あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

文字の大きさ
上 下
22 / 62
2 黒川さんは売れてない

2-10

しおりを挟む
「黒川さん、どうして仕事を受けないんですか? またとないチャンスじゃないですか!」

 さすがに口をはさまずにはいられない雪子だった。

「もしかして、BLだからイヤなんですか? 男同士の恋愛だから気持ち悪い、そんな漫画描きたくないみたいな気持ちなんですか!」
「ち、違いますよ。僕は、そういうジャンルに特に偏見はないです」
「じゃあ、やりましょうよ! 私、黒川さんの描くクリパン読みたいです!」

 黒川の顔にクリパンの文庫本をぐりぐり押し付けて、説得する雪子だった。しかしそれでも、彼は「ぐぬうん……」と、苦しそうにうめくだけで、はいとは言わなかった。

「ああ、もしかして、黒川先生は濡れ場を描くのが嫌いとかですか?」

 と、そこですかさず諏訪も割り込んできた。

「その点につきましては心配無用ですよ。ムーランはいわゆるレディコミには違いないですが、そんなに過激なエロは掲載しないですから。それに、クリパンも、本番ありのBLながらも、エロよりもキャラのイチャイチャ漫才で売ってるようなもんです。濡れ場自体そう多くないですし、朝チュンレベルの描写で十分ですよ」

 プロの漫画編集らしい実に具体的な説明である。しかし、それでも黒川はうつむいた顔を上げることはなかった。エロシーンの有無で戸惑っているわけではなさそうだ。では、いったい何が不満なのか。

「コミカライズのペースとしましては、月刊ムーランに掲載するわけなので、毎月三十二ページ描いてもらうことになります」

 諏訪はさらに具体的に仕事内容を説明する。

「原作者の笹目先生と黒川先生が直接顔をあわせる機会はありませんが、笹目先生は黒川先生に全て任せるとおっしゃってますので、あちらから何か注文をされることはなさそうです。ネームも笹目先生にはノーチェックで通します。あ、その際の担当編集は私ではなく、ムーランの鏑木になります」
「は、はあ……」

 黒川は一応顔を上げたが、やはりすこぶる乗り気ではなさそうだ。

「ムーラン掲載にあたっての原稿料は一ページあたり一万円です。また、単行本化されたときの印税は笹目先生が三パーセント、黒川先生が七パーセントという取り分になります」
「え、印税十パーセントのうち七パーセントももらえるんですか?」

 と、驚きの声を出したのは黒川ではなく雪子であった。原作と作画が別の漫画はたまにあるが、作画担当のほうが印税が多いとは。諏訪は「まあ、一般的にはこんなもんですよ」と、雪子に答えた。

「黒川さん、クリパンの漫画、絶対売れますよ! 売れたら、印税七パーセントももらえるんですよ! すごいいい話じゃないですか!」

 ばしばしと黒川の貧弱な体をたたきながら雪子ははしゃいだ。これはもう、断る理由は少しもない気がした。そもそも実売推定数十冊の、いつ編集部に切られてもおかしくないがけっぷち漫画家なんだし。

 だが……だが、しかし!

「諏訪さん、せっかくですが、僕にはこの仕事は向いてない気がします」

 なんと、この男、断るつもりである!

「向いてない、というと?」
「いや、僕はその、特にBLに詳しいわけではありませんし。特にそのジャンルが好きだというわけでもありません」
「黒川先生がBLのジャンルそのものを好きになる必要はないでしょう。クリパンの内容を理解し、そのよさを知っていただければ十分です」
「いえ、やはりこういう仕事はそのう、やっぱりBLが好きな人がやるべきなんじゃあないかと……」
「あくまで作画を担当するだけですよ? ストーリーはすでに用意されているわけですし」
「まあ、そうなんですけど、そのう……」
「なんだったら、いままでとはペンネームを別にしてもいいでしょう。そうですね、黒川ミミック改め……アンダイン源五郎とか?」
「そ、そんな汁っぽい名前はいやです!」
「そうですか? いいペンネームだと思うんですけどね。アで始まるし、濁音が三つもあって強そうだし」

 またしてもペンネームには妙なこだわりをみせる諏訪であった。

「と、とにかく! こういうのはやっぱりBLが好きな作家さんが手がけるべきだと僕は思うんです。そのほうが細かいところで絶対差が出ます」
「なるほど。では、黒川先生はそういうお考えで、このお仕事を引き受けることができないと?」
「はい……ごめんなさい」

 黒川は実に気まずそうに頭を下げた。

「そうですか。わかりました。この件は他の方を当たることにしましょう」

 諏訪は実に残念そうに重く息を吐いた。雪子も彼と同様に、がっかりせずにはいられなかった。黒川の言っていることの理屈はわかるが、だからといってこんな大きな仕事を断るなんて。

「本当にすみません。せっかく僕のために仕事を持ってきてくださったのに」
「いえ、いいのです。こういうことは、非常によくあることです。これも編集の通常業務の一つですよ」

 話は終わった。黒川と雪子はその後すぐに諏訪と別れ、編集部を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~

汐埼ゆたか
キャラ文芸
はじまりは、京都鴨川にかかる『賀茂大橋』 再就職先に行くはずが迷子になり、途方に暮れていた。 けれど、ひょんなことからたどり着いたのは、アンティークショップのような古道具屋のような不思議なお店 『まねき亭』 見たことがないほどの端正な容姿を持つ店主に「嫁になれ」と迫られ、即座に断ったが時すでに遅し。 このときすでに、璃世は不思議なあやかしの世界に足を踏み入れていたのだった。 ・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ 『観念して俺の嫁になればいい』 『断固としてお断りいたします!』  平凡女子 VS 化け猫美男子  勝つのはどっち? ・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイトからの転載作品 ※無断転載禁止

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり

枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。 悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。 「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」 彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。 そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……? 人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。 これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

30歳、魔法使いになりました。

本見りん
キャラ文芸
30歳の誕生日に魔法に目覚めた鞍馬花凛。 そして世間では『30歳直前の独身』が何者かに襲われる通り魔事件が多発していた。巻き込まれた花凛を助けたのは1人の青年。……彼も『魔法』を使っていた。 そんな時会社での揉め事があり実家に帰った花凛は、鞍馬家本家当主から呼び出され思わぬ事実を知らされる……。 ゆっくり更新です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...