28 / 62
3 黒川さんたちはお金がない
3 - 4
しおりを挟む
それから、雪子はいったん部屋着から派手な格好に着替えてから、黒川と一緒に邪気妖怪の住まう夜の街に繰り出した。
なんでも、人間の若い女というのは、邪気妖怪をおびき出すのに実によいエサなのだそうだ。なので、当然、それらしい扇情的な格好をしたわけなのだったが……。
「あの、妖怪退治に私がこういう形で協力するのはわかりましたけど、危険はないんですよね? 何かあったら黒川さんが守ってくれるんですよね?」
深夜の人気のない歩道で、雪子は並んで歩く黒川に尋ねずにはいられなかった。
彼女は今、体にぴったりフィットしたキャミソールに超短いデニムのホットパンツにミュールという、露出度マックスの格好である。
「大丈夫ですよ。僕けっこう強いですから」
と、答える黒川はいつもどおりの貧乏くさいジャージ姿である。顔も、人間に変身したままなので、ひたすら陰気臭く、弱弱しくて、頼りなさしかない。
ただ、その手には古びた木刀が握られていた。雪子が部屋で着替えている間に自分の部屋から持ってきたものだったが、まさかこれで妖怪退治するつもりなのだろうか。
「でも、目当ての妖怪ってすぐ見つかるものなんですか? 討伐依頼にはだいたいの住所や出現場所は書いてますけど、いつもそこにいるとは限らないですよね?」
「その点もご心配なく。邪気妖怪同士は邪気で惹かれあうものですから。僕にはなんとなく相手の位置がわかるんですよ」
「なるほど。まるで汚い妖怪アンテナですね」
「汚い、は、いらないですね」
黒川はむっとして、雪子を半開きの目でにらんだ。
その後、二人は深夜の繁華街にタクシーで向かった。タクシー代は黒川が払った。必要経費ってやつだろうか、ちょっとは金を持ってるようだった。
やがて、とあるバーについたところで、黒川とタクシーの中で打ち合わせしたとおり、雪子一人で店の中に入った。
平日の深夜だったが、店はそこそこ客がいた。ちょっとおしゃれな雰囲気のバーだったが、値段はそこまで高くなさそうだった。カウンターの席に着き、適当にドリンクを頼んだ。
すると、ものの五分もしないうちに、隣に男がやってきて、話しかけてきた。
「ねえ、君、一人?」
見ると、二十代くらいのスーツ姿のイケメンである。腕には高そうな時計が光っている。ついでに声もいい感じの低さで、美声である。雪子は一瞬目を奪われ、ドキっとした。
だが、直後、ポーチの中のスマホがヴーンと振動し、彼女を現実に戻した。それは一瞬でおさまったが。
「電話? 出なくていいの?」
「いえ、いいんです。別に……」
イケメンから目をそらし、彼女は大きくため息をついた。今の電話は黒川からだ。
彼は今、店の外から店内を監視しているはずで、ターゲットが雪子に接近してきたところで、合図の電話をかけてくるという手はずになっている。つまり、この目の前にいる完璧イケメンは……はあ。これが、がっかりせずにはいられようか。
「ねえ、ここってちょっと騒がしいよね? よかったら、どこか静かなところに行かない?」
と、イケメンは雪子の耳に顔を近づけ、ささやいてきた。とろけるような甘い声である。普通の女なら、喜んでうなずくところであるが、
「そ、そうですね……」
雪子はしぶしぶうなずいた。仕事とはいえ、いやな役回りだなあと思いながら。二人はそのまま店を出た。
やがて、人気のない暗い路地裏に来たところで――、
「なあ、おら、実はおめえに頼みがあるだよ。いいべか?」
完璧イケメンが突如、訛り始めた。なんだか、その顔立ちもぼやけてきているような?
「頼みって何ですか?」
「店で何か飲んでたし、そろそろしたくなってきたころだろ? だから、思う存分、おらの顔にぶっかけてほしいだ」
「ぶっかけるって」
「尿だよ!」
「えぇ……」
なにこの変態。やだもう。
「そ、そういう特殊なプレイはちょっと」
「おねげえだよ! どうせ便所に流すだけの汁だべ! おらにわけてくれよ!」
イケメンは、いや、イケメンだった何かは雪子の体にまとわりついてきた。ねっちょりと。
そう、すでにその体は人間の形を失い、スライムのようなゲル状の妖怪変化に姿を変えていた。その半透明の体の中央におっさんのような顔がついていて、街灯の光にぬらぬら光っていた。き、きもい……。
「な、なんなの、いきなり! あなたいったい――」
「妖怪だべ! でも、人は襲ったりしねえべ! そこは信じてくれろ!」
「いや、今、私、思いっきり襲われてますよね?」
「尿をしてくれればええ! それだけでおら、満たされるだ!」
「そ、それって、このまま?」
「そうだ! おらの体が全部受け止めるだ! だからこのまましてくれ! おらの体を、おめえのあったけえ汁で満たしてくれ!」
「いや、それはちょっと……」
というか、すでに変態妖怪に危害を加えられているのにあの男は何をやってるのか。早く来い。
なんでも、人間の若い女というのは、邪気妖怪をおびき出すのに実によいエサなのだそうだ。なので、当然、それらしい扇情的な格好をしたわけなのだったが……。
「あの、妖怪退治に私がこういう形で協力するのはわかりましたけど、危険はないんですよね? 何かあったら黒川さんが守ってくれるんですよね?」
深夜の人気のない歩道で、雪子は並んで歩く黒川に尋ねずにはいられなかった。
彼女は今、体にぴったりフィットしたキャミソールに超短いデニムのホットパンツにミュールという、露出度マックスの格好である。
「大丈夫ですよ。僕けっこう強いですから」
と、答える黒川はいつもどおりの貧乏くさいジャージ姿である。顔も、人間に変身したままなので、ひたすら陰気臭く、弱弱しくて、頼りなさしかない。
ただ、その手には古びた木刀が握られていた。雪子が部屋で着替えている間に自分の部屋から持ってきたものだったが、まさかこれで妖怪退治するつもりなのだろうか。
「でも、目当ての妖怪ってすぐ見つかるものなんですか? 討伐依頼にはだいたいの住所や出現場所は書いてますけど、いつもそこにいるとは限らないですよね?」
「その点もご心配なく。邪気妖怪同士は邪気で惹かれあうものですから。僕にはなんとなく相手の位置がわかるんですよ」
「なるほど。まるで汚い妖怪アンテナですね」
「汚い、は、いらないですね」
黒川はむっとして、雪子を半開きの目でにらんだ。
その後、二人は深夜の繁華街にタクシーで向かった。タクシー代は黒川が払った。必要経費ってやつだろうか、ちょっとは金を持ってるようだった。
やがて、とあるバーについたところで、黒川とタクシーの中で打ち合わせしたとおり、雪子一人で店の中に入った。
平日の深夜だったが、店はそこそこ客がいた。ちょっとおしゃれな雰囲気のバーだったが、値段はそこまで高くなさそうだった。カウンターの席に着き、適当にドリンクを頼んだ。
すると、ものの五分もしないうちに、隣に男がやってきて、話しかけてきた。
「ねえ、君、一人?」
見ると、二十代くらいのスーツ姿のイケメンである。腕には高そうな時計が光っている。ついでに声もいい感じの低さで、美声である。雪子は一瞬目を奪われ、ドキっとした。
だが、直後、ポーチの中のスマホがヴーンと振動し、彼女を現実に戻した。それは一瞬でおさまったが。
「電話? 出なくていいの?」
「いえ、いいんです。別に……」
イケメンから目をそらし、彼女は大きくため息をついた。今の電話は黒川からだ。
彼は今、店の外から店内を監視しているはずで、ターゲットが雪子に接近してきたところで、合図の電話をかけてくるという手はずになっている。つまり、この目の前にいる完璧イケメンは……はあ。これが、がっかりせずにはいられようか。
「ねえ、ここってちょっと騒がしいよね? よかったら、どこか静かなところに行かない?」
と、イケメンは雪子の耳に顔を近づけ、ささやいてきた。とろけるような甘い声である。普通の女なら、喜んでうなずくところであるが、
「そ、そうですね……」
雪子はしぶしぶうなずいた。仕事とはいえ、いやな役回りだなあと思いながら。二人はそのまま店を出た。
やがて、人気のない暗い路地裏に来たところで――、
「なあ、おら、実はおめえに頼みがあるだよ。いいべか?」
完璧イケメンが突如、訛り始めた。なんだか、その顔立ちもぼやけてきているような?
「頼みって何ですか?」
「店で何か飲んでたし、そろそろしたくなってきたころだろ? だから、思う存分、おらの顔にぶっかけてほしいだ」
「ぶっかけるって」
「尿だよ!」
「えぇ……」
なにこの変態。やだもう。
「そ、そういう特殊なプレイはちょっと」
「おねげえだよ! どうせ便所に流すだけの汁だべ! おらにわけてくれよ!」
イケメンは、いや、イケメンだった何かは雪子の体にまとわりついてきた。ねっちょりと。
そう、すでにその体は人間の形を失い、スライムのようなゲル状の妖怪変化に姿を変えていた。その半透明の体の中央におっさんのような顔がついていて、街灯の光にぬらぬら光っていた。き、きもい……。
「な、なんなの、いきなり! あなたいったい――」
「妖怪だべ! でも、人は襲ったりしねえべ! そこは信じてくれろ!」
「いや、今、私、思いっきり襲われてますよね?」
「尿をしてくれればええ! それだけでおら、満たされるだ!」
「そ、それって、このまま?」
「そうだ! おらの体が全部受け止めるだ! だからこのまましてくれ! おらの体を、おめえのあったけえ汁で満たしてくれ!」
「いや、それはちょっと……」
というか、すでに変態妖怪に危害を加えられているのにあの男は何をやってるのか。早く来い。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~
汐埼ゆたか
キャラ文芸
はじまりは、京都鴨川にかかる『賀茂大橋』
再就職先に行くはずが迷子になり、途方に暮れていた。
けれど、ひょんなことからたどり着いたのは、アンティークショップのような古道具屋のような不思議なお店
『まねき亭』
見たことがないほどの端正な容姿を持つ店主に「嫁になれ」と迫られ、即座に断ったが時すでに遅し。
このときすでに、璃世は不思議なあやかしの世界に足を踏み入れていたのだった。
・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚
『観念して俺の嫁になればいい』
『断固としてお断りいたします!』
平凡女子 VS 化け猫美男子
勝つのはどっち?
・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイトからの転載作品
※無断転載禁止
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

30歳、魔法使いになりました。
本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に魔法に目覚めた鞍馬花凛。
そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。巻き込まれた花凛を助けたのは1人の青年。……彼も『魔法』を使っていた。
そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から呼び出され思わぬ事実を知らされる……。
ゆっくり更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる