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2 黒川さんは売れてない
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「何か、というと?」
「えーっと、そのう……確か、企業っていうのは、儲かりすぎてもよくないんですよ。儲かったぶんだけ、税金をがばーっと持って行かれるシステムなんですよ!」
「はあ、法人税なら確かにそうですね」
「ですよね! だから、儲かり過ぎないように、わざと赤字を出すこともあるって話なんですよ」
「いわゆる法人税対策というやつですね」
「そう、それです! つまり、どこかで赤字を出してこそ、企業の財務はうまいこと回るんですよ! だから、出版社として、ちょっとぐらい赤字の本があったっていいんじゃないかなって――」
「それも確かに一理ありますが、普通、法人税対策というのは、広告であったり、これから利益を生むかもしれない分野への先行投資だったりするわけで、たとえば出版社としては新人賞の開催や、新人作家の育成などがそれにあたるわけですが……黒川先生は、デビューして何年目でしたっけ?」
「う……」
「十年目くらいですよね?」
「は、はい……」
「ではもう、新人とは呼べませんよね。その十年の間に、ヒットどころか、一度も単行本の重版を経験していない重版童貞、出版社が投資する価値は限りなくゼロの、ノーフューチャーな作家さんに間違いありませんね?」
「あ、ありませんです……」
投了。正面から完膚なきまでに論破され、真っ白に燃え尽きる黒川であった。全然売れて無いのに変に口答えなんかするから……。哀れだとは思うが、同情はまったくできない雪子であった。
「だいたい、私としては、黒川ミミックというペンネームもどうかと思うのですよ」
「え、いまさら、そこ? 十年も使ってるのに、そこ?」
「まあ、そうなんですけど、おかしいじゃないですか。なんでミミックなんですか。それ、モンスターの名前でしょう。それも、ファンタジーものなんかで、冒険者がダンジョンの宝箱を開けたときに出てくるハズレのモンスターじゃないですか。見つけたら、すごくテンション下がるやつじゃないですか。なんでそんながっかりモンスターの名前をペンネームにしたんですか?」
「いや、そもそも僕が考えたわけじゃないんですよ。最初は本名そのままだったんですけど、せっかくだからって、デビュー当時の編集さんがペンネームを考えてくれて」
「それが、『黒川ミミック』?」
「いえ、候補は二つあったんです。『黒川ミミック』と、『アロンダイト染五郎』っていう。なんか話の流れで、そのどっちかを絶対選ばなくちゃいけなくなっちゃって、それでまあ、さすがにミミックしかないなと――」
「いや、おかしいでしょう。なんでよりによってそっち選ぶんですか。パンチが弱いにもほどがある」
「パ、パンチ?」
「黒川ミミックというペンネームは多少ゴロがいいですが、むしろそれだけです。何のインパクトもない。ミミックなんて、しょせんがっかりモンスターですからね。せいぜいその名前からは、ほんのりザコキャラ臭を感じられる程度でしょう。まあ、実際、その通りの漫画家人生を歩まれているようですが」
「うぐっ!」
またさらっとディスられて、苦しそうにうめく黒川だった。
「い、いや、名前なんてどうでもいいでしょう。何事も、大事なのは中身ですよ!」
「いえ、漫画のようなエンターテイメントの世界ではそうでもないのですよ。ネーミングは非常に重要です。なにせ、読者が一番最初に触れる情報ですからね」
「そりゃあそうかもしれませんが、漫画のタイトルならまだしも、ペンネームぐらい――」
「ぐらいじゃないです。ペンネームも大事です! そこをわかってらっしゃらない方が、この業界多すぎる!」
と、突如声を荒げて叫ぶ諏訪だった。
「いいですか、名前というのはその響きによって、イメージが大きく変わるものなのですよ。たとえば、タレントの芸名だと、ア行で始まる人のほうが、好感度が高くなりやすいという傾向があります。また、名前に濁音があるのとないのとでは、強そう感がだいぶ違います。ミミックとガーゴイル、どっちが強そうなモンスターかって話ですよ!」
「た、確かに……」
なんだか諏訪の勢いに圧倒されてるふうな黒川である。
「そういう意味では『アロンダイト染五郎』というペンネームはすばらしいです。ゴロがいいだけではなく、濁音が二つもあり強そうで、かつ和洋折衷の趣があってエキセントリックで記憶に残りやすい名前です。さらに、五十音の最初の文字、アで始まる。これは非常に重要ですよ。たとえば、大きな書店だと作家さんの本を著者のペンネームのあいうえお順に並べていたりしますが、ペンネームがアから始まると当然、最初のほうに並べられるんです。つまり、こういう索引で、トップになりやすい。これは地味にアドバンテージです!」
なにやら、妙に熱く語る諏訪であった。
「どうしてこっちを選ばなかったんですか。ちょっと変わった感じだから敬遠したんですか。ゲレゲレよりプックル選ぶ派ですか。守りに入ったんですか。当時は無名の新人のくせに、なんでそんなことしちゃったんですか。売れたくないんですか。おかげで今となってはすっかり無名のロートル作家じゃないですか。もう水をやっても芽が出ない、土の中で腐ってる種じゃないですか」
ペンネームにはよほどこだわりがあるのか、売り上げの話のときよりさらに罵倒が強烈である。ただ、黒川はそこまで言われるほどのことかなあという顔で、呆然としているが。
「えーっと、そのう……確か、企業っていうのは、儲かりすぎてもよくないんですよ。儲かったぶんだけ、税金をがばーっと持って行かれるシステムなんですよ!」
「はあ、法人税なら確かにそうですね」
「ですよね! だから、儲かり過ぎないように、わざと赤字を出すこともあるって話なんですよ」
「いわゆる法人税対策というやつですね」
「そう、それです! つまり、どこかで赤字を出してこそ、企業の財務はうまいこと回るんですよ! だから、出版社として、ちょっとぐらい赤字の本があったっていいんじゃないかなって――」
「それも確かに一理ありますが、普通、法人税対策というのは、広告であったり、これから利益を生むかもしれない分野への先行投資だったりするわけで、たとえば出版社としては新人賞の開催や、新人作家の育成などがそれにあたるわけですが……黒川先生は、デビューして何年目でしたっけ?」
「う……」
「十年目くらいですよね?」
「は、はい……」
「ではもう、新人とは呼べませんよね。その十年の間に、ヒットどころか、一度も単行本の重版を経験していない重版童貞、出版社が投資する価値は限りなくゼロの、ノーフューチャーな作家さんに間違いありませんね?」
「あ、ありませんです……」
投了。正面から完膚なきまでに論破され、真っ白に燃え尽きる黒川であった。全然売れて無いのに変に口答えなんかするから……。哀れだとは思うが、同情はまったくできない雪子であった。
「だいたい、私としては、黒川ミミックというペンネームもどうかと思うのですよ」
「え、いまさら、そこ? 十年も使ってるのに、そこ?」
「まあ、そうなんですけど、おかしいじゃないですか。なんでミミックなんですか。それ、モンスターの名前でしょう。それも、ファンタジーものなんかで、冒険者がダンジョンの宝箱を開けたときに出てくるハズレのモンスターじゃないですか。見つけたら、すごくテンション下がるやつじゃないですか。なんでそんながっかりモンスターの名前をペンネームにしたんですか?」
「いや、そもそも僕が考えたわけじゃないんですよ。最初は本名そのままだったんですけど、せっかくだからって、デビュー当時の編集さんがペンネームを考えてくれて」
「それが、『黒川ミミック』?」
「いえ、候補は二つあったんです。『黒川ミミック』と、『アロンダイト染五郎』っていう。なんか話の流れで、そのどっちかを絶対選ばなくちゃいけなくなっちゃって、それでまあ、さすがにミミックしかないなと――」
「いや、おかしいでしょう。なんでよりによってそっち選ぶんですか。パンチが弱いにもほどがある」
「パ、パンチ?」
「黒川ミミックというペンネームは多少ゴロがいいですが、むしろそれだけです。何のインパクトもない。ミミックなんて、しょせんがっかりモンスターですからね。せいぜいその名前からは、ほんのりザコキャラ臭を感じられる程度でしょう。まあ、実際、その通りの漫画家人生を歩まれているようですが」
「うぐっ!」
またさらっとディスられて、苦しそうにうめく黒川だった。
「い、いや、名前なんてどうでもいいでしょう。何事も、大事なのは中身ですよ!」
「いえ、漫画のようなエンターテイメントの世界ではそうでもないのですよ。ネーミングは非常に重要です。なにせ、読者が一番最初に触れる情報ですからね」
「そりゃあそうかもしれませんが、漫画のタイトルならまだしも、ペンネームぐらい――」
「ぐらいじゃないです。ペンネームも大事です! そこをわかってらっしゃらない方が、この業界多すぎる!」
と、突如声を荒げて叫ぶ諏訪だった。
「いいですか、名前というのはその響きによって、イメージが大きく変わるものなのですよ。たとえば、タレントの芸名だと、ア行で始まる人のほうが、好感度が高くなりやすいという傾向があります。また、名前に濁音があるのとないのとでは、強そう感がだいぶ違います。ミミックとガーゴイル、どっちが強そうなモンスターかって話ですよ!」
「た、確かに……」
なんだか諏訪の勢いに圧倒されてるふうな黒川である。
「そういう意味では『アロンダイト染五郎』というペンネームはすばらしいです。ゴロがいいだけではなく、濁音が二つもあり強そうで、かつ和洋折衷の趣があってエキセントリックで記憶に残りやすい名前です。さらに、五十音の最初の文字、アで始まる。これは非常に重要ですよ。たとえば、大きな書店だと作家さんの本を著者のペンネームのあいうえお順に並べていたりしますが、ペンネームがアから始まると当然、最初のほうに並べられるんです。つまり、こういう索引で、トップになりやすい。これは地味にアドバンテージです!」
なにやら、妙に熱く語る諏訪であった。
「どうしてこっちを選ばなかったんですか。ちょっと変わった感じだから敬遠したんですか。ゲレゲレよりプックル選ぶ派ですか。守りに入ったんですか。当時は無名の新人のくせに、なんでそんなことしちゃったんですか。売れたくないんですか。おかげで今となってはすっかり無名のロートル作家じゃないですか。もう水をやっても芽が出ない、土の中で腐ってる種じゃないですか」
ペンネームにはよほどこだわりがあるのか、売り上げの話のときよりさらに罵倒が強烈である。ただ、黒川はそこまで言われるほどのことかなあという顔で、呆然としているが。
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