あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

文字の大きさ
上 下
56 / 62
5 黒川さんの里帰り

5 - 8

しおりを挟む
「あら? 蛇もつかりにくるのね、ここ」

 雪子は不思議と恐怖や気持ち悪さは感じなかった。アルビノというやつなのだろうか、普通の蛇と違って白くてなんだか高貴な感じがしたし、泉の水面近くを身をくねらせながら泳ぐ姿は優雅だった。おそらくはアオダイショウだから毒もないだろう。

「泳ぐの上手なのね、あなた」

 雪子は白蛇に向かって手を伸ばした。ふと、触れてみたい気持ちになったのだ。

 すると、白蛇はすぐに彼女のほうにやってきて、その肘に細長い体を乗せた。やはり上品でおとなしい蛇のようで、噛み付かれる心配は全くなさそうだった。

 なんだかかわいいな。雪子は腕を曲げ、白蛇を自分のほうに引き寄せた。近くで見ると、つぶらな赤い瞳をしていた。白い体に、赤い瞳……。

 あれ? これと似たようなカラーリングの生き物と、ついさっきまで一緒だった気がする……?

 と、そのとき、

「へえ、赤城さんは、爬虫類がお好きなんですね」

 なんと、その白蛇がしゃべった! 口は動かさず、心の中に直接語りかけるようなくぐもった声で。

 こ、この声は――、

「まさか、この蛇、黒川さん――」
「はい、そうですよ?」
「きゃああっ!」

 雪子はただちに白蛇を振り払い、手で体を隠した。なんて油断のならない男だろう。人が素っ裸でいるところに、蛇の姿で忍び込んでくるとは。

「なんで今度は蛇なんかに化けているんですか! 黒川さんって、なんでもありなんですか!」

 白蛇モードの黒川に背を向けて、怒鳴らずにはいられなかったが、

「はは。別に何にでも化けられるというわけではありませんよ。この白蛇の姿は、れっきとした黒龍のもう一つの姿なのです」

 と、いうことであった。いや、だからって……。

「さらに言うと、この姿は、僕のおじいさんの黒龍が人間のお姫様と出会い、恋に落ちた姿でもあるのですよ」
「人間のお姫様と恋? 妖怪が?」
「ええ。むかしむかし、あるうららかな春の日、お姫様がお殿様や家来たちとお花見をしているところに、一匹の白い蛇が現れたのです。その蛇は実は黒龍の化身だったのですが、そうとも知らない姫はたわむれにその白い蛇に杯の酒をくれてやりました。するとたちまち、蛇は姫のトリコになり、後日、美少年の姿に化けて、姫のもとに通うようになります。わが祖父ながら、たった一杯の酒で恋に落ちるとか、どんだけちょろいんでしょうかねー」
「た、たしかに……」

 遺伝って妖怪にもあるんだ。このちょろい男の祖父ならではの話である。

「それで、二人はどうなったんですか?」
「相手は身分の高いお姫様ですから、妖怪相手ではそりゃあもう、なんやかや障害があったらしいですが、最終的に二人は駆け落ちして、この山にたどり着き、幸せに暮らしたのだそうです。姫の名前は黒姫。この山の名前にもなっていますね」
「……なるほど、それでこの山に黒川さんの実家があるんですね」

 と、そこで雪子は、はっと気づいた。

「じゃあ、今の話によると、黒川さんのおばあちゃんって人間なんですか? つまり、黒川さんは人間の血も引いている――」
「いえ、残念ながら僕の中には黒姫の血は流れていません。僕の祖父は黒姫をお持ち帰りして、彼女が老いて亡くなるまでとても仲むつまじく過ごされていたそうですが、子供は授からなかったんですね。まあ、人間と妖怪ですしね」
「そうなんですか」

 それはそれで素敵な話ではないかと雪子は思った。人間と妖怪、種族を超えて愛し合い、人間の女が寿命で死ぬまで、妖怪の男はずっとそばにいたというのだから。

 というか、妖怪って人間のことを好きになることもあるんだ。だったら、この目の前の男は……?

「く、黒川さんも、人間の女性には興味あったりするんですか?」

 と、思わず尋ねてしまった雪子だった。なんだか恥ずかしい気持ちになり、顔がまた火照った。

 だが、返事はなかった。代わりに何かが水の底に沈んだような音が聞こえただけだった。

 なんだろう。雪子はちらりと後ろを振り返った。しかし、すでにそこに白蛇はいなかった。

「あれ? 黒川さん?」

 今度は急に姿を消すとは。雪子は戸惑い、すぐに周りを見回した。だが、彼の姿はどこにもない――と、思いきや、

「僕はここですよ」

 と、突如後ろから声がした。同時に彼女は後ろから何者かに強く抱きつかれた。

「な、なにをいきなり――」

 雪子は驚きのあまり、うまく言葉が出てこなかった。そう、後ろから抱きついてきたのは人の姿に変化した黒川だった。しかも、二人は今、全裸である!

「はは、こうやって捕まえておかないと、赤城さんは恥ずかしがって、僕からすぐ離れちゃうじゃないですか」

 耳元で黒川のささやくような声が聞こえた。その吐息が彼女の濡れた首筋に触れた。

「そりゃあ、恥ずかしいに決まっているでしょう! 二人とも裸じゃないですか!」
「そうですか? さっきはお互い裸でもあんなに堂々としていたのに?」

 くすくすと、からかうように黒川は笑う。その、細身ながらもがっちりした男らしい腕に抱きしめられて、雪子はますます顔が熱くなり、目が回るようだった。

 恋愛経験ゼロの彼女は、当然、こんなにも裸の男と密着したことなどなかった。それも、長い銀の髪を濡らした、文字通り水も滴るようないい男となんて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~

汐埼ゆたか
キャラ文芸
はじまりは、京都鴨川にかかる『賀茂大橋』 再就職先に行くはずが迷子になり、途方に暮れていた。 けれど、ひょんなことからたどり着いたのは、アンティークショップのような古道具屋のような不思議なお店 『まねき亭』 見たことがないほどの端正な容姿を持つ店主に「嫁になれ」と迫られ、即座に断ったが時すでに遅し。 このときすでに、璃世は不思議なあやかしの世界に足を踏み入れていたのだった。 ・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ 『観念して俺の嫁になればいい』 『断固としてお断りいたします!』  平凡女子 VS 化け猫美男子  勝つのはどっち? ・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイトからの転載作品 ※無断転載禁止

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり

枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。 悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。 「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」 彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。 そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……? 人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。 これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

30歳、魔法使いになりました。

本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に魔法に目覚めた鞍馬花凛。 そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。巻き込まれた花凛を助けたのは1人の青年。……彼も『魔法』を使っていた。 そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から呼び出され思わぬ事実を知らされる……。 ゆっくり更新です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...