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4 黒川さんと星月夜
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ただ、高いブドウにけちをつけるくせに、完全に「コスパ厨」でもなさそうな黒川だった。青果売り場で見切り品七十八円の黒ずんだバナナをゲットした後、ふらっと立ち寄ったお酒売り場では、いきなりプレミアムビール五百ミリリットル六缶パックをカゴに入れやがったのである。高額商品である!
「黒川さん、けっこういいお酒飲むんですね」
「……ビ、ビールは悪魔の食品ですから。いいものを買わないと」
と、答える黒川は、六缶パック千六百九十八円の値段に戦きつつ誘惑にあらがえないような顔をしていた。高い、でも、買わずにはいられない、という心境だろうか。
「僕、本当はクラフトビールのIPAが好きなんですよ。でも、それはこの福の神さんのビールよりさらにお高いから……」
「ああ、そうですね。エール系はさらに高いですね。瓶に入ってるものまであるし」
「でしょう? おかしいですよね。外国で製造されたワインより、国内で製造されたビールのほうが値段が高くて買いづらいなんて。政府は、日本経済のことなんて何も考えてないんですよ」
はあ、と、ため息をつき、さらに特売の日本酒の大容量紙パックをかごに入れる男であった。そっちは安物でいいのか。というか、この男、貧乏人のくせに。酒はがっつり買うんだ。
「黒川さんは、やっぱり鬼だからお酒が好きなんですか?」
「まあ、そうですね。鬼ってのはだいたい飲まずにはいられない生き物ですね。お酒は心のガソリンなのです」
「なんか、鬼っていうより、ただの飲んだくれみたいな言い方……」
「失礼な。飲んだくれのアル中ってのは、助六をつまみにペットボトルの焼酎をガブ飲みしているような、酒呑童子一族くらいですよ。僕たち、羅刹はそこまでいやしくはありません」
「は、はあ?」
同じ鬼でも酒呑童子とやらと羅刹はまた飲み方が違うんだ。というか、助六つまみに焼酎がぶ飲み、って、どんなイメージだ。やっぱりそれ、ただの飲んだくれのおっさんじゃないか。
「……まあ、僕もたまにはそういうヤケッパチな飲み方をするんですけどね」
「するんだ」
「助六の稲荷の甘さが意外とお酒に合うんですよねー」
そう言うと、お惣菜コーナーに行って助六のパックをカゴにいれる男であった。
その後、二人は別々のレジに並んで会計を済ませ、店を出た。
酒をがっつり買った黒川の持つ風呂敷マイバックはパンパンで、とても重そうだった。彼はそれを両手で懐に抱え込んでいたが、重さのせいで足取りはかなりおぼつかなく、ふらふらだ。
「黒川さんって、鬼の姿のときはすごく力持ちなのに、人間の姿のときは全然ですね」
「……まあね。なかなか能力の調整が難しいんですよ。髪の毛と同じで」
黒川はちょっと照れくさそうに笑った。
やがてアパートに帰った二人はそれぞれの部屋に引っ込み、それでこの買い物小旅行は終わった――わけでもなかった。卵を分け合う約束があったからだ。
雪子はいったん、要冷蔵のチルド品を自分の家の冷蔵庫に押し込んだ後、黒川の家に行った。そこに入るのは二度目だったが、前と違って室内は綺麗に片付いていた。間取りは雪子の部屋と同じ1DKで、入ってすぐに台所があり、その奥に居間兼寝室があった。そこには漫画を描く作業用の机と一人用のベッドが置かれているようだ。
雪子が入ったとき、黒川もちょうど冷蔵庫に買ったものを詰め込んでいるところだった。
いったいこの男の家の冷蔵庫の中はどうなっているのか。こっそり後ろから覗き込んでみたが、一人暮らしの男にしては意外としっかり整頓されており、調味料なども充実しているようだった。使いかけの野菜なども入っている。
「もしかして、黒川さんって、自炊派ですか?」
「まあ、外食なんてできる身分じゃありませんからね。簡単なものくらいは」
そういえば、動く野菜がどうとか、いやな話を聞いたような気がする。あれはマジで実体験だったのか。やだなあ、もう。
「男の一人貧乏メシですし、だいたいはレンジ使って時短でズボラ料理ですよ。あ、レンジといえば、最近はよくレンジで目玉焼きを作りますね。フライパンより手軽に作れていいんですよ」
「レンジで? チンしてる途中で卵が爆発しないですか?」
「しない方法があるんですよ、これが」
ふふふん、と、何やら得意げに笑う黒川だった。
「まあ、せっかくですし、今ここで作ってみましょうか。ちょうど卵もありますしね」
黒川はそう言うと、パックから卵を一個取り出し、さらに近くの棚から茶碗を取って、その中に卵を割りいれた。そして、そのまま電子レンジの中に茶碗を入れてしまった。
「ここで解凍モードに切り替えるのがポイントです」
ぽちっ。黒川はレンジの「解凍」のボタンを押した。そして、そのまま三分と時間を入力して、スタートボタンを押した。
本当にこれで大丈夫なのかな。雪子は様子を注意深く観察した。果たして卵は――三分の間、爆発することはなく、レンジ調理は無事終了した。中から茶碗を取り出すと、そこにはプリプリに加熱された目玉焼きが出来上がっていた! おお、これは!
「黒川さん、けっこういいお酒飲むんですね」
「……ビ、ビールは悪魔の食品ですから。いいものを買わないと」
と、答える黒川は、六缶パック千六百九十八円の値段に戦きつつ誘惑にあらがえないような顔をしていた。高い、でも、買わずにはいられない、という心境だろうか。
「僕、本当はクラフトビールのIPAが好きなんですよ。でも、それはこの福の神さんのビールよりさらにお高いから……」
「ああ、そうですね。エール系はさらに高いですね。瓶に入ってるものまであるし」
「でしょう? おかしいですよね。外国で製造されたワインより、国内で製造されたビールのほうが値段が高くて買いづらいなんて。政府は、日本経済のことなんて何も考えてないんですよ」
はあ、と、ため息をつき、さらに特売の日本酒の大容量紙パックをかごに入れる男であった。そっちは安物でいいのか。というか、この男、貧乏人のくせに。酒はがっつり買うんだ。
「黒川さんは、やっぱり鬼だからお酒が好きなんですか?」
「まあ、そうですね。鬼ってのはだいたい飲まずにはいられない生き物ですね。お酒は心のガソリンなのです」
「なんか、鬼っていうより、ただの飲んだくれみたいな言い方……」
「失礼な。飲んだくれのアル中ってのは、助六をつまみにペットボトルの焼酎をガブ飲みしているような、酒呑童子一族くらいですよ。僕たち、羅刹はそこまでいやしくはありません」
「は、はあ?」
同じ鬼でも酒呑童子とやらと羅刹はまた飲み方が違うんだ。というか、助六つまみに焼酎がぶ飲み、って、どんなイメージだ。やっぱりそれ、ただの飲んだくれのおっさんじゃないか。
「……まあ、僕もたまにはそういうヤケッパチな飲み方をするんですけどね」
「するんだ」
「助六の稲荷の甘さが意外とお酒に合うんですよねー」
そう言うと、お惣菜コーナーに行って助六のパックをカゴにいれる男であった。
その後、二人は別々のレジに並んで会計を済ませ、店を出た。
酒をがっつり買った黒川の持つ風呂敷マイバックはパンパンで、とても重そうだった。彼はそれを両手で懐に抱え込んでいたが、重さのせいで足取りはかなりおぼつかなく、ふらふらだ。
「黒川さんって、鬼の姿のときはすごく力持ちなのに、人間の姿のときは全然ですね」
「……まあね。なかなか能力の調整が難しいんですよ。髪の毛と同じで」
黒川はちょっと照れくさそうに笑った。
やがてアパートに帰った二人はそれぞれの部屋に引っ込み、それでこの買い物小旅行は終わった――わけでもなかった。卵を分け合う約束があったからだ。
雪子はいったん、要冷蔵のチルド品を自分の家の冷蔵庫に押し込んだ後、黒川の家に行った。そこに入るのは二度目だったが、前と違って室内は綺麗に片付いていた。間取りは雪子の部屋と同じ1DKで、入ってすぐに台所があり、その奥に居間兼寝室があった。そこには漫画を描く作業用の机と一人用のベッドが置かれているようだ。
雪子が入ったとき、黒川もちょうど冷蔵庫に買ったものを詰め込んでいるところだった。
いったいこの男の家の冷蔵庫の中はどうなっているのか。こっそり後ろから覗き込んでみたが、一人暮らしの男にしては意外としっかり整頓されており、調味料なども充実しているようだった。使いかけの野菜なども入っている。
「もしかして、黒川さんって、自炊派ですか?」
「まあ、外食なんてできる身分じゃありませんからね。簡単なものくらいは」
そういえば、動く野菜がどうとか、いやな話を聞いたような気がする。あれはマジで実体験だったのか。やだなあ、もう。
「男の一人貧乏メシですし、だいたいはレンジ使って時短でズボラ料理ですよ。あ、レンジといえば、最近はよくレンジで目玉焼きを作りますね。フライパンより手軽に作れていいんですよ」
「レンジで? チンしてる途中で卵が爆発しないですか?」
「しない方法があるんですよ、これが」
ふふふん、と、何やら得意げに笑う黒川だった。
「まあ、せっかくですし、今ここで作ってみましょうか。ちょうど卵もありますしね」
黒川はそう言うと、パックから卵を一個取り出し、さらに近くの棚から茶碗を取って、その中に卵を割りいれた。そして、そのまま電子レンジの中に茶碗を入れてしまった。
「ここで解凍モードに切り替えるのがポイントです」
ぽちっ。黒川はレンジの「解凍」のボタンを押した。そして、そのまま三分と時間を入力して、スタートボタンを押した。
本当にこれで大丈夫なのかな。雪子は様子を注意深く観察した。果たして卵は――三分の間、爆発することはなく、レンジ調理は無事終了した。中から茶碗を取り出すと、そこにはプリプリに加熱された目玉焼きが出来上がっていた! おお、これは!
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