52 / 62
5 黒川さんの里帰り
5 - 4
しおりを挟む
「でも、なんでわざわざ着替えたんですか? それも、そんな平安貴族みたいな着物に……」
「さすがにあの鬼の装束は邪気がたっぷり織り込まれていますからね。神気妖怪でいる間は着れたものじゃないです。その点、この衣は実にしっくりきます。これは霊衣といって、神気が織り込まれた特別な衣なんですよ。いわば、神気妖怪の第二の皮膚のようなものです」
「へえ、それぞれに専用装備があるんですね」
なんかゲームのキャラみたいだ。ちょっとかっこいいかも。
それから、二人は再び森の奥へと歩き出した。黒川は神気モードにチェンジしたとたん、謎の力で周囲に青白い光を出してくれたので、さっきまでよりはずいぶん歩きやすかった。
「僕は邪気の扱いは正直苦手なんですが、神気はわりと器用に使えるんですよ。人間に化けたときの髪の長さも鬼のときと同じでしょう?」
歩きながら彼は説明した。ということは、この青白い光は彼が神気妖怪でいる間だけの特殊能力だろうか。停電のときとかすごく重宝しそうだ。
というか、やはり気になるのは……。
「黒川さんってどんな神気妖怪なんですか?」
そう、それだ。歩きながら、雪子は尋ねずにはいられなかった。
「今の姿は人間に化けている状態なんでしょう? 本当の姿は別にあるんですよね?」
「まあね。見てみたいですか?」
「はい!」
力いっぱい即答してしまう雪子であった。黒川は笑った。
「はは。すぐにお見せしてもいいんですが、ここだと少し問題があるので、実家に着いてからにしましょう」
「はあ」
問題ってなんだろう。ちょっと待ってってことかな。雪子はとりあえずうなずいた。
と、そのとき――、
「お前たち! この神聖なる森で何をしているっ!」
前方から突如、声がした。見ると、少し離れたところに開けた岩場があり、その岩の上に一人の少年が立っている。簡素な袴つきの着物姿で、年齢は十五歳前後くらいだろうか。切れ長の瞳の、よく整った和風の顔立ちをしており、髪は黒く長く、うなじの少し上あたりで無造作に一つに結っている。
「おー、お前かー」
黒川は少年を見て、手を振った。知り合いのようだ――が、
「お前のような男に、お前呼ばわりされる覚えはない!」
少年のほうは黒川を知らない様子だ……。
「いや、僕ですよ! 忘れたんですか、タカオ!」
黒川は焦ったように少年に駆け寄る。
「……なぜ、お前のようなやつが、私の名前を知っている?」
少年は不思議そうに首をかしげた。名前はあってるらしい。
「いや、知ってるも何も! 僕ですよ! 一夜です!」
「え、一夜様?」
「そうですよ! よく見なさいよ、この霊衣!」
「……いや、違う。私の記憶の中の一夜様は、もっと気品があり、聡明で優美であらせられる。今のお前のような、下品な話し方はしない!」
「お、お前の中の僕のイメージはどうなってるんですか……」
黒川はひたすら困惑しているようだった。雪子も同感だった。気品があって聡明で優美な一夜様って、どこ世界の存在だ。見た目以外、何一つその要件を満たしていないではないか。
「さてはお前、一夜様を名乗る不届き者だな! 私は騙されないぞ!」
なんか、しまいにはニセモノ扱いされてるし。
「うーん、この姿だとタカオにはわからないのかなあ? というわけで、赤城さん、ちょっと僕から離れて」
「え?」
「いいから、あぶないので」
「は、はい」
よくわからないが言われたとおりに雪子は黒川から離れた。
すると、そのとたん、彼の体が強く白く光り、その姿が大きく変貌した。
現れたのは――金色の瞳を持つ巨大な黒い龍だった。
そう、蛇のような細長い体を持ったそれが、黒いうろこを月光に輝かせて、周囲の木々をなぎ倒しながら突如としてこの場に顕現したのである。
「あ、あなたは――」
少年、タカオはその姿にぎょっとしたようだった。
「か、一夜様! お帰りになられたのですね!」
「……今さら気づかれてもなあ」
黒龍は、いや、その姿に変化した黒川は、何か直接心に語りかけるようなくぐもった声でしゃべった。
「黒川さん、その姿――」
