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4 黒川さんと星月夜
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というか、さっきまでの輝くようなイケメンはどこに行ったのだろう。外見こそそのままだが、これじゃいつもの変人、黒川さんじゃないの。
雪子はすっかり興ざめする思いだったが、同時に少し安心した。ここにいるのはまぎれもなく、夕方一緒にスーパーに買い物に行った男だとわかったから。
「僕、ここにはよく来るんですよ。今みたいなおいしいスイーツが食べられますからね」
「東京から? 今みたいに飛んで走って?」
「ええ、もちろん」
「……どんだけ離れてると思ってるんですか」
さすが妖怪変化、人間の常識が通用しない。雪子は笑ってしまった。
それから、黒川はさらに樹海をさまよっている霊たちを捕まえ、食べ続けた。やはり霊ごとにそれぞれ味が違うようだったが、どれもおいしそうに食べるのだった。人ならざる異形が、怨霊たちをひたすら食い続けている光景など、不気味そのもののはずだったが、雪子はまったく恐怖を感じなかった。しょせん、そこにいるのは黒川だし。スーパーで激安卵を買いそびれて泣いていた男だし。
「……ああ、そういえば、赤城さん。今日は職場で何かあったのですか?」
そんななか、ふいに黒川が尋ねて来た。
「え、どうしたんですか、急に?」
「いえ、今日の夕方、アパートの入り口で会ったとき、なんだか元気がなさそうに見えたので」
「ああ、そういえば……」
意外だった。この男、ちゃんと人の顔色とか見ているほうだったのか。
「まあ、そんなにたいしたことじゃないんですけど……」
かくかくしかじか。雪子は昼間の出来事を黒川に話した。まあ、別に隠すほどのことでもないし。
「なるほど。ストーカーにつきまとわれたトラウマから、ちょっと過剰に反応してしまったのですね。それは災難でしたね」
黒川は理解が早かった。
「まあ、あまり深刻に考えないことです。男性に声をかけられるのは、単に、赤城さんが女性として魅力的でかわいらしいからでしょう?」
「え――」
さらっと何言ってるんだろう、この人。雪子はとたんに顔が熱くなった。
「い、いえ! 私なんか、全然たいしたことないですよ!」
「そうですか? 僕はかわいいと思いますけど……」
と、黒川は前のめりになり、その赤い二つの瞳で彼女の顔をまじまじと覗き込んだ。雪子はますます顔が熱くなり、あわてて彼から目をそらした。彼はやはり、すごく整った、美しい顔をしている……。
「よ、妖怪の黒川さんにそんなこと言われても、全然参考になりません!」
「はは、そうですね。普通の人間とはそういう感覚がだいぶ違うものなのかもしれませんね」
黒川の笑う声が聞こえた。
「まあ、赤城さんの容姿のことはともかく、仕事中にナンパされるだけでいちいち動揺してしまうというのは、困ったものでしょう。ナンパよけに、何か対策をしたほうがいいのでは?」
「対策って?」
「仕事中だけ左手の薬指に指輪をつけておくとか」
「ああ、なるほど」
既婚者を装うわけか。すごくいいアイデアに思えた――が、
「あ、でも、最近は人妻だと逆に燃える男性も多いですかね?」
なんかいきなり否定されちゃった?
「僕も漫画家のはしくれとして常々市場の動向をリサーチしてるんですけど、人妻ってジャンル自体、その業界では相当な人気ですしね」
「どの業界ですか」
「いやらしい業界ですよ」
「そういうの見るんですか、黒川さんも」
「まあ、勉強はしますね」
「ふうん……」
またしても胸のトキメキが一瞬で蒸発した感じの雪子だった。
やはりしょせん、ここにいるのは人智を超越した美貌の鬼などではなく、ただの残念な漫画家だ。
雪子はすっかり興ざめする思いだったが、同時に少し安心した。ここにいるのはまぎれもなく、夕方一緒にスーパーに買い物に行った男だとわかったから。
「僕、ここにはよく来るんですよ。今みたいなおいしいスイーツが食べられますからね」
「東京から? 今みたいに飛んで走って?」
「ええ、もちろん」
「……どんだけ離れてると思ってるんですか」
さすが妖怪変化、人間の常識が通用しない。雪子は笑ってしまった。
それから、黒川はさらに樹海をさまよっている霊たちを捕まえ、食べ続けた。やはり霊ごとにそれぞれ味が違うようだったが、どれもおいしそうに食べるのだった。人ならざる異形が、怨霊たちをひたすら食い続けている光景など、不気味そのもののはずだったが、雪子はまったく恐怖を感じなかった。しょせん、そこにいるのは黒川だし。スーパーで激安卵を買いそびれて泣いていた男だし。
「……ああ、そういえば、赤城さん。今日は職場で何かあったのですか?」
そんななか、ふいに黒川が尋ねて来た。
「え、どうしたんですか、急に?」
「いえ、今日の夕方、アパートの入り口で会ったとき、なんだか元気がなさそうに見えたので」
「ああ、そういえば……」
意外だった。この男、ちゃんと人の顔色とか見ているほうだったのか。
「まあ、そんなにたいしたことじゃないんですけど……」
かくかくしかじか。雪子は昼間の出来事を黒川に話した。まあ、別に隠すほどのことでもないし。
「なるほど。ストーカーにつきまとわれたトラウマから、ちょっと過剰に反応してしまったのですね。それは災難でしたね」
黒川は理解が早かった。
「まあ、あまり深刻に考えないことです。男性に声をかけられるのは、単に、赤城さんが女性として魅力的でかわいらしいからでしょう?」
「え――」
さらっと何言ってるんだろう、この人。雪子はとたんに顔が熱くなった。
「い、いえ! 私なんか、全然たいしたことないですよ!」
「そうですか? 僕はかわいいと思いますけど……」
と、黒川は前のめりになり、その赤い二つの瞳で彼女の顔をまじまじと覗き込んだ。雪子はますます顔が熱くなり、あわてて彼から目をそらした。彼はやはり、すごく整った、美しい顔をしている……。
「よ、妖怪の黒川さんにそんなこと言われても、全然参考になりません!」
「はは、そうですね。普通の人間とはそういう感覚がだいぶ違うものなのかもしれませんね」
黒川の笑う声が聞こえた。
「まあ、赤城さんの容姿のことはともかく、仕事中にナンパされるだけでいちいち動揺してしまうというのは、困ったものでしょう。ナンパよけに、何か対策をしたほうがいいのでは?」
「対策って?」
「仕事中だけ左手の薬指に指輪をつけておくとか」
「ああ、なるほど」
既婚者を装うわけか。すごくいいアイデアに思えた――が、
「あ、でも、最近は人妻だと逆に燃える男性も多いですかね?」
なんかいきなり否定されちゃった?
「僕も漫画家のはしくれとして常々市場の動向をリサーチしてるんですけど、人妻ってジャンル自体、その業界では相当な人気ですしね」
「どの業界ですか」
「いやらしい業界ですよ」
「そういうの見るんですか、黒川さんも」
「まあ、勉強はしますね」
「ふうん……」
またしても胸のトキメキが一瞬で蒸発した感じの雪子だった。
やはりしょせん、ここにいるのは人智を超越した美貌の鬼などではなく、ただの残念な漫画家だ。
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