あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

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5 黒川さんの里帰り

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 その後、黒川と雪子はすぐに東京に戻った。

 行きと同じ妖怪超高速便で帰ったのだが、東京まで二人を送り届けてくれたのは玄信だった。彼が本来の黒龍の姿になり、二人を背に乗せて、長野から東京まで超高速で飛んで行ったのである。

 その体は黒川が黒龍の姿でいるときより、さらに大きく、凄みがあった。さすが数百歳の大妖怪。また、そんな黒い馬鹿でかい龍が超高速で飛翔しているにもかかわらず、地表を行きかう人々は誰一人その存在に気づいていないようだった。黒川が鬼装束を着ているときと同じく、普通の人間には存在を認知できない状態になっているらしかった。

 東京までは行きよりはいくらか早く着いたようだった。玄信は二人の住むアパートのすぐ近くの、人気のない駐車場に降り、二人を背中から降ろしたところで人間の姿に戻った。出かけるときと同じ、痛スウェットを着た姿である。(実は霊衣だった痛スウェットである!)

「あれ、玄信さん、このまま長野に帰らないんですか?」

 と、雪子が尋ねると、

「ああ、せっかく東京に来たんだし、ブクロや中野やアキバあたりを回って、帰るわ。じゃあな」

 と、言ってさっそうとその場から立ち去る玄信だった。いや、その格好で、そういう界隈に行くって……。その後姿は、もはや大妖怪様の威厳などみじんもない、ただのオタクジジイのそれであった。

 そして、黒龍の玄信の背中から降ろされた黒川は、鬼の姿のまま、ひどくやつれた顔をして力なく地面に転がっていた。

 神域を出て、体から神気が全部抜けてしまい、鬼に戻ったのだが、神域に入ったところで元々体にあった邪気は全部消えてしまっていたので、今は抜け殻のような状態らしかった。玄信が言うには、数日で元の状態に戻るらしいが。

「黒川さん、早くアパートに戻りましょう。今は鬼の姿なんだから、誰かに見られたら大変ですよ」
「そ、そうですね……」

 すでにいつものジャージに着替えていた黒川は、生まれたての子鹿のようにぷるぷると体を震わせながら立ち上がった――が、すぐにその場に崩れた。

 雪子はそこで彼の手荷物の唐草模様の風呂敷を解いて、それをほっかむりのように彼の頭にかぶせた。そして、彼の体に手を回して立たせ、肩を貸してアパートまで持って帰った。

 なお、風呂敷の中にあった鬼装束も今は邪気が抜けているのか、すっかりボロボロで着れる状態ではなくなっていた。これも数日で元に戻るのだろうか?

 アパートに戻り、なんとか彼を部屋の中に押し込むと、彼女はそのまま自分の部屋に戻り、すぐに仕事に行った。彼女の、いつもの日常のはじまりだった。レストランで体を動かしていると、ゆうべの奇妙な出来事が次第に嘘のように感じられた。ゆうべは本当に、いろいろありすぎた……。

 しかし、長野から帰ってきて四日後の夕方、彼女の家のベランダにまた非日常の権化の男が現れた。

「やあ、赤城さん。今日はこちらから失礼しますよ」

 そう言って、彼はぬるっとベランダから彼女の部屋に入ってきた。もちろん、隣に住む鬼の妖怪、黒川である。今はいつものジャージ姿に、いつもの人間に化けた冴えない風貌だ。

「今日は、って、黒川さん、いつもここから来るじゃないですか」
「まあ、いいじゃないですか、細かいことは」

 黒川は、はははと軽く笑うとフローリングの床の上にあぐらをかいて座った。まるで勝手知ったる我が家のような、くつろぎぶりだ。

 ……まあ、いいか。

 雪子は不思議と怒る気持ちにはなれなかった。むしろまた元気な彼の姿を見れて、ほっとしていた。長野から帰ってきた直後は、びっくりするほど憔悴しきっていたようだが、今はすっかり回復しているようだ。わざとベランダ側の窓の鍵をかけずに待っていてよかった……。

「実は今日、ここに来たのは、赤城さんへの厄除けの最後の仕上げをするためなのです」
「最後の仕上げ? まだ終わってなかったんですか?」
「いやまあ、実質終わってるんですけど、形式上も終わっておかないと、僕たち妖怪の世界では色々めんどくさいので」
「は、はあ?」

 形式上って何だろう。

「それで、これからいったい何をするんですか?」
「……そろそろお客さんが来るはずなので」
「え?」

 と、雪子が首をかしげた直後、玄関のチャイムが鳴った。と、同時に、「一夜兄ちゃん、ここでいいんだよねー?」と、聞き覚えのある少年の声が聞こえた。

 確か、この声は……聖夜くん?

「お、来ましたね」

 黒川はすぐに立ち上がって、玄関のほうに行き、聖夜を部屋の中に招き入れた。見ると、聖夜は大きな紙袋を携えていた。学校帰りにそのまま来たらしく小学校の制服姿だった。

「聖夜くん、何それ?」
「儀礼用の衣装だよ。一夜兄ちゃんとお姉ちゃんのぶん。あと、契約の古文書も」

 聖夜はそう答えると、いきなり紙袋を逆さまにして、中身をフローリングの床にぶちまけた。煌びやかな刺繍がほどこされた羽織が二枚と、古びた巻物が一つ、そこから出てきた。
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