「ああ、赤城さん。これがそうなんですよ。僕の神気妖怪としてのもう一つの姿、ゴールドアイズ・ブラック・ディバインドラゴンKAZUYA様です」
「いや、どう見てもそんなカタカナの名前の妖怪じゃないでしょう」
トレカの超レアカードみたいに自己紹介されても。
「はは、またの名を黒龍。この長野の、黒姫山に古くから住まう、龍神の末裔なのですよ」
「りゅ、龍神?」
この男、まさか本当に神の眷属だったとは。衝撃の事実である。
「お、おかえりなさいませ、一夜様! 玄信《げんしん》様もさぞやお喜びでしょう!」
タカオはそんな黒龍に向かって土下座した。
「いや、そんな急に手のひら返されてもですね。僕、さっき下品って言われちゃいましたし」
「え、それはそのう……。私、夜目がきかないものでして。暗くて、一夜様のお姿をちゃんと確認できなかっただけです」
「ふーん? それで下品とか言っちゃうんですか? 龍神様に向かって、それはちょっとひどいんじゃないかなー?」
「お、お許しください!」
「だーめ。おしおきです」
黒川はそこで大きな頭を下げ、タカオに鼻息を吹きかけた。たちまち、その少年の姿が風船がはじけるように変化し、一羽の鳥になった。猛禽の一種のようだった。
「さすがにあの鬼の装束は邪気がたっぷり織り込まれていますからね。神気妖怪でいる間は着れたものじゃないです。その点、この衣は実にしっくりきます。これは霊衣といって、神気が織り込まれた特別な衣なんですよ。いわば、神気妖怪の第二の皮膚のようなものです」
「へえ、それぞれに専用装備があるんですね」
なんかゲームのキャラみたいだ。ちょっとかっこいいかも。
それから、二人は再び森の奥へと歩き出した。黒川は神気モードにチェンジしたとたん、謎の力で周囲に青白い光を出してくれたので、さっきまでよりはずいぶん歩きやすかった。
「僕は邪気の扱いは正直苦手なんですが、神気はわりと器用に使えるんですよ。人間に化けたときの髪の長さも鬼のときと同じでしょう?」
歩きながら彼は説明した。ということは、この青白い光は彼が神気妖怪でいる間だけの特殊能力だろうか。停電のときとかすごく重宝しそうだ。
というか、やはり気になるのは……。
「黒川さんってどんな神気妖怪なんですか?」
そう、それだ。歩きながら、雪子は尋ねずにはいられなかった。
「今の姿は人間に化けている状態なんでしょう? 本当の姿は別にあるんですよね?」
「まあね。見てみたいですか?」
「はい!」
力いっぱい即答してしまう雪子であった。黒川は笑った。
「はは。すぐにお見せしてもいいんですが、ここだと少し問題があるので、実家に着いてからにしましょう」
「はあ」
問題ってなんだろう。ちょっと待ってってことかな。雪子はとりあえずうなずいた。
と、そのとき――、
「お前たち! この神聖なる森で何をしているっ!」
前方から突如、声がした。見ると、少し離れたところに開けた岩場があり、その岩の上に一人の少年が立っている。簡素な袴つきの着物姿で、年齢は十五歳前後くらいだろうか。切れ長の瞳の、よく整った和風の顔立ちをしており、髪は黒く長く、うなじの少し上あたりで無造作に一つに結っている。
「おー、お前かー」
黒川は少年を見て、手を振った。知り合いのようだ――が、
「お前のような男に、お前呼ばわりされる覚えはない!」
少年のほうは黒川を知らない様子だ……。
「いや、僕ですよ! 忘れたんですか、タカオ!」
黒川は焦ったように少年に駆け寄る。
「……なぜ、お前のようなやつが、私の名前を知っている?」
少年は不思議そうに首をかしげた。名前はあってるらしい。
「いや、知ってるも何も! 僕ですよ! 一夜です!」
「え、一夜様?」
「そうですよ! よく見なさいよ、この霊衣!」
「……いや、違う。私の記憶の中の一夜様は、もっと気品があり、聡明で優美であらせられる。今のお前のような、下品な話し方はしない!」
「お、お前の中の僕のイメージはどうなってるんですか……」
黒川はひたすら困惑しているようだった。雪子も同感だった。気品があって聡明で優美な一夜様って、どこ世界の存在だ。見た目以外、何一つその要件を満たしていないではないか。
