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3 黒川さんたちはお金がない
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さて、そんなこんなで日々は過ぎていき、気がつけば八月はもうあとわずかというころになっていた。雪子もすっかり浮遊霊と奇妙な隣人のいる新生活には慣れたころだった。まあ、基本的にどちらも無害だし。
ただ、彼女には大きな悩みが一つあった。そう、例の悪霊の大量家財道具破壊事件により、彼女は今、めちゃくちゃ金欠であった。
メイン銀行の残高は二千円ちょっと。無事に職場復帰し、給料も無理を言って週払いに変えてもらった彼女だったが、さっそく昨日それを入金したとたん、死肉を待ち構えていたハゲタカように光熱費通信費家賃その他が順に引き落とされ、この惨状である。次の引き落としのターンは一ヵ月後とはいえ、今週はこれだけでやりくりしないといけないのだ。
厳しい。せめてあの日、黒川と一緒に菱田出版なんて行かなければ、交通費が浮いたのになあ。結局、あの日は五円しかもらっていない、ボランティア同伴であった。
「やっぱり単発で日払いのバイトするしかないかあ……」
夕食の後、部屋で一人、スマホをポチポチしてそれっぽい情報を探した。すでに今月のスマホのギガのキャパは限界を超えていて、通信速度は亀さんであった。
と、そこで、電話がかかってきた。なんと黒川からである。そういえば、番号を交換していたんだっけ。すぐに電話に出た。
「ああ、赤城さん。突然ですが、一つ尋ねてもいいですか?」
「え、なんですか、いきなり?」
「いえ、たいしたことじゃないのですよ。赤城さんはゴキブリって食べたことありま――」
ぶちっ。瞬間、雪子は電話を切った。いきなり電話してきたと思ったら、また何聞いてくるんだろう、この妖怪。そんなもの食べたことあるわけないじゃないの、バカにして。
だが、そんなふうにむっとしているのも束の間、ややあって今度はベランダのほうから窓ガラスをドンドンと叩く音が聞こえた。もちろん、そこに立っているのは黒川である。やっかいなことに、この男の部屋とはベランダがつながってるのだ。
「あ、赤城さん! 何か勘違いをされてるようですが、これは非常に真面目な質問なんですよ! 学術的な!」
「知りませんよ、そんなの!」
すぐにカーテンを閉めて、その貧乏くさいジャージ姿の男を視界からシャットアウトした。だが、それでも彼は窓ガラスを叩き続けた。
「実は僕、今アルバイトをしているんです! それで、人間の食生活を調べているわけでして!」
「アルバイト?」
その言葉に雪子ははっとした。そういえば、自分も今、仕事を探しているところだった。
「それってどんなバイトなんですか?」
「夏休みの宿題の代行です」
「しゅ、宿題?」
「はい。漢字の書き取りとか算数のドリルとかは簡単なんですけど、夏休みの自由研究がやっかいで」
「算数のドリルて」
明らかに小学生の宿題である。どういうことだ、この男の仕事事情。
「それで、僕なりに考えたんですけど、やっぱり僕の実体験を基にした上でタメになるテーマがいいかなと思いまして、身近にいる食べられる虫について調べようと。ほら、子供って虫大好きでしょう?」
「いや、そういう種類の好きじゃないでしょう」
タメになるというのもなんかおかしいし。
「だいたい、なんでそのテーマでゴキブリに目をつけるんですか。身近には違いないですけど、そんなの食べられないでしょう」
「いえ、僕なりに調べたところ、タイの田舎のほうでは食べているみたいなんですよ。普通に」
「え、なにそれ」
やだもう。何その情報。
「なので、日本ではどうかと思いまして。蜂の子とかイナゴとか食べちゃう国ですし、人によっては、ちょっと冒険してゴキブリまで到達しててもおかしくないかなあと」
「そんな冒険する人いません!」
「あ、ちなみに僕、カメムシは食べたことあります」
「え」
「だってあれ、ほぼパクチーですからね。動く野菜ですよ」
「そ、そうですか……」
わからん! 人間じゃないにしても、この男の感性がさっぱりわからん!
そもそもそのテーマは、小学生の夏休みの自由研究にふさわしいのか。カメムシやゴキブリのグルメレビューに花丸くれるのか最近の先生は。
「すみません。私、その話題、まったく詳しくないのでお力にはなれません。だから帰って」
「そうですか。弱ったなあ。残るっている宿題はこれだけで、全部終わったら五千円もらえるんですけどね」
「え、五千円!」
小学生の宿題代行にあるまじき高額報酬だ! 残高二千円ちょっとの雪子は目をみはらずにはいられなかった。
「黒川さん、そういう仕事ってどこで見つけるんですか? やっぱネットとか?」
「ああ、これは僕の弟からの依頼ですね」
「弟? ああ、そういえば……」
弟は二人いて、下の子はまだ小学生だって前に話していたっけ。雪子は思い出し、ややあって、がっかりした。そんな身内からの依頼じゃ、自分にはまったく関係なさそうだし。
「あ、もしかして、赤城さんは何か仕事を探しているところですか?」
と、そこで、黒川は雪子の声音に何か察したようだった。
「ええ、まあ、実はちょっと金欠で……」
「そうですか。奇遇ですね。僕もそうなんですよ」
「でしょうね」
月収一万二千円じゃなあ。
「実は僕、これから単発のバイトを探しに行くんですけど、よかったら一緒に行きますか?」
「え、単発でいい仕事あるんですか?」
「もちろん。誰でもできて、短時間高収入。未経験者でも全然ウエルカムですよ」
「なんかうさんくさい……」
「じゃ、夜十二時を回ったらまた来ますんで、待っててくださいね」
黒川は雪子の返事を待たずそういい残すと、とっとと自分の部屋に戻ってしまったようだった。
ただ、彼女には大きな悩みが一つあった。そう、例の悪霊の大量家財道具破壊事件により、彼女は今、めちゃくちゃ金欠であった。
メイン銀行の残高は二千円ちょっと。無事に職場復帰し、給料も無理を言って週払いに変えてもらった彼女だったが、さっそく昨日それを入金したとたん、死肉を待ち構えていたハゲタカように光熱費通信費家賃その他が順に引き落とされ、この惨状である。次の引き落としのターンは一ヵ月後とはいえ、今週はこれだけでやりくりしないといけないのだ。
厳しい。せめてあの日、黒川と一緒に菱田出版なんて行かなければ、交通費が浮いたのになあ。結局、あの日は五円しかもらっていない、ボランティア同伴であった。
「やっぱり単発で日払いのバイトするしかないかあ……」
夕食の後、部屋で一人、スマホをポチポチしてそれっぽい情報を探した。すでに今月のスマホのギガのキャパは限界を超えていて、通信速度は亀さんであった。
と、そこで、電話がかかってきた。なんと黒川からである。そういえば、番号を交換していたんだっけ。すぐに電話に出た。
「ああ、赤城さん。突然ですが、一つ尋ねてもいいですか?」
「え、なんですか、いきなり?」
「いえ、たいしたことじゃないのですよ。赤城さんはゴキブリって食べたことありま――」
ぶちっ。瞬間、雪子は電話を切った。いきなり電話してきたと思ったら、また何聞いてくるんだろう、この妖怪。そんなもの食べたことあるわけないじゃないの、バカにして。
だが、そんなふうにむっとしているのも束の間、ややあって今度はベランダのほうから窓ガラスをドンドンと叩く音が聞こえた。もちろん、そこに立っているのは黒川である。やっかいなことに、この男の部屋とはベランダがつながってるのだ。
「あ、赤城さん! 何か勘違いをされてるようですが、これは非常に真面目な質問なんですよ! 学術的な!」
「知りませんよ、そんなの!」
すぐにカーテンを閉めて、その貧乏くさいジャージ姿の男を視界からシャットアウトした。だが、それでも彼は窓ガラスを叩き続けた。
「実は僕、今アルバイトをしているんです! それで、人間の食生活を調べているわけでして!」
「アルバイト?」
その言葉に雪子ははっとした。そういえば、自分も今、仕事を探しているところだった。
「それってどんなバイトなんですか?」
「夏休みの宿題の代行です」
「しゅ、宿題?」
「はい。漢字の書き取りとか算数のドリルとかは簡単なんですけど、夏休みの自由研究がやっかいで」
「算数のドリルて」
明らかに小学生の宿題である。どういうことだ、この男の仕事事情。
「それで、僕なりに考えたんですけど、やっぱり僕の実体験を基にした上でタメになるテーマがいいかなと思いまして、身近にいる食べられる虫について調べようと。ほら、子供って虫大好きでしょう?」
「いや、そういう種類の好きじゃないでしょう」
タメになるというのもなんかおかしいし。
「だいたい、なんでそのテーマでゴキブリに目をつけるんですか。身近には違いないですけど、そんなの食べられないでしょう」
「いえ、僕なりに調べたところ、タイの田舎のほうでは食べているみたいなんですよ。普通に」
「え、なにそれ」
やだもう。何その情報。
「なので、日本ではどうかと思いまして。蜂の子とかイナゴとか食べちゃう国ですし、人によっては、ちょっと冒険してゴキブリまで到達しててもおかしくないかなあと」
「そんな冒険する人いません!」
「あ、ちなみに僕、カメムシは食べたことあります」
「え」
「だってあれ、ほぼパクチーですからね。動く野菜ですよ」
「そ、そうですか……」
わからん! 人間じゃないにしても、この男の感性がさっぱりわからん!
そもそもそのテーマは、小学生の夏休みの自由研究にふさわしいのか。カメムシやゴキブリのグルメレビューに花丸くれるのか最近の先生は。
「すみません。私、その話題、まったく詳しくないのでお力にはなれません。だから帰って」
「そうですか。弱ったなあ。残るっている宿題はこれだけで、全部終わったら五千円もらえるんですけどね」
「え、五千円!」
小学生の宿題代行にあるまじき高額報酬だ! 残高二千円ちょっとの雪子は目をみはらずにはいられなかった。
「黒川さん、そういう仕事ってどこで見つけるんですか? やっぱネットとか?」
「ああ、これは僕の弟からの依頼ですね」
「弟? ああ、そういえば……」
弟は二人いて、下の子はまだ小学生だって前に話していたっけ。雪子は思い出し、ややあって、がっかりした。そんな身内からの依頼じゃ、自分にはまったく関係なさそうだし。
「あ、もしかして、赤城さんは何か仕事を探しているところですか?」
と、そこで、黒川は雪子の声音に何か察したようだった。
「ええ、まあ、実はちょっと金欠で……」
「そうですか。奇遇ですね。僕もそうなんですよ」
「でしょうね」
月収一万二千円じゃなあ。
「実は僕、これから単発のバイトを探しに行くんですけど、よかったら一緒に行きますか?」
「え、単発でいい仕事あるんですか?」
「もちろん。誰でもできて、短時間高収入。未経験者でも全然ウエルカムですよ」
「なんかうさんくさい……」
「じゃ、夜十二時を回ったらまた来ますんで、待っててくださいね」
黒川は雪子の返事を待たずそういい残すと、とっとと自分の部屋に戻ってしまったようだった。
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