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4 黒川さんと星月夜
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「はは、僕ですよ。お隣の黒川さんですよ」
「あ……ほんとだ」
よく見ると、さっきまでそこにいた男と顔が同じである。ジャージから着物姿になって、あまりにも雰囲気が変わりすぎて、すっかり混乱してしまった。
「黒川さん、ジャージ以外のちゃんとした服、持ってたんですね」
馬子にも衣装……とは、違うかなあ。むしろ、イケメンが、本来あるべきイケメンらしいまともな服装になった感じである。そう、ようやく。
「でも、なんで急に着物に着替えたんですか?」
「さっき言ったでしょう。これから外にスイーツを食べに行くんですよ」
黒川はそう言うと、窓際に行き、窓を開けた。初秋の深夜の、少し冷たい外気が室内に入ってきた。
「? 窓なんて開けていったい――」
「さ、一緒に出かけましょう。赤城さん」
黒川もだいぶ酒が回っているのか、雪子の言葉など聞いていなかった。いきなり彼女の体を軽々と懐に抱きかかえると、そのままベランダに出て、あろうことか、そこから外に飛び出してしまった!
「きゃあっ!」
さっきまで部屋の中で飲んで食べていただけだったのに、どうして! 雪子は口から心臓が飛び出しそうだった。
アパートのベランダからジャンプした黒川は、そのまま近くの民家の屋根の上にひらりと着地した。そして、さらにそこから高く上に跳んだ。雪子を懐に抱えたまま、高々と。
「はは、しっかり僕につかまっていてくださいね。落ちちゃいますよ」
さらに離れた民家の屋根の上に着地したところで、黒川は言った。そして、雪子が何か答える前に、再びそこから跳んだ。跳び続けた。ぽんぽんと、軽やかに、まるで飛翔するように、建物の屋根や電柱のてっぺんなどを足場にジャンプし続けた。雪子は目が回った。なんでこの人、唐突に空を飛んでいるんだろう?
「こ、こんなところ、誰かに見つかっちゃったら、大騒ぎになりますよ! 鬼の妖怪が空を飛んでるんだから!」
「それは大丈夫。この装束には、普通の人には見つからなくなる効果があるんですよ」
「え、本当に?」
「はい。僕たちただいま、セットでステルスモードです」
黒川はくすりといたずらっぽく笑い、さらに跳躍し続けた。
夜空にはまん丸の月が浮かんでいて、その淡い光が、彼の面をいっそう白く照らしている。それはどこか、幻想的で夢のような姿だった。
月光に濡れた美貌の青年には、角と牙があり、彼は驚異の跳躍力で宙を舞い続けている。そして、自分はそんな彼の懐に抱かれている……。これは本当に現実なのだろうか?
やがて、黒川は街を飛び出し、野原を駆け抜け、うっそうとした森の中に降り立った。
ここはどこだろう?
雪子は月の光を頼りに周りの様子をうかがった。すると、近くにちょうど小さな看板が立っていた。見ると「命は親から頂いた大切なもの……」などと、書かれている。こ、このいかにもな文面は、もしや……。
「黒川さん、ここって――」
「はい。富士山の近くにある自殺の名所、青木ヶ原樹海です」
にっこり笑いながら、さわやかに言い放つ黒川だった――って、ちょっと待てい!
「なんでこんなところに来てるんですか!」
「そりゃあ、僕の大好物がたくさんあるからに決まってるでしょう」
「大好物?」
「はい、強い悲しみや苦しみの中で自ら命を絶ち、怨霊になりはてた方たちです」
と、黒川はそこで近くの暗がりのほうに手を伸ばし、何かをわしづかみにした。見るとそれは――青白い光を放つ、半透明のおっさんだった! 彼は今、黒川に首根っこをつかまれて苦悶の形相を浮かべている。
「ふうむ? 見たところ死後一週間くらいの霊ですね。なかなか新鮮でよろしい」
言いながら、黒川はおっさんの首をつかむ手に力をこめたようだった。半透明のおっさんはたちまち、光る白い球体に形を変えた。
「では、いただきます」
そして、いつかのときのように、黒川はそれを口に入れモグモグ食べた。とても、おいしそうに。
「黒川さん、今のって、やっぱりここで自殺した人の霊ですか?」
「ええ、そうですね。飲み込むときにちょっと霊の記憶が見えましたが、どうやら老後の資金を全部FXで溶かして、妻子に逃げられた人みたいです」
「そ、そうですか……」
うわあ。やっぱこういうところって、そういう自殺者いるんだ。
「善か悪かでいえば、中立の存在で、そういう意味では悪霊とは言えないのですが、ただひたすらに強い自責の念だけでこの場にとどまり続けていたという点では、とても美味でした。まるで大吟醸のように澄んだ味わいで、上品な苦味とコクがあり、それでいて後味はとてもすっきりしています。いいですね、一点特化型の地縛霊!」
「はあ?」
なんでこの人、いちいち霊のテイステイングするんだろう。何言われても、おいしさなんて伝わってこないのだが?
「あ……ほんとだ」
よく見ると、さっきまでそこにいた男と顔が同じである。ジャージから着物姿になって、あまりにも雰囲気が変わりすぎて、すっかり混乱してしまった。
「黒川さん、ジャージ以外のちゃんとした服、持ってたんですね」
馬子にも衣装……とは、違うかなあ。むしろ、イケメンが、本来あるべきイケメンらしいまともな服装になった感じである。そう、ようやく。
「でも、なんで急に着物に着替えたんですか?」
「さっき言ったでしょう。これから外にスイーツを食べに行くんですよ」
黒川はそう言うと、窓際に行き、窓を開けた。初秋の深夜の、少し冷たい外気が室内に入ってきた。
「? 窓なんて開けていったい――」
「さ、一緒に出かけましょう。赤城さん」
黒川もだいぶ酒が回っているのか、雪子の言葉など聞いていなかった。いきなり彼女の体を軽々と懐に抱きかかえると、そのままベランダに出て、あろうことか、そこから外に飛び出してしまった!
「きゃあっ!」
さっきまで部屋の中で飲んで食べていただけだったのに、どうして! 雪子は口から心臓が飛び出しそうだった。
アパートのベランダからジャンプした黒川は、そのまま近くの民家の屋根の上にひらりと着地した。そして、さらにそこから高く上に跳んだ。雪子を懐に抱えたまま、高々と。
「はは、しっかり僕につかまっていてくださいね。落ちちゃいますよ」
さらに離れた民家の屋根の上に着地したところで、黒川は言った。そして、雪子が何か答える前に、再びそこから跳んだ。跳び続けた。ぽんぽんと、軽やかに、まるで飛翔するように、建物の屋根や電柱のてっぺんなどを足場にジャンプし続けた。雪子は目が回った。なんでこの人、唐突に空を飛んでいるんだろう?
「こ、こんなところ、誰かに見つかっちゃったら、大騒ぎになりますよ! 鬼の妖怪が空を飛んでるんだから!」
「それは大丈夫。この装束には、普通の人には見つからなくなる効果があるんですよ」
「え、本当に?」
「はい。僕たちただいま、セットでステルスモードです」
黒川はくすりといたずらっぽく笑い、さらに跳躍し続けた。
夜空にはまん丸の月が浮かんでいて、その淡い光が、彼の面をいっそう白く照らしている。それはどこか、幻想的で夢のような姿だった。
月光に濡れた美貌の青年には、角と牙があり、彼は驚異の跳躍力で宙を舞い続けている。そして、自分はそんな彼の懐に抱かれている……。これは本当に現実なのだろうか?
やがて、黒川は街を飛び出し、野原を駆け抜け、うっそうとした森の中に降り立った。
ここはどこだろう?
雪子は月の光を頼りに周りの様子をうかがった。すると、近くにちょうど小さな看板が立っていた。見ると「命は親から頂いた大切なもの……」などと、書かれている。こ、このいかにもな文面は、もしや……。
「黒川さん、ここって――」
「はい。富士山の近くにある自殺の名所、青木ヶ原樹海です」
にっこり笑いながら、さわやかに言い放つ黒川だった――って、ちょっと待てい!
「なんでこんなところに来てるんですか!」
「そりゃあ、僕の大好物がたくさんあるからに決まってるでしょう」
「大好物?」
「はい、強い悲しみや苦しみの中で自ら命を絶ち、怨霊になりはてた方たちです」
と、黒川はそこで近くの暗がりのほうに手を伸ばし、何かをわしづかみにした。見るとそれは――青白い光を放つ、半透明のおっさんだった! 彼は今、黒川に首根っこをつかまれて苦悶の形相を浮かべている。
「ふうむ? 見たところ死後一週間くらいの霊ですね。なかなか新鮮でよろしい」
言いながら、黒川はおっさんの首をつかむ手に力をこめたようだった。半透明のおっさんはたちまち、光る白い球体に形を変えた。
「では、いただきます」
そして、いつかのときのように、黒川はそれを口に入れモグモグ食べた。とても、おいしそうに。
「黒川さん、今のって、やっぱりここで自殺した人の霊ですか?」
「ええ、そうですね。飲み込むときにちょっと霊の記憶が見えましたが、どうやら老後の資金を全部FXで溶かして、妻子に逃げられた人みたいです」
「そ、そうですか……」
うわあ。やっぱこういうところって、そういう自殺者いるんだ。
「善か悪かでいえば、中立の存在で、そういう意味では悪霊とは言えないのですが、ただひたすらに強い自責の念だけでこの場にとどまり続けていたという点では、とても美味でした。まるで大吟醸のように澄んだ味わいで、上品な苦味とコクがあり、それでいて後味はとてもすっきりしています。いいですね、一点特化型の地縛霊!」
「はあ?」
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