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4 黒川さんと星月夜
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樹海であらかた霊を食べつくしたところで、二人は東京に戻った。もちろん、行きと同じく、黒川健脚ジェット便で。東京までの所要時間は二十分前後といったところだった。恐るべき速度である。おそらくは新幹線より早い。
ただ、そんな猛スピードで移動しているにもかかわらず、雪子は彼の懐に抱かれている間、あまり風圧や重圧などは感じなかった。ただすごい速さで流れている周りの景色をぼんやり眺めていただけだった。これも妖怪変化の謎の能力のなせる業だろうか?
「あ、そうだ。赤城さん、これからまた飲みなおしませんか?」
東京の街並みが見えてきたころ、黒川は雪子に言った。
「飲みなおすって、どこかのお店にでも行くんですか? そんなお金ないでしょう」
「大丈夫ですよ。タダでお酒が飲める場所があるんですよ、これが」
黒川はにやりと笑った。そして、すぐにその場所に着いてしまった。そこは雪子もかつて訪れたことのある場所、黒川白夜、聖夜兄弟のマンションだった。その最上階のベランダに二人は飛び込んだわけだった。
「きっと白夜ならいい酒をたくさん持ってるはずですよ。なんせ、僕と同じお酒大好きの羅刹ですからね」
そう言いながら、何のためらいもなくベランダから室内に侵入しようとする黒川だったが――、窓はガッチリ施錠されていて開かなかった。
「あ、あれ? 前ここから入ったときは鍵なんてかかってなかったのに?」
とたんにうろたえる男である。この男、雪子の部屋だけではなく、弟の部屋もベランダから出入りしているのか。そりゃ、当然鍵はかけられるはずである。最上階だろうと、油断ならなすぎである。
「こんな夜中に人の家にベランダから入り込むとか、非常識にもほどがありますよ。早く帰りましょうよ」
「いや、大丈夫。こんな窓、ちょっと叩けば壊れ……いや、それやると警備システムとか作動して、めんどくさいことに?」
「もうただの泥棒の発想じゃないですか」
雪子はあきれるばかりであった。
と、そのとき、窓ガラスを隔てた向こうの室内が、突然明るくなった。見ると、二メートルはあろう巨漢の男、白夜が立っていた。寝ていたのだろうか、今はパジャマ姿である。しかもナイトキャップなんて被っている。当然、その巨体には死ぬほど似合ってない……。
「おお、白夜! いいところに来ましたね。早く窓を開けてください」
「人の家のベランダに不法侵入しておいて、何を偉そうなことを」
白夜もいらだちを通り越してあきれたような様子だったが、どういうわけかすぐに窓を開けてくれた。二人はそそくさと中に入った。
「あ、あの、こんな夜中に突然お邪魔して申し訳ありません……」
居間に通された雪子はただちに白夜に平謝りしたが、
「いいんですよ。赤城さんは、兄さんに巻き込まれただけでしょう」
と、一瞬で事情を察してくれた白夜だった。やはりこの弟、兄とは違ってできる……。
そして、室内に侵入した黒川は、前と同じように勝手に台所に行ってしまった。
「あの人、白夜さんのお酒を飲みに来たんですよ。いいんですか?」
「よくはないですが、まあ、酒くらいなら」
白夜は不思議と兄の傍若無人ぶりを怒ってない様子だった。
と、そこで、
「びゃ、白夜! なんでこんな酒があるんですかっ!」
黒川が血相を変えて二人のいる居間に戻ってきた。その手には国産ウィスキーの瓶が握られていた。
「なんでって、飲むからに決まっているだろう、兄さん」
「いや、こんなの飲むって、おかしいでしょう! いくらすると思ってるんですか!」
「? 買った時は二万円くらいだったはずだが……」
「二万どころじゃないですよ、これは! 最近はすごく値上がりしてますからね! 十万はするはずです!」
「そんなにか? ただの二十年ものだぞ?」
白夜は首をかしげた。だが、「するんだぞう! 最近は国産ウィスキーがブームでプレミアついてるんだぞう!」と、何やら強い口調で説明する黒川だった。そんなブームがあったのか。雪子も初耳であった。
「というわけで、これはたった今僕の財産になったのでした。ちょっと質屋に行って売ってきます」
「こんな時間にか? バカバカしい。うまい酒なんだから、市場価格がいくらだろうと飲めばいいだろう」
白夜はそう言うと、兄の手からすばやくウイスキーの瓶を取り上げ、その場で開封してしまった。
「な、なんてことを! 未開封じゃなきゃ売れないじゃないですかあ!」
「そうだな。これで飲むしかなくなったな」
白夜はにやりと笑った。この人、外見はいかついけど、性格は案外そうでもないのかも? 雪子もつられて笑った。
それから、三人は白夜の家の居間で飲み明かした。黒川は白夜が開封してしまったウィスキーをグラスになみなみと注ぎ、ロックで一気に煽って「うーん、やっぱり高い酒はうまいですね。金の味がする!」と、言った。卑しさ極まれりであった。まあ、確かにグラス一杯で五千円くらいしそうではあったが。
酒に弱い雪子は、そのウィスキーを白夜に炭酸水で割ってハイボールにしてもらい、一杯だけ飲んだ。ウィスキーの味はよくわからないが、上品でよい香りがして気持ちよく酔える感じだった。
これが金の味……。黒川の下品な言葉を思わず心の中で復唱してしまう雪子であった。
ただ、そんな猛スピードで移動しているにもかかわらず、雪子は彼の懐に抱かれている間、あまり風圧や重圧などは感じなかった。ただすごい速さで流れている周りの景色をぼんやり眺めていただけだった。これも妖怪変化の謎の能力のなせる業だろうか?
