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5 黒川さんの里帰り
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「わ、わ、わ! 一夜様お許しを!」
鳥になったタカオはひどく狼狽した様子で、ばたばたとその辺を飛び回り、やがて岩にぶつかって、ぱたりと地面に落ちて動かなくなった。雪子はあわててその体を拾ったが、気絶しているだけで死んではいないようだった。
「タカオはもともと、この山で暮らしていたただの鳥、ミサゴです。それを父が自らの神気を与えて、従者にしたのですよ」
「じゃあ、この子も妖怪なんですね」
「ええ。あまり力は強くないので、神域を出るとただの鳥に戻ってしまいますがね」
なるほど。妖怪にもいろいろいるようだ。
それから、雪子はタカオと風呂敷包みを持って、黒龍となった黒川の背中に乗った。そして、そのまま空を飛んで黒姫山の奥地にある彼の実家に向かった。
途中、黒川に、体のどこかに一枚だけ逆さまに生えているうろこがあるので、それは絶対に触るなと言われたが、本人にもそれがどこにあるのかわかってないようだった。
触るとどうなるんだろう? 雪子は当然気になったが、大変なことになりそうなのでひとまず深く考えないことにした。
彼の実家と思しき建物はすぐに彼女の眼下に現れた。おそらくは山の頂上近くに広々とした庭付きの立派な日本家屋が一軒あったのだ。今は夜だが、建物の中からは光がもれており、庭のあちこちにある灯篭も何やら青白い光であたりを照らしている。
「さあ、着きましたよ」
黒川はその庭の真ん中に降りた。そして、雪子が背中から降りるやいなや、その姿を銀髪の青年に変えた。大きな龍から人に姿を変えたのに、霊衣と呼ばれる着物は身に着けたままだった。
そういえば、これは神気妖怪の第二の皮膚みたいなものだって言ってたっけ……。
なるほど、神気妖怪が姿を変えて体の大きさが変わっても、破れて脱げることのない特別な衣のようだ。やがて、タカオも彼女の懐の中で目を覚まし、少年の姿に戻ったが、着物は着たままだった。彼の着ているのも霊衣か。
「私は一足先に玄信様に一夜様が戻られたことを、お伝えしてきます」
と、タカオはすぐに屋敷の中に戻ろうとしたが、そこで「待って」と、黒川が彼の着物の袖をつかんで止めた。
「赤城さん、スマホで見てみてください。今は何時ですか?」
「え? 夜の十時三十五分ですけど」
「なるほど。ちょうどいまは目が離せないところか」
「目が離せない?」
「今は、タカオが呼びに行ってもムダってことですよ」
黒川はやれやれといった感じでため息をつき、タカオの着物の袖をつかんだまま、屋敷の中に早足で入っていく。雪子はあわててその後を追った。
屋敷の中はやはり広々としていて、とても立派なつくりのようだった。ただ、大きな建物のわりに、人の気配がほとんどなかった。屋敷じゅうに灯りがついていて、明るいのだが、どの部屋にも誰もいない。埃まみれというわけでもなく、どこも綺麗に片付いており、屏風や行灯などはしっかり置いてあるのだが。まるでオフシーズンで客が消えた温泉旅館のようだ。
黒川はそんな屋敷の中を、勝手知った確かな足取りで奥へと進んで行った。やがて彼は、廊下の突き当たりにある、戸の前で足を止めた。その奥の間に誰かいるのだろう、中から音が漏れていた。テレビを見ているような音だが……?
「父さん、僕です。一夜です。ただいま戻りました」
黒川は外から中に声をかけるが、返事はない。彼は「入りますよ」と言って、そのまま戸を開けた。雪子の目にも中の様子が明らかになった。
そこは元は広い和室のようだった。それが、住人の趣味にあわせて大いに魔改造されているようだった。
「こ、この部屋は――」
雪子は目を見張った。
まず目に飛び込んできたのは壁にやら襖やら床の間やらに飾られたアニメイラストの美少女のポスターだった。部屋の隅には大きな棚があり、これまた美少女キャラのフィギュアが綺麗に並べられている。近くには最新のゲーム機も転がっている。
また、そのそばには本棚があり、漫画やらライトノベルやらアニメのブルーレイやらがみっちりつまっている。どう見てもこれはオタクの部屋である。それも超こじらせてる人の部屋だ!