「さてはお前、一夜様を名乗る不届き者だな! 私は騙されないぞ!」
なんか、しまいにはニセモノ扱いされてるし。
「うーん、この姿だとタカオにはわからないのかなあ? というわけで、赤城さん、ちょっと僕から離れて」
「え?」
「いいから、あぶないので」
「は、はい」
よくわからないが言われたとおりに雪子は黒川から離れた。
すると、そのとたん、彼の体が強く白く光り、その姿が大きく変貌した。
現れたのは――金色の瞳を持つ巨大な黒い龍だった。
そう、蛇のような細長い体を持ったそれが、黒いうろこを月光に輝かせて、周囲の木々をなぎ倒しながら突如としてこの場に顕現したのである。
「あ、あなたは――」
少年、タカオはその姿にぎょっとしたようだった。
「か、一夜様! お帰りになられたのですね!」
「……今さら気づかれてもなあ」
黒龍は、いや、その姿に変化した黒川は、何か直接心に語りかけるようなくぐもった声でしゃべった。
「黒川さん、その姿――」
「ああ、赤城さん。これがそうなんですよ。僕の神気妖怪としてのもう一つの姿、ゴールドアイズ・ブラック・ディバインドラゴンKAZUYA様です」
「いや、どう見てもそんなカタカナの名前の妖怪じゃないでしょう」
トレカの超レアカードみたいに自己紹介されても。
「はは、またの名を黒龍。この長野の、黒姫山に古くから住まう、龍神の末裔なのですよ」
「りゅ、龍神?」
この男、まさか本当に神の眷属だったとは。衝撃の事実である。
「お、おかえりなさいませ、一夜様! 玄信《げんしん》様もさぞやお喜びでしょう!」
タカオはそんな黒龍に向かって土下座した。
「いや、そんな急に手のひら返されてもですね。僕、さっき下品って言われちゃいましたし」
「え、それはそのう……。私、夜目がきかないものでして。暗くて、一夜様のお姿をちゃんと確認できなかっただけです」
「ふーん? それで下品とか言っちゃうんですか? 龍神様に向かって、それはちょっとひどいんじゃないかなー?」
「お、お許しください!」
「だーめ。おしおきです」
黒川はそこで大きな頭を下げ、タカオに鼻息を吹きかけた。たちまち、その少年の姿が風船がはじけるように変化し、一羽の鳥になった。猛禽の一種のようだった。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~
汐埼ゆたか
キャラ文芸
はじまりは、京都鴨川にかかる『賀茂大橋』
再就職先に行くはずが迷子になり、途方に暮れていた。
けれど、ひょんなことからたどり着いたのは、アンティークショップのような古道具屋のような不思議なお店
『まねき亭』
見たことがないほどの端正な容姿を持つ店主に「嫁になれ」と迫られ、即座に断ったが時すでに遅し。
このときすでに、璃世は不思議なあやかしの世界に足を踏み入れていたのだった。
・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚
『観念して俺の嫁になればいい』
『断固としてお断りいたします!』
平凡女子 VS 化け猫美男子
勝つのはどっち?
・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイトからの転載作品
※無断転載禁止
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

30歳、魔法使いになりました。
本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に魔法に目覚めた鞍馬花凛。
そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。巻き込まれた花凛を助けたのは1人の青年。……彼も『魔法』を使っていた。
そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から呼び出され思わぬ事実を知らされる……。
ゆっくり更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる