読み切りです。読んでね」とだけあった。

 どういうことだろう。彼女はさっそくその漫画を読んでみた。タイトルは「超五感探偵スプーキーセンシズ」だった。主人公の超鋭い五感の能力を使って事件の謎を解くミステリーもののようだが……。

「あ、あれ?」

 雪子はびっくりした。それは、超絶底辺作家、黒川ミミック先生らしくない、まともで面白い漫画だったのである。

 なんといっても、あの「ひょっとこリーマン」と違って、話にちゃんと中身があり、何をどう楽しめばいいのかわかる。ミステリーものながらも、変に理屈がこみいってなく、話自体も三十二ページですっきりまとまっており、主人公の少年もけっこうかっこいい。女の子もかわいい。というか、相変わらず画力高い。

 これはもしや……とてもよい漫画では?

「黒川さん、ちゃんと面白い漫画も描けるんだ……」

 雪子は感動した。ようやく彼を一人の漫画家として尊敬できるようになった気がした。ただの単発の読みきりではあるけれども。

 彼女はすぐにその月刊サバト最新号を持って、家を出て、黒川の部屋に向かった。前に、「ひょっとこリーマン」の面白さがわからないと、正直に感想を述べて、彼を傷つけてしまったことを思い出したのだ。あれはあまり親しくないころのことだったけれど、あんなことをしてしまった以上、今日、彼の漫画を面白く思ったことはきちんと伝えておきたい。

 ただ、いざ彼の部屋の前まで来ると、妙に気恥ずかしくなり、チャイムを押すのをためらってしまった。

 黒川とは久しぶりに顔を会わせるのだ。前は形だけとはいえ結婚して、おまけに好きだと言われてしまった。思い出すと、ますます恥ずかしさが強まって、顔が熱くなってしまう。どうしよう。別に無理して会う必要ない気もしてくる……。

 と、そんなふうにうじうじしていると、突如、その扉が勝手に開いた。

「おや、雪子さん。どうしたんですか、こんなところで?」

 中から出てきたのは、当然、黒川だ。いつもと同じジャージ姿だ。これからどこかに出かけるところだろうか。

「い、いや、あのう……」

 雪子は突然の黒川の出現に面食らったが、

「これ、読んだんですけど!」

 携えていた月刊サバト最新号を彼の眼前に突きつけ、ちゃんと用件を言うことができた。

「私、これ読んで、ちょっとびっくりして――」
「ああ、そうですよね。僕の代わりに入った新連載、八ページもあるんですよね。僕はウェブ連載で二ページに減らされたのに……」
「いや、そこじゃなくて! 黒川さんの漫画、載ってるじゃないですか、読みきりで三十二ページも」
「ああ、それは代原ですね」
「ダイゲン?」
「十一月号は、誰か連載を落とした作家さんがいて、その空いたページ数を埋めるために、何か適当な漫画を載せる必要があったんですよ。それが代原。そして、それにたまたま、僕が昔描いた読みきり漫画が選ばれたんです。五年前くらいに描いたんですけど、掲載直前になって、漫画の一部シーンと酷似した一家惨殺事件が発生して、不謹慎だということで掲載を見送られてお蔵入りしていたんですよ」
「へえ、そんなことがあったんですか」

 そういう話、ドラマやアニメなどでもたまに聞くが、作品には罪がないのに、かわいそうな話だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美
キャラ文芸
鮎川千咲は短大卒業後も就職が決まらず、学生時代から勤務していたインターネットカフェ『INARI』でアルバイト中。ずっと日勤だった千咲へ、ある日店長から社員登用を条件に夜勤への移動を言い渡される。夜勤には正社員でイケメンの白井がいるが、彼は顔を合わす度に千咲のことを睨みつけてくるから苦手だった。初めての夜勤、自分のことを怖がって涙ぐんでしまった千咲に、白井は誤解を解くために自分の正体を明かし、人外に憑かれやすい千咲へ稲荷神の護符を手渡す。その護符の力で人ならざるモノが視えるようになってしまった千咲。そして、夜な夜な人外と、ちょっと訳ありな人間が訪れてくるネットカフェのお話です。   ★第7回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

京都かくりよあやかし書房

西門 檀
キャラ文芸
迷い込んだ世界は、かつて現世の世界にあったという。 時が止まった明治の世界。 そこには、あやかしたちの営みが栄えていた。 人間の世界からこちらへと来てしまった、春しおりはあやかし書房でお世話になる。 イケメン店主と双子のおきつね書店員、ふしぎな町で出会うあやかしたちとのハートフルなお話。 ※2025年1月1日より本編start! だいたい毎日更新の予定です。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

バツ印令嬢の癒し婚

澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
鬼と対抗する霊力を持つ術師華族。 彼らは、その力を用いてこの国を鬼の手から守っている。 春那公爵家の娘、乃彩は高校3年であるにもかかわらず、離婚歴がすでに3回もあった。 また、彼女の力は『家族』にしか使えない。 そのため学校でも能なし令嬢と呼ばれ、肩身の狭い思いをしていた。 それに引き換え年子の妹、莉乃は将来を有望視される術師の卵。 乃彩と莉乃。姉妹なのに術師としての能力差は歴然としていた。 ある日、乃彩は学校の帰り道にとてつもなく強い呪いを受けている男性と出会う。 彼は日夏公爵家当主の遼真。このまま放っておけば、この男は近いうちに確実に死ぬ。 それに気づいた乃彩は「結婚してください」と遼真に迫っていた。 鬼から強い呪いをかけられ命を奪われつつある遼真(24歳)&『家族』にしか能力を使えない能なし令嬢と呼ばれる乃彩(高3、18歳) この結婚は遼真を助けるため、いや術師華族を守るための結婚だったはずなのに―― 「一生、側にいろ。俺にはおまえが必要だ」離婚前提の結婚から始まる現代風和風ファンタジー

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※5話は3/9 18時~より投稿します。間が空いてすみません… 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

宝石ランチを召し上がれ~子犬のマスターは、今日も素敵な時間を振る舞う~

櫛田こころ
キャラ文芸
久乃木柘榴(くのぎ ざくろ)の手元には、少し変わった形見がある。 小学六年のときに、病死した母の実家に伝わるおとぎ話。しゃべる犬と変わった人形が『宝石のご飯』を作って、お客さんのお悩みを解決していく喫茶店のお話。代々伝わるという、そのおとぎ話をもとに。柘榴は母と最後の自由研究で『絵本』を作成した。それが、少し変わった母の形見だ。 それを大切にしながら過ごし、高校生まで進級はしたが。母の喪失感をずっと抱えながら生きていくのがどこか辛かった。 父との関係も、交友も希薄になりがち。改善しようと思うと、母との思い出をきっかけに『終わる関係』へと行き着いてしまう。 それでも前を向こうと思ったのか、育った地元に赴き、母と過ごした病院に向かってみたのだが。 建物は病院どころかこじんまりとした喫茶店。中に居たのは、中年男性の声で話すトイプードルが柘榴を優しく出迎えてくれた。 さらに、柘榴がいつのまにか持っていた変わった形の石の正体のせいで。柘榴自身が『死人』であることが判明。 本の中の世界ではなく、現在とずれた空間にあるお悩み相談も兼ねた喫茶店の存在。 死人から生き返れるかを依頼した主人公・柘榴が人外と人間との絆を紡いでいくほっこりストーリー。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...