あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

文字の大きさ
上 下
50 / 62
5 黒川さんの里帰り

5 - 2

しおりを挟む
 僕はひざ丈ぐらいの短い患者衣を着せられて、救急車に乗せられた。
 そのあとを親父が4WDでついてくる。
 親父の車の中にはお袋と次兄、それから結衣が乗る。


 救急病院から10分ほどでその病院についた。
 海沿いの森の中にあって、どこか建物自体を隠しているように見えた。

 目の前には老人ホームとラブホテル。

 簡易的な手術は終わったものの、僕の左腕は血で赤く染まっている。
 救急病院では太く短い糸で縫われただけで、きれいにしてもらえなかった。
 血も固まりだして、腕をまげるのが困難だった。

 救急隊員は冷たいほどに冷静だった。
 僕に優しい言葉をくれるわけでもなく、ただ運転に注意しているだけ。


 病院につくとそこからは歩かされた。
 スリッパに患者衣で、なんとも情けない格好だった。


 すぐに医師の診察室に誘導された。
 部屋の中にいたのは中年の痩せた女医。
 喋り方はとてもさばさばしているが、僕の話を真面目に聞いてくれる姿から信頼できるのかもしれない。
 いや、今はとにかくこの人に頼るしかない……とか思っていたかもしれない。

 あとから家族と結衣が部屋に入ってくる。
 この時はすでにみんな冷静さを取り戻していた。

 女医は僕に細かい話はとにかくしないで、「危険だから」と理由で入院をすすめられた。

 程なくして、僕は閉鎖病棟に入れられた。
 いや、半ば強制的にぶち込まれたというのが本音。

 本当は結衣と一緒にいたかった。
 けど自分で切ったとはいえ腕が痛む。
 その治療も兼ねて、入院することにした。

 大きなエレベーターに入るとがたいの良い看護師たちが僕を見張っている。
 まるで僕が暴れ出すのを抑える護衛というより看守のようだった。

 エレベーターから降りると、分厚いガラスで出来た二枚の自動ドアが見えた。
 一枚目の隣りにインターホンがあって、奥のナースステーションから看護師が応答する。

「あ、どうぞ」

 慣れた手つきで一枚目のドアを手動で開く。
 一枚目と二枚目の間は人が10人以上は入れる余裕があった。
 担架も二台ぐらい入りそう。

 そこで奥から若い男の看護師がやってきて、病棟側から鍵を回す。
 するとやっと二枚目のドアが開き、閉鎖病棟に入ることができた。

 血だらけで真っ赤にそまった僕を見ても、誰も驚く様子はしなかった。
 むしろ鋭い目で睨まれているようだった。

 中に入るとちょうどL字の形で部屋が分かれていて、Lの角にあたるところが食堂。
 それから左右に大部屋が複数あった。
 
 異様な雰囲気だった。
 よだれを流しながら、僕をじーっと見る人。
 奇声をあげて暴れる人。
「誰だ、お前!」と突っかかってくる人。

 僕が今まで入院した病院とは全然違って、健常な人間がいない……まるで、そうまるで動物園のようだと思った。
 言い方が悪いけど、本当にそう思った。

 二重ドアが閉まるとと共に僕は恐怖を覚え、安易に入院を選択したことを後悔した。

 血だらけの僕に若い看護婦がこういった。
「もうすぐお昼ご飯だからね。食堂で待っててね」

 僕は「この人バカなんじゃないの?」と思った。
 さっきまで救急病院で手術を受けた人間がなんで自発的に食事をとろうと思うんだ?
 しかも僕の左腕は未だに血だらけだ。

 仕方ないと思った僕は「バカらしい」と思いつつ、食堂に入る。
 普通の病院だったら自室でベッドの上で食べるのに……。
 しかも僕は精神だけでなく、見たらわかる通りケガ人なのに、なんで食堂にまで足を運ばないといけないんだ。


 食堂に大きなカーゴが現れた。
 すると他の患者たちが無言で群がりだす。
 みんな食事の入ったトレーを各々取ると、四角形のテーブルに座る。
 ちょうど対面式で4人座れるボロボロのテーブルだ。

 僕は片手が動かないので、黙って見ていた。
 それに気がついた看護師が「空いている席に座りなよ」とぶっきらぼうに言う。

 仕方ないので空いている席を見つけ、腰を下ろした。
 見るからにまずそうな食事だった。
 僕はさっき結衣とハンバーグを食べるって約束したのに……。

 その結衣と家族たちは今、先ほどの女医から説明を受けている。

 僕が箸を取ろうとしたその時だった。

「おいお前! そこの席は俺のだぞ! 勝手に座るな!」

 髪が真っ白で坊主の初老の男が叫んだ。
 すごく怒っている様子だった。

 僕もイラっとした。
 さっき入ったばかりでルールなんて知らないし、看護師に言われてすわっただけなのに。
 そのおじさんを少し睨んでいると、近くにいたおじいちゃんが僕に声をかけた。

「ぼく、こっちおいで」
 一番まともそうな人ですごく優しそうだった。
「ここはね、席が決まっているの。私の隣りはいつも空いているから今日から君の席だね」
 そう笑顔で答えてくれた。

 今日初めて見たひとの笑顔だった。
 その優しさが少し辛かった。

 さっきまで自殺願望があった僕なのに、今は必死に生きようとしている。
 血で固まった左腕をブランと下ろして反対の腕でまずし飯を泣きながら食べた。

 生きたくないって思っていたのに、どうしてこんな格好悪いことまでして生きなきゃいけないんだ。

 僕は一年前までただの普通の健康な大学生だったのに……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~

汐埼ゆたか
キャラ文芸
はじまりは、京都鴨川にかかる『賀茂大橋』 再就職先に行くはずが迷子になり、途方に暮れていた。 けれど、ひょんなことからたどり着いたのは、アンティークショップのような古道具屋のような不思議なお店 『まねき亭』 見たことがないほどの端正な容姿を持つ店主に「嫁になれ」と迫られ、即座に断ったが時すでに遅し。 このときすでに、璃世は不思議なあやかしの世界に足を踏み入れていたのだった。 ・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ 『観念して俺の嫁になればいい』 『断固としてお断りいたします!』  平凡女子 VS 化け猫美男子  勝つのはどっち? ・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイトからの転載作品 ※無断転載禁止

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり

枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。 悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。 「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」 彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。 そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……? 人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。 これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

30歳、魔法使いになりました。

本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に魔法に目覚めた鞍馬花凛。 そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。巻き込まれた花凛を助けたのは1人の青年。……彼も『魔法』を使っていた。 そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から呼び出され思わぬ事実を知らされる……。 ゆっくり更新です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...