そして、黒川の父、玄信は部屋の真ん中にでんと置かれた座卓の前の座椅子に座っていた。彼の正面、座卓をはさんだ向こうには大きな薄型テレビが置かれており、今はちょうど画面にアニメが映っているようだ。美少女たちがなんだかよくわからない会話を続けていて、玄信はそれに見入っている様子である。
見たところ、長い白い髪をした、六十前後くらいの男だろうか。顔はよく整っており、ロマンスグレーなイケメンじいさんのようであったが、よりによって着ているものは美少女キャラが大きくプリントされた痛スウェットであった。
「な、なにあの人……」
「赤城さん、あれが僕の父です」
黒川は部屋の一瞥し、うんざりしたようにため息をついた。玄信はアニメに見入ってるのか、三人が部屋に入ってきたことに無反応であった。
鳥になったタカオはひどく狼狽した様子で、ばたばたとその辺を飛び回り、やがて岩にぶつかって、ぱたりと地面に落ちて動かなくなった。雪子はあわててその体を拾ったが、気絶しているだけで死んではいないようだった。
「タカオはもともと、この山で暮らしていたただの鳥、ミサゴです。それを父が自らの神気を与えて、従者にしたのですよ」
「じゃあ、この子も妖怪なんですね」
「ええ。あまり力は強くないので、神域を出るとただの鳥に戻ってしまいますがね」
なるほど。妖怪にもいろいろいるようだ。
それから、雪子はタカオと風呂敷包みを持って、黒龍となった黒川の背中に乗った。そして、そのまま空を飛んで黒姫山の奥地にある彼の実家に向かった。
途中、黒川に、体のどこかに一枚だけ逆さまに生えているうろこがあるので、それは絶対に触るなと言われたが、本人にもそれがどこにあるのかわかってないようだった。
触るとどうなるんだろう? 雪子は当然気になったが、大変なことになりそうなのでひとまず深く考えないことにした。
彼の実家と思しき建物はすぐに彼女の眼下に現れた。おそらくは山の頂上近くに広々とした庭付きの立派な日本家屋が一軒あったのだ。今は夜だが、建物の中からは光がもれており、庭のあちこちにある灯篭も何やら青白い光であたりを照らしている。
「さあ、着きましたよ」
黒川はその庭の真ん中に降りた。そして、雪子が背中から降りるやいなや、その姿を銀髪の青年に変えた。大きな龍から人に姿を変えたのに、霊衣と呼ばれる着物は身に着けたままだった。
そういえば、これは神気妖怪の第二の皮膚みたいなものだって言ってたっけ……。
なるほど、神気妖怪が姿を変えて体の大きさが変わっても、破れて脱げることのない特別な衣のようだ。やがて、タカオも彼女の懐の中で目を覚まし、少年の姿に戻ったが、着物は着たままだった。彼の着ているのも霊衣か。
「私は一足先に玄信様に一夜様が戻られたことを、お伝えしてきます」
と、タカオはすぐに屋敷の中に戻ろうとしたが、そこで「待って」と、黒川が彼の着物の袖をつかんで止めた。
「赤城さん、スマホで見てみてください。今は何時ですか?」
「え? 夜の十時三十五分ですけど」
「なるほど。ちょうどいまは目が離せないところか」
「目が離せない?」
「今は、タカオが呼びに行ってもムダってことですよ」
黒川はやれやれといった感じでため息をつき、タカオの着物の袖をつかんだまま、屋敷の中に早足で入っていく。雪子はあわててその後を追った。
屋敷の中はやはり広々としていて、とても立派なつくりのようだった。ただ、大きな建物のわりに、人の気配がほとんどなかった。屋敷じゅうに灯りがついていて、明るいのだが、どの部屋にも誰もいない。埃まみれというわけでもなく、どこも綺麗に片付いており、屏風や行灯などはしっかり置いてあるのだが。まるでオフシーズンで客が消えた温泉旅館のようだ。
黒川はそんな屋敷の中を、勝手知った確かな足取りで奥へと進んで行った。やがて彼は、廊下の突き当たりにある、戸の前で足を止めた。その奥の間に誰かいるのだろう、中から音が漏れていた。テレビを見ているような音だが……?
「父さん、僕です。一夜です。ただいま戻りました」
黒川は外から中に声をかけるが、返事はない。彼は「入りますよ」と言って、そのまま戸を開けた。雪子の目にも中の様子が明らかになった。
そこは元は広い和室のようだった。それが、住人の趣味にあわせて大いに魔改造されているようだった。
「こ、この部屋は――」
雪子は目を見張った。
まず目に飛び込んできたのは壁にやら襖やら床の間やらに飾られたアニメイラストの美少女のポスターだった。部屋の隅には大きな棚があり、これまた美少女キャラのフィギュアが綺麗に並べられている。近くには最新のゲーム機も転がっている。
また、そのそばには本棚があり、漫画やらライトノベルやらアニメのブルーレイやらがみっちりつまっている。どう見てもこれはオタクの部屋である。それも超こじらせてる人の部屋だ!
そして、黒川の父、玄信は部屋の真ん中にでんと置かれた座卓の前の座椅子に座っていた。彼の正面、座卓をはさんだ向こうには大きな薄型テレビが置かれており、今はちょうど画面にアニメが映っているようだ。美少女たちがなんだかよくわからない会話を続けていて、玄信はそれに見入っている様子である。
見たところ、長い白い髪をした、六十前後くらいの男だろうか。顔はよく整っており、ロマンスグレーなイケメンじいさんのようであったが、よりによって着ているものは美少女キャラが大きくプリントされた痛スウェットであった。
「な、なにあの人……」
「赤城さん、あれが僕の父です」
黒川は部屋の一瞥し、うんざりしたようにため息をついた。玄信はアニメに見入ってるのか、三人が部屋に入ってきたことに無反応であった。
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