「あ、そうだ。赤城さん、これからまた飲みなおしませんか?」
東京の街並みが見えてきたころ、黒川は雪子に言った。
「飲みなおすって、どこかのお店にでも行くんですか? そんなお金ないでしょう」
「大丈夫ですよ。タダでお酒が飲める場所があるんですよ、これが」
黒川はにやりと笑った。そして、すぐにその場所に着いてしまった。そこは雪子もかつて訪れたことのある場所、黒川白夜、聖夜兄弟のマンションだった。その最上階のベランダに二人は飛び込んだわけだった。
「きっと白夜ならいい酒をたくさん持ってるはずですよ。なんせ、僕と同じお酒大好きの羅刹ですからね」
そう言いながら、何のためらいもなくベランダから室内に侵入しようとする黒川だったが――、窓はガッチリ施錠されていて開かなかった。
「あ、あれ? 前ここから入ったときは鍵なんてかかってなかったのに?」
とたんにうろたえる男である。この男、雪子の部屋だけではなく、弟の部屋もベランダから出入りしているのか。そりゃ、当然鍵はかけられるはずである。最上階だろうと、油断ならなすぎである。
「こんな夜中に人の家にベランダから入り込むとか、非常識にもほどがありますよ。早く帰りましょうよ」
「いや、大丈夫。こんな窓、ちょっと叩けば壊れ……いや、それやると警備システムとか作動して、めんどくさいことに?」
「もうただの泥棒の発想じゃないですか」
雪子はあきれるばかりであった。
と、そのとき、窓ガラスを隔てた向こうの室内が、突然明るくなった。見ると、二メートルはあろう巨漢の男、白夜が立っていた。寝ていたのだろうか、今はパジャマ姿である。しかもナイトキャップなんて被っている。当然、その巨体には死ぬほど似合ってない……。
「おお、白夜! いいところに来ましたね。早く窓を開けてください」
「人の家のベランダに不法侵入しておいて、何を偉そうなことを」
白夜もいらだちを通り越してあきれたような様子だったが、どういうわけかすぐに窓を開けてくれた。二人はそそくさと中に入った。
「あ、あの、こんな夜中に突然お邪魔して申し訳ありません……」
居間に通された雪子はただちに白夜に平謝りしたが、
「いいんですよ。赤城さんは、兄さんに巻き込まれただけでしょう」
と、一瞬で事情を察してくれた白夜だった。やはりこの弟、兄とは違ってできる……。
そして、室内に侵入した黒川は、前と同じように勝手に台所に行ってしまった。
「あの人、白夜さんのお酒を飲みに来たんですよ。いいんですか?」
「よくはないですが、まあ、酒くらいなら」
白夜は不思議と兄の傍若無人ぶりを怒ってない様子だった。
と、そこで、
「びゃ、白夜! なんでこんな酒があるんですかっ!」
黒川が血相を変えて二人のいる居間に戻ってきた。その手には国産ウィスキーの瓶が握られていた。
「なんでって、飲むからに決まっているだろう、兄さん」
「いや、こんなの飲むって、おかしいでしょう! いくらすると思ってるんですか!」
「? 買った時は二万円くらいだったはずだが……」
「二万どころじゃないですよ、これは! 最近はすごく値上がりしてますからね! 十万はするはずです!」
「そんなにか? ただの二十年ものだぞ?」
白夜は首をかしげた。だが、「するんだぞう! 最近は国産ウィスキーがブームでプレミアついてるんだぞう!」と、何やら強い口調で説明する黒川だった。そんなブームがあったのか。雪子も初耳であった。
「というわけで、これはたった今僕の財産になったのでした。ちょっと質屋に行って売ってきます」
「こんな時間にか? バカバカしい。うまい酒なんだから、市場価格がいくらだろうと飲めばいいだろう」
白夜はそう言うと、兄の手からすばやくウイスキーの瓶を取り上げ、その場で開封してしまった。
「な、なんてことを! 未開封じゃなきゃ売れないじゃないですかあ!」
「そうだな。これで飲むしかなくなったな」
白夜はにやりと笑った。この人、外見はいかついけど、性格は案外そうでもないのかも? 雪子もつられて笑った。
それから、三人は白夜の家の居間で飲み明かした。黒川は白夜が開封してしまったウィスキーをグラスになみなみと注ぎ、ロックで一気に煽って「うーん、やっぱり高い酒はうまいですね。金の味がする!」と、言った。卑しさ極まれりであった。まあ、確かにグラス一杯で五千円くらいしそうではあったが。
酒に弱い雪子は、そのウィスキーを白夜に炭酸水で割ってハイボールにしてもらい、一杯だけ飲んだ。ウィスキーの味はよくわからないが、上品でよい香りがして気持ちよく酔える感じだった。
これが金の味……。黒川の下品な言葉を思わず心の中で復唱してしまう雪子であった。
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