26 / 62
3 黒川さんたちはお金がない
3 - 2
しおりを挟む
その夜、黒川は言ったとおりの時間に再び雪子の部屋にやってきた。そう、深夜十二時。
しかも、玄関からではなくベランダから。いくら隣人で顔見知りとはいえ、こんな夜中にぬっとベランダに現れるとは。前もって訪問を予告してなかったら不審者そのものである。
というか、こんな時間に単発のバイトを探しに行くとは、いったい?
「あの、黒川さん、こんな夜中で大丈夫なんですか?」
「ええ、むしろ今ぐらいが一番いいですよ」
黒川はベランダから雪子の部屋に上がりこみながら言った。いつものように貧乏くさいジャージ姿である。
「でも、ハローワークとかもう閉まってますよね?」
「人間向きのはそうですね」
「人間向きの?」
「妖怪向きのそういう施設がまた別にあるんですよ」
と、黒川はジャージのポケットから小さい鍵とスマホを取り出した。そして、鍵をカーペットの上に置き、スマホをいじりはじめた。
「最近は便利になったもので、こういうアイテムをスマホのアプリで簡単操作できるんですよね」
「操作? いったい何を――」
「まあ、見ててください」
ぽちっ。黒川はそこでスマホの画面の中央を指でタッチした。たちまち、カーペットの上に置いた鍵の周りが円形に光り始めた。半径一メートルくらいだろうか。
「赤城さん、この光るところに入ってください」
「え?」
「そうれっ!」
と、黒川に強引に円の中に押し込まれた雪子だった。そして、直後、二人は強い光に包まれ、どこか別の空間に飛ばされたようだった。
気がつくと、彼女はとても大きなレンガ造りの建物の前に立っていた。夜中だったはずなのに、辺りは夕暮れのような明るさで、空はほんのりピンク色だった。建物の周りには砂利をしきつめた庭が広がっており、そのさらに外は木々が生い茂っているばかりのようだった。
近くに人の気配はなかったが、人ならざる者たちの気配は大いに感じられた。この建物の中にたくさん妖怪がいる、さすがに雪子にもなんとなくわかった。
「黒川さん、ここってどういう場所なんですか?」
「ああ、ここは妖怪の住む世界ですよ。幽世《かくりよ》って呼ばれています」
「そんな世界があるんですか」
妖怪の存在にもびっくりだが、こんな異次元空間がこの世に存在するとは。しかも、自分の部屋からダイレクトに来れるとは。
「そしてここが、妖怪たちが仕事探しに訪れる場所、通称、幽世ハロワです」
「ハロワで通じるんですか」
なんか一気に俗っぽくなったような?
「でも、そんなところに人間の私が入っていいんですか? 妖怪専門の施設なんでしょう?」
「大丈夫ですよ。人間向きの仕事もあるはずです。さあ、入りましょう」
二人はそのまま建物の正面入り口から中に入った。
中はやはり、明らかに人ではない、たくさんの不思議生物がうごめいている魔窟になっていた。
ただ、ハロワという通称なだけに、内装は人間の世界の役所によく似ていた。入り口付近には受付があり、いかにも初心者向けに案内係のような妖怪がいて、その奥はロビーになっていて、ソファがたくさん並んでいる。さらにその奥にはカウンターがあり、役人らしき妖怪が書類整理したり、窓口で訪問者の対応をしたりしている。
その場にいる妖怪たちの中で、人間の形をしているものは全体の一割にも満たないようだった。
あるものは巨大な土器だったり、あるものは直立歩行する大きなトカゲだったり、あるものは目玉の集合体だったり、あるものは半透明のこんにゃくだったり。実に奇妙キテレツな魑魅魍魎ばかりである。人の形を保っている黒川が頼もしくなってくるほどだった。
「ちーっす、黒川さん。そろそろ来るころだって思ってたよ」
と、ロビーで黒川たちに気さくに話しかけてくるのは、ミノタウロスのような、人間の男の体に牛の頭を持つ妖怪だった。着物姿で、体つきは屈強そのものである。
「あ、そっちの彼女、普通の人間じゃん? どーしたの、こんなところに連れてきて? まさか誰かのスイーツ?」
「いや、彼女は食用ではないですよ。ただの、僕のご近所さんです」
「あ、そっかー。食べちゃいけない種類の人間なのか。ちぇ」
牛頭の妖怪はめっちゃ残念そうに舌打ちして雪子をにらんだ。なんだ、この会話? ナチュラルにエサと認識されている?
「牛頭《ごず》さん、さっそくですが、何かいい仕事入ってますかね? 手っ取り早く、お金になりそうなやつ」
「あー、報酬が日本円で黒川さん向きの仕事ね。あるある。めっちゃたまってたところ。ちょっと待っててね」
牛頭はすぐにカウンターの奥に戻っていった。なんか見た目とは違ってノリがめちゃくちゃ軽い。不動産屋の営業くらい軽い。
というか、報酬が日本円ってなんだ。それ以外の報酬が存在するのか……。なんだか深く考えちゃダメなことのような気がした。
しかも、玄関からではなくベランダから。いくら隣人で顔見知りとはいえ、こんな夜中にぬっとベランダに現れるとは。前もって訪問を予告してなかったら不審者そのものである。
というか、こんな時間に単発のバイトを探しに行くとは、いったい?
「あの、黒川さん、こんな夜中で大丈夫なんですか?」
「ええ、むしろ今ぐらいが一番いいですよ」
黒川はベランダから雪子の部屋に上がりこみながら言った。いつものように貧乏くさいジャージ姿である。
「でも、ハローワークとかもう閉まってますよね?」
「人間向きのはそうですね」
「人間向きの?」
「妖怪向きのそういう施設がまた別にあるんですよ」
と、黒川はジャージのポケットから小さい鍵とスマホを取り出した。そして、鍵をカーペットの上に置き、スマホをいじりはじめた。
「最近は便利になったもので、こういうアイテムをスマホのアプリで簡単操作できるんですよね」
「操作? いったい何を――」
「まあ、見ててください」
ぽちっ。黒川はそこでスマホの画面の中央を指でタッチした。たちまち、カーペットの上に置いた鍵の周りが円形に光り始めた。半径一メートルくらいだろうか。
「赤城さん、この光るところに入ってください」
「え?」
「そうれっ!」
と、黒川に強引に円の中に押し込まれた雪子だった。そして、直後、二人は強い光に包まれ、どこか別の空間に飛ばされたようだった。
気がつくと、彼女はとても大きなレンガ造りの建物の前に立っていた。夜中だったはずなのに、辺りは夕暮れのような明るさで、空はほんのりピンク色だった。建物の周りには砂利をしきつめた庭が広がっており、そのさらに外は木々が生い茂っているばかりのようだった。
近くに人の気配はなかったが、人ならざる者たちの気配は大いに感じられた。この建物の中にたくさん妖怪がいる、さすがに雪子にもなんとなくわかった。
「黒川さん、ここってどういう場所なんですか?」
「ああ、ここは妖怪の住む世界ですよ。幽世《かくりよ》って呼ばれています」
「そんな世界があるんですか」
妖怪の存在にもびっくりだが、こんな異次元空間がこの世に存在するとは。しかも、自分の部屋からダイレクトに来れるとは。
「そしてここが、妖怪たちが仕事探しに訪れる場所、通称、幽世ハロワです」
「ハロワで通じるんですか」
なんか一気に俗っぽくなったような?
「でも、そんなところに人間の私が入っていいんですか? 妖怪専門の施設なんでしょう?」
「大丈夫ですよ。人間向きの仕事もあるはずです。さあ、入りましょう」
二人はそのまま建物の正面入り口から中に入った。
中はやはり、明らかに人ではない、たくさんの不思議生物がうごめいている魔窟になっていた。
ただ、ハロワという通称なだけに、内装は人間の世界の役所によく似ていた。入り口付近には受付があり、いかにも初心者向けに案内係のような妖怪がいて、その奥はロビーになっていて、ソファがたくさん並んでいる。さらにその奥にはカウンターがあり、役人らしき妖怪が書類整理したり、窓口で訪問者の対応をしたりしている。
その場にいる妖怪たちの中で、人間の形をしているものは全体の一割にも満たないようだった。
あるものは巨大な土器だったり、あるものは直立歩行する大きなトカゲだったり、あるものは目玉の集合体だったり、あるものは半透明のこんにゃくだったり。実に奇妙キテレツな魑魅魍魎ばかりである。人の形を保っている黒川が頼もしくなってくるほどだった。
「ちーっす、黒川さん。そろそろ来るころだって思ってたよ」
と、ロビーで黒川たちに気さくに話しかけてくるのは、ミノタウロスのような、人間の男の体に牛の頭を持つ妖怪だった。着物姿で、体つきは屈強そのものである。
「あ、そっちの彼女、普通の人間じゃん? どーしたの、こんなところに連れてきて? まさか誰かのスイーツ?」
「いや、彼女は食用ではないですよ。ただの、僕のご近所さんです」
「あ、そっかー。食べちゃいけない種類の人間なのか。ちぇ」
牛頭の妖怪はめっちゃ残念そうに舌打ちして雪子をにらんだ。なんだ、この会話? ナチュラルにエサと認識されている?
「牛頭《ごず》さん、さっそくですが、何かいい仕事入ってますかね? 手っ取り早く、お金になりそうなやつ」
「あー、報酬が日本円で黒川さん向きの仕事ね。あるある。めっちゃたまってたところ。ちょっと待っててね」
牛頭はすぐにカウンターの奥に戻っていった。なんか見た目とは違ってノリがめちゃくちゃ軽い。不動産屋の営業くらい軽い。
というか、報酬が日本円ってなんだ。それ以外の報酬が存在するのか……。なんだか深く考えちゃダメなことのような気がした。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。

夢の中でもう一人のオレに丸投げされたがそこは宇宙生物の撃退に刀が重宝されている平行世界だった
竹井ゴールド
キャラ文芸
オレこと柊(ひいらぎ)誠(まこと)は夢の中でもう一人のオレに泣き付かれて、余りの泣き言にうんざりして同意するとーー
平行世界のオレと入れ替わってしまった。
平行世界は宇宙より外敵宇宙生物、通称、コスモアネモニー(宇宙イソギンチャク)が跋扈する世界で、その対策として日本刀が重宝されており、剣道の実力、今(いま)総司のオレにとってはかなり楽しい世界だった。

後宮の才筆女官
たちばな立花
キャラ文芸
後宮の女官である紅花(フォンファ)は、仕事の傍ら小説を書いている。
最近世間を賑わせている『帝子雲嵐伝』の作者だ。
それが皇帝と第六皇子雲嵐(うんらん)にバレてしまう。
執筆活動を許す代わりに命ぜられたのは、後宮妃に扮し第六皇子の手伝いをすることだった!!
第六皇子は後宮内の事件を調査しているところで――!?
白鬼
藤田 秋
キャラ文芸
ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。
普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?
田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!
草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。
少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。
二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。
コメディとシリアスの温度差にご注意を。
他サイト様でも掲載中です。

家庭菜園物語
コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。
その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。
異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる