42 / 62
4 黒川さんと星月夜
4 - 4
しおりを挟む
ただ、高いブドウにけちをつけるくせに、完全に「コスパ厨」でもなさそうな黒川だった。青果売り場で見切り品七十八円の黒ずんだバナナをゲットした後、ふらっと立ち寄ったお酒売り場では、いきなりプレミアムビール五百ミリリットル六缶パックをカゴに入れやがったのである。高額商品である!
「黒川さん、けっこういいお酒飲むんですね」
「……ビ、ビールは悪魔の食品ですから。いいものを買わないと」
と、答える黒川は、六缶パック千六百九十八円の値段に戦きつつ誘惑にあらがえないような顔をしていた。高い、でも、買わずにはいられない、という心境だろうか。
「僕、本当はクラフトビールのIPAが好きなんですよ。でも、それはこの福の神さんのビールよりさらにお高いから……」
「ああ、そうですね。エール系はさらに高いですね。瓶に入ってるものまであるし」
「でしょう? おかしいですよね。外国で製造されたワインより、国内で製造されたビールのほうが値段が高くて買いづらいなんて。政府は、日本経済のことなんて何も考えてないんですよ」
はあ、と、ため息をつき、さらに特売の日本酒の大容量紙パックをかごに入れる男であった。そっちは安物でいいのか。というか、この男、貧乏人のくせに。酒はがっつり買うんだ。
「黒川さんは、やっぱり鬼だからお酒が好きなんですか?」
「まあ、そうですね。鬼ってのはだいたい飲まずにはいられない生き物ですね。お酒は心のガソリンなのです」
「なんか、鬼っていうより、ただの飲んだくれみたいな言い方……」
「失礼な。飲んだくれのアル中ってのは、助六をつまみにペットボトルの焼酎をガブ飲みしているような、酒呑童子一族くらいですよ。僕たち、羅刹はそこまでいやしくはありません」
「は、はあ?」
同じ鬼でも酒呑童子とやらと羅刹はまた飲み方が違うんだ。というか、助六つまみに焼酎がぶ飲み、って、どんなイメージだ。やっぱりそれ、ただの飲んだくれのおっさんじゃないか。
「……まあ、僕もたまにはそういうヤケッパチな飲み方をするんですけどね」
「するんだ」
「助六の稲荷の甘さが意外とお酒に合うんですよねー」
そう言うと、お惣菜コーナーに行って助六のパックをカゴにいれる男であった。
その後、二人は別々のレジに並んで会計を済ませ、店を出た。
酒をがっつり買った黒川の持つ風呂敷マイバックはパンパンで、とても重そうだった。彼はそれを両手で懐に抱え込んでいたが、重さのせいで足取りはかなりおぼつかなく、ふらふらだ。
「黒川さんって、鬼の姿のときはすごく力持ちなのに、人間の姿のときは全然ですね」
「……まあね。なかなか能力の調整が難しいんですよ。髪の毛と同じで」
黒川はちょっと照れくさそうに笑った。
やがてアパートに帰った二人はそれぞれの部屋に引っ込み、それでこの買い物小旅行は終わった――わけでもなかった。卵を分け合う約束があったからだ。
雪子はいったん、要冷蔵のチルド品を自分の家の冷蔵庫に押し込んだ後、黒川の家に行った。そこに入るのは二度目だったが、前と違って室内は綺麗に片付いていた。間取りは雪子の部屋と同じ1DKで、入ってすぐに台所があり、その奥に居間兼寝室があった。そこには漫画を描く作業用の机と一人用のベッドが置かれているようだ。
雪子が入ったとき、黒川もちょうど冷蔵庫に買ったものを詰め込んでいるところだった。
いったいこの男の家の冷蔵庫の中はどうなっているのか。こっそり後ろから覗き込んでみたが、一人暮らしの男にしては意外としっかり整頓されており、調味料なども充実しているようだった。使いかけの野菜なども入っている。
「もしかして、黒川さんって、自炊派ですか?」
「まあ、外食なんてできる身分じゃありませんからね。簡単なものくらいは」
そういえば、動く野菜がどうとか、いやな話を聞いたような気がする。あれはマジで実体験だったのか。やだなあ、もう。
「男の一人貧乏メシですし、だいたいはレンジ使って時短でズボラ料理ですよ。あ、レンジといえば、最近はよくレンジで目玉焼きを作りますね。フライパンより手軽に作れていいんですよ」
「レンジで? チンしてる途中で卵が爆発しないですか?」
「しない方法があるんですよ、これが」
ふふふん、と、何やら得意げに笑う黒川だった。
「まあ、せっかくですし、今ここで作ってみましょうか。ちょうど卵もありますしね」
黒川はそう言うと、パックから卵を一個取り出し、さらに近くの棚から茶碗を取って、その中に卵を割りいれた。そして、そのまま電子レンジの中に茶碗を入れてしまった。
「ここで解凍モードに切り替えるのがポイントです」
ぽちっ。黒川はレンジの「解凍」のボタンを押した。そして、そのまま三分と時間を入力して、スタートボタンを押した。
本当にこれで大丈夫なのかな。雪子は様子を注意深く観察した。果たして卵は――三分の間、爆発することはなく、レンジ調理は無事終了した。中から茶碗を取り出すと、そこにはプリプリに加熱された目玉焼きが出来上がっていた! おお、これは!
「黒川さん、けっこういいお酒飲むんですね」
「……ビ、ビールは悪魔の食品ですから。いいものを買わないと」
と、答える黒川は、六缶パック千六百九十八円の値段に戦きつつ誘惑にあらがえないような顔をしていた。高い、でも、買わずにはいられない、という心境だろうか。
「僕、本当はクラフトビールのIPAが好きなんですよ。でも、それはこの福の神さんのビールよりさらにお高いから……」
「ああ、そうですね。エール系はさらに高いですね。瓶に入ってるものまであるし」
「でしょう? おかしいですよね。外国で製造されたワインより、国内で製造されたビールのほうが値段が高くて買いづらいなんて。政府は、日本経済のことなんて何も考えてないんですよ」
はあ、と、ため息をつき、さらに特売の日本酒の大容量紙パックをかごに入れる男であった。そっちは安物でいいのか。というか、この男、貧乏人のくせに。酒はがっつり買うんだ。
「黒川さんは、やっぱり鬼だからお酒が好きなんですか?」
「まあ、そうですね。鬼ってのはだいたい飲まずにはいられない生き物ですね。お酒は心のガソリンなのです」
「なんか、鬼っていうより、ただの飲んだくれみたいな言い方……」
「失礼な。飲んだくれのアル中ってのは、助六をつまみにペットボトルの焼酎をガブ飲みしているような、酒呑童子一族くらいですよ。僕たち、羅刹はそこまでいやしくはありません」
「は、はあ?」
同じ鬼でも酒呑童子とやらと羅刹はまた飲み方が違うんだ。というか、助六つまみに焼酎がぶ飲み、って、どんなイメージだ。やっぱりそれ、ただの飲んだくれのおっさんじゃないか。
「……まあ、僕もたまにはそういうヤケッパチな飲み方をするんですけどね」
「するんだ」
「助六の稲荷の甘さが意外とお酒に合うんですよねー」
そう言うと、お惣菜コーナーに行って助六のパックをカゴにいれる男であった。
その後、二人は別々のレジに並んで会計を済ませ、店を出た。
酒をがっつり買った黒川の持つ風呂敷マイバックはパンパンで、とても重そうだった。彼はそれを両手で懐に抱え込んでいたが、重さのせいで足取りはかなりおぼつかなく、ふらふらだ。
「黒川さんって、鬼の姿のときはすごく力持ちなのに、人間の姿のときは全然ですね」
「……まあね。なかなか能力の調整が難しいんですよ。髪の毛と同じで」
黒川はちょっと照れくさそうに笑った。
やがてアパートに帰った二人はそれぞれの部屋に引っ込み、それでこの買い物小旅行は終わった――わけでもなかった。卵を分け合う約束があったからだ。
雪子はいったん、要冷蔵のチルド品を自分の家の冷蔵庫に押し込んだ後、黒川の家に行った。そこに入るのは二度目だったが、前と違って室内は綺麗に片付いていた。間取りは雪子の部屋と同じ1DKで、入ってすぐに台所があり、その奥に居間兼寝室があった。そこには漫画を描く作業用の机と一人用のベッドが置かれているようだ。
雪子が入ったとき、黒川もちょうど冷蔵庫に買ったものを詰め込んでいるところだった。
いったいこの男の家の冷蔵庫の中はどうなっているのか。こっそり後ろから覗き込んでみたが、一人暮らしの男にしては意外としっかり整頓されており、調味料なども充実しているようだった。使いかけの野菜なども入っている。
「もしかして、黒川さんって、自炊派ですか?」
「まあ、外食なんてできる身分じゃありませんからね。簡単なものくらいは」
そういえば、動く野菜がどうとか、いやな話を聞いたような気がする。あれはマジで実体験だったのか。やだなあ、もう。
「男の一人貧乏メシですし、だいたいはレンジ使って時短でズボラ料理ですよ。あ、レンジといえば、最近はよくレンジで目玉焼きを作りますね。フライパンより手軽に作れていいんですよ」
「レンジで? チンしてる途中で卵が爆発しないですか?」
「しない方法があるんですよ、これが」
ふふふん、と、何やら得意げに笑う黒川だった。
「まあ、せっかくですし、今ここで作ってみましょうか。ちょうど卵もありますしね」
黒川はそう言うと、パックから卵を一個取り出し、さらに近くの棚から茶碗を取って、その中に卵を割りいれた。そして、そのまま電子レンジの中に茶碗を入れてしまった。
「ここで解凍モードに切り替えるのがポイントです」
ぽちっ。黒川はレンジの「解凍」のボタンを押した。そして、そのまま三分と時間を入力して、スタートボタンを押した。
本当にこれで大丈夫なのかな。雪子は様子を注意深く観察した。果たして卵は――三分の間、爆発することはなく、レンジ調理は無事終了した。中から茶碗を取り出すと、そこにはプリプリに加熱された目玉焼きが出来上がっていた! おお、これは!
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
宝石ランチを召し上がれ~子犬のマスターは、今日も素敵な時間を振る舞う~
櫛田こころ
キャラ文芸
久乃木柘榴(くのぎ ざくろ)の手元には、少し変わった形見がある。
小学六年のときに、病死した母の実家に伝わるおとぎ話。しゃべる犬と変わった人形が『宝石のご飯』を作って、お客さんのお悩みを解決していく喫茶店のお話。代々伝わるという、そのおとぎ話をもとに。柘榴は母と最後の自由研究で『絵本』を作成した。それが、少し変わった母の形見だ。
それを大切にしながら過ごし、高校生まで進級はしたが。母の喪失感をずっと抱えながら生きていくのがどこか辛かった。
父との関係も、交友も希薄になりがち。改善しようと思うと、母との思い出をきっかけに『終わる関係』へと行き着いてしまう。
それでも前を向こうと思ったのか、育った地元に赴き、母と過ごした病院に向かってみたのだが。
建物は病院どころかこじんまりとした喫茶店。中に居たのは、中年男性の声で話すトイプードルが柘榴を優しく出迎えてくれた。
さらに、柘榴がいつのまにか持っていた変わった形の石の正体のせいで。柘榴自身が『死人』であることが判明。
本の中の世界ではなく、現在とずれた空間にあるお悩み相談も兼ねた喫茶店の存在。
死人から生き返れるかを依頼した主人公・柘榴が人外と人間との絆を紡いでいくほっこりストーリー。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※5話は3/9 18時~より投稿します。間が空いてすみません…
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる