あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

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3 黒川さんたちはお金がない

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 その夜、黒川は言ったとおりの時間に再び雪子の部屋にやってきた。そう、深夜十二時。

 しかも、玄関からではなくベランダから。いくら隣人で顔見知りとはいえ、こんな夜中にぬっとベランダに現れるとは。前もって訪問を予告してなかったら不審者そのものである。

 というか、こんな時間に単発のバイトを探しに行くとは、いったい?

「あの、黒川さん、こんな夜中で大丈夫なんですか?」
「ええ、むしろ今ぐらいが一番いいですよ」

 黒川はベランダから雪子の部屋に上がりこみながら言った。いつものように貧乏くさいジャージ姿である。

「でも、ハローワークとかもう閉まってますよね?」
「人間向きのはそうですね」
「人間向きの?」
「妖怪向きのそういう施設がまた別にあるんですよ」

 と、黒川はジャージのポケットから小さい鍵とスマホを取り出した。そして、鍵をカーペットの上に置き、スマホをいじりはじめた。

「最近は便利になったもので、こういうアイテムをスマホのアプリで簡単操作できるんですよね」
「操作? いったい何を――」
「まあ、見ててください」

 ぽちっ。黒川はそこでスマホの画面の中央を指でタッチした。たちまち、カーペットの上に置いた鍵の周りが円形に光り始めた。半径一メートルくらいだろうか。

「赤城さん、この光るところに入ってください」
「え?」
「そうれっ!」

 と、黒川に強引に円の中に押し込まれた雪子だった。そして、直後、二人は強い光に包まれ、どこか別の空間に飛ばされたようだった。

 気がつくと、彼女はとても大きなレンガ造りの建物の前に立っていた。夜中だったはずなのに、辺りは夕暮れのような明るさで、空はほんのりピンク色だった。建物の周りには砂利をしきつめた庭が広がっており、そのさらに外は木々が生い茂っているばかりのようだった。

 近くに人の気配はなかったが、人ならざる者たちの気配は大いに感じられた。この建物の中にたくさん妖怪がいる、さすがに雪子にもなんとなくわかった。

「黒川さん、ここってどういう場所なんですか?」
「ああ、ここは妖怪の住む世界ですよ。幽世《かくりよ》って呼ばれています」
「そんな世界があるんですか」

 妖怪の存在にもびっくりだが、こんな異次元空間がこの世に存在するとは。しかも、自分の部屋からダイレクトに来れるとは。

「そしてここが、妖怪たちが仕事探しに訪れる場所、通称、幽世ハロワです」
「ハロワで通じるんですか」

 なんか一気に俗っぽくなったような?

「でも、そんなところに人間の私が入っていいんですか? 妖怪専門の施設なんでしょう?」
「大丈夫ですよ。人間向きの仕事もあるはずです。さあ、入りましょう」

 二人はそのまま建物の正面入り口から中に入った。

 中はやはり、明らかに人ではない、たくさんの不思議生物がうごめいている魔窟になっていた。

 ただ、ハロワという通称なだけに、内装は人間の世界の役所によく似ていた。入り口付近には受付があり、いかにも初心者向けに案内係のような妖怪がいて、その奥はロビーになっていて、ソファがたくさん並んでいる。さらにその奥にはカウンターがあり、役人らしき妖怪が書類整理したり、窓口で訪問者の対応をしたりしている。

 その場にいる妖怪たちの中で、人間の形をしているものは全体の一割にも満たないようだった。

 あるものは巨大な土器だったり、あるものは直立歩行する大きなトカゲだったり、あるものは目玉の集合体だったり、あるものは半透明のこんにゃくだったり。実に奇妙キテレツな魑魅魍魎ばかりである。人の形を保っている黒川が頼もしくなってくるほどだった。

「ちーっす、黒川さん。そろそろ来るころだって思ってたよ」

 と、ロビーで黒川たちに気さくに話しかけてくるのは、ミノタウロスのような、人間の男の体に牛の頭を持つ妖怪だった。着物姿で、体つきは屈強そのものである。

「あ、そっちの彼女、普通の人間じゃん? どーしたの、こんなところに連れてきて? まさか誰かのスイーツ?」
「いや、彼女は食用ではないですよ。ただの、僕のご近所さんです」
「あ、そっかー。食べちゃいけない種類の人間なのか。ちぇ」

 牛頭の妖怪はめっちゃ残念そうに舌打ちして雪子をにらんだ。なんだ、この会話? ナチュラルにエサと認識されている?

「牛頭《ごず》さん、さっそくですが、何かいい仕事入ってますかね? 手っ取り早く、お金になりそうなやつ」
「あー、報酬が日本円で黒川さん向きの仕事ね。あるある。めっちゃたまってたところ。ちょっと待っててね」

 牛頭はすぐにカウンターの奥に戻っていった。なんか見た目とは違ってノリがめちゃくちゃ軽い。不動産屋の営業くらい軽い。

 というか、報酬が日本円ってなんだ。それ以外の報酬が存在するのか……。なんだか深く考えちゃダメなことのような気がした。
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