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3 黒川さんたちはお金がない
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それから、雪子はいったん部屋着から派手な格好に着替えてから、黒川と一緒に邪気妖怪の住まう夜の街に繰り出した。
なんでも、人間の若い女というのは、邪気妖怪をおびき出すのに実によいエサなのだそうだ。なので、当然、それらしい扇情的な格好をしたわけなのだったが……。
「あの、妖怪退治に私がこういう形で協力するのはわかりましたけど、危険はないんですよね? 何かあったら黒川さんが守ってくれるんですよね?」
深夜の人気のない歩道で、雪子は並んで歩く黒川に尋ねずにはいられなかった。
彼女は今、体にぴったりフィットしたキャミソールに超短いデニムのホットパンツにミュールという、露出度マックスの格好である。
「大丈夫ですよ。僕けっこう強いですから」
と、答える黒川はいつもどおりの貧乏くさいジャージ姿である。顔も、人間に変身したままなので、ひたすら陰気臭く、弱弱しくて、頼りなさしかない。
ただ、その手には古びた木刀が握られていた。雪子が部屋で着替えている間に自分の部屋から持ってきたものだったが、まさかこれで妖怪退治するつもりなのだろうか。
「でも、目当ての妖怪ってすぐ見つかるものなんですか? 討伐依頼にはだいたいの住所や出現場所は書いてますけど、いつもそこにいるとは限らないですよね?」
「その点もご心配なく。邪気妖怪同士は邪気で惹かれあうものですから。僕にはなんとなく相手の位置がわかるんですよ」
「なるほど。まるで汚い妖怪アンテナですね」
「汚い、は、いらないですね」
黒川はむっとして、雪子を半開きの目でにらんだ。
その後、二人は深夜の繁華街にタクシーで向かった。タクシー代は黒川が払った。必要経費ってやつだろうか、ちょっとは金を持ってるようだった。
やがて、とあるバーについたところで、黒川とタクシーの中で打ち合わせしたとおり、雪子一人で店の中に入った。
平日の深夜だったが、店はそこそこ客がいた。ちょっとおしゃれな雰囲気のバーだったが、値段はそこまで高くなさそうだった。カウンターの席に着き、適当にドリンクを頼んだ。
すると、ものの五分もしないうちに、隣に男がやってきて、話しかけてきた。
「ねえ、君、一人?」
見ると、二十代くらいのスーツ姿のイケメンである。腕には高そうな時計が光っている。ついでに声もいい感じの低さで、美声である。雪子は一瞬目を奪われ、ドキっとした。
だが、直後、ポーチの中のスマホがヴーンと振動し、彼女を現実に戻した。それは一瞬でおさまったが。
「電話? 出なくていいの?」
「いえ、いいんです。別に……」
イケメンから目をそらし、彼女は大きくため息をついた。今の電話は黒川からだ。
彼は今、店の外から店内を監視しているはずで、ターゲットが雪子に接近してきたところで、合図の電話をかけてくるという手はずになっている。つまり、この目の前にいる完璧イケメンは……はあ。これが、がっかりせずにはいられようか。
「ねえ、ここってちょっと騒がしいよね? よかったら、どこか静かなところに行かない?」
と、イケメンは雪子の耳に顔を近づけ、ささやいてきた。とろけるような甘い声である。普通の女なら、喜んでうなずくところであるが、
「そ、そうですね……」
雪子はしぶしぶうなずいた。仕事とはいえ、いやな役回りだなあと思いながら。二人はそのまま店を出た。
やがて、人気のない暗い路地裏に来たところで――、
「なあ、おら、実はおめえに頼みがあるだよ。いいべか?」
完璧イケメンが突如、訛り始めた。なんだか、その顔立ちもぼやけてきているような?
「頼みって何ですか?」
「店で何か飲んでたし、そろそろしたくなってきたころだろ? だから、思う存分、おらの顔にぶっかけてほしいだ」
「ぶっかけるって」
「尿だよ!」
「えぇ……」
なにこの変態。やだもう。
「そ、そういう特殊なプレイはちょっと」
「おねげえだよ! どうせ便所に流すだけの汁だべ! おらにわけてくれよ!」
イケメンは、いや、イケメンだった何かは雪子の体にまとわりついてきた。ねっちょりと。
そう、すでにその体は人間の形を失い、スライムのようなゲル状の妖怪変化に姿を変えていた。その半透明の体の中央におっさんのような顔がついていて、街灯の光にぬらぬら光っていた。き、きもい……。
「な、なんなの、いきなり! あなたいったい――」
「妖怪だべ! でも、人は襲ったりしねえべ! そこは信じてくれろ!」
「いや、今、私、思いっきり襲われてますよね?」
「尿をしてくれればええ! それだけでおら、満たされるだ!」
「そ、それって、このまま?」
「そうだ! おらの体が全部受け止めるだ! だからこのまましてくれ! おらの体を、おめえのあったけえ汁で満たしてくれ!」
「いや、それはちょっと……」
というか、すでに変態妖怪に危害を加えられているのにあの男は何をやってるのか。早く来い。
なんでも、人間の若い女というのは、邪気妖怪をおびき出すのに実によいエサなのだそうだ。なので、当然、それらしい扇情的な格好をしたわけなのだったが……。
「あの、妖怪退治に私がこういう形で協力するのはわかりましたけど、危険はないんですよね? 何かあったら黒川さんが守ってくれるんですよね?」
深夜の人気のない歩道で、雪子は並んで歩く黒川に尋ねずにはいられなかった。
彼女は今、体にぴったりフィットしたキャミソールに超短いデニムのホットパンツにミュールという、露出度マックスの格好である。
「大丈夫ですよ。僕けっこう強いですから」
と、答える黒川はいつもどおりの貧乏くさいジャージ姿である。顔も、人間に変身したままなので、ひたすら陰気臭く、弱弱しくて、頼りなさしかない。
ただ、その手には古びた木刀が握られていた。雪子が部屋で着替えている間に自分の部屋から持ってきたものだったが、まさかこれで妖怪退治するつもりなのだろうか。
「でも、目当ての妖怪ってすぐ見つかるものなんですか? 討伐依頼にはだいたいの住所や出現場所は書いてますけど、いつもそこにいるとは限らないですよね?」
「その点もご心配なく。邪気妖怪同士は邪気で惹かれあうものですから。僕にはなんとなく相手の位置がわかるんですよ」
「なるほど。まるで汚い妖怪アンテナですね」
「汚い、は、いらないですね」
黒川はむっとして、雪子を半開きの目でにらんだ。
その後、二人は深夜の繁華街にタクシーで向かった。タクシー代は黒川が払った。必要経費ってやつだろうか、ちょっとは金を持ってるようだった。
やがて、とあるバーについたところで、黒川とタクシーの中で打ち合わせしたとおり、雪子一人で店の中に入った。
平日の深夜だったが、店はそこそこ客がいた。ちょっとおしゃれな雰囲気のバーだったが、値段はそこまで高くなさそうだった。カウンターの席に着き、適当にドリンクを頼んだ。
すると、ものの五分もしないうちに、隣に男がやってきて、話しかけてきた。
「ねえ、君、一人?」
見ると、二十代くらいのスーツ姿のイケメンである。腕には高そうな時計が光っている。ついでに声もいい感じの低さで、美声である。雪子は一瞬目を奪われ、ドキっとした。
だが、直後、ポーチの中のスマホがヴーンと振動し、彼女を現実に戻した。それは一瞬でおさまったが。
「電話? 出なくていいの?」
「いえ、いいんです。別に……」
イケメンから目をそらし、彼女は大きくため息をついた。今の電話は黒川からだ。
彼は今、店の外から店内を監視しているはずで、ターゲットが雪子に接近してきたところで、合図の電話をかけてくるという手はずになっている。つまり、この目の前にいる完璧イケメンは……はあ。これが、がっかりせずにはいられようか。
「ねえ、ここってちょっと騒がしいよね? よかったら、どこか静かなところに行かない?」
と、イケメンは雪子の耳に顔を近づけ、ささやいてきた。とろけるような甘い声である。普通の女なら、喜んでうなずくところであるが、
「そ、そうですね……」
雪子はしぶしぶうなずいた。仕事とはいえ、いやな役回りだなあと思いながら。二人はそのまま店を出た。
やがて、人気のない暗い路地裏に来たところで――、
「なあ、おら、実はおめえに頼みがあるだよ。いいべか?」
完璧イケメンが突如、訛り始めた。なんだか、その顔立ちもぼやけてきているような?
「頼みって何ですか?」
「店で何か飲んでたし、そろそろしたくなってきたころだろ? だから、思う存分、おらの顔にぶっかけてほしいだ」
「ぶっかけるって」
「尿だよ!」
「えぇ……」
なにこの変態。やだもう。
「そ、そういう特殊なプレイはちょっと」
「おねげえだよ! どうせ便所に流すだけの汁だべ! おらにわけてくれよ!」
イケメンは、いや、イケメンだった何かは雪子の体にまとわりついてきた。ねっちょりと。
そう、すでにその体は人間の形を失い、スライムのようなゲル状の妖怪変化に姿を変えていた。その半透明の体の中央におっさんのような顔がついていて、街灯の光にぬらぬら光っていた。き、きもい……。
「な、なんなの、いきなり! あなたいったい――」
「妖怪だべ! でも、人は襲ったりしねえべ! そこは信じてくれろ!」
「いや、今、私、思いっきり襲われてますよね?」
「尿をしてくれればええ! それだけでおら、満たされるだ!」
「そ、それって、このまま?」
「そうだ! おらの体が全部受け止めるだ! だからこのまましてくれ! おらの体を、おめえのあったけえ汁で満たしてくれ!」
「いや、それはちょっと……」
というか、すでに変態妖怪に危害を加えられているのにあの男は何をやってるのか。早く来い。
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