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2 黒川さんは売れてない
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「な、なんですか、黒川さん? まだ何かあるんですか?」
「赤城さん、受け取りましたね、今? アシスタント料」
「アシスタント料?」
「僕の原稿の仕上げの作業を手伝って、その代金を受け取りましたよね? たった今?」
「いや、ただ消しゴムかけただけじゃ――」
「何をおっしゃいます。消しゴムかけるのも立派なアシスタントさんのお仕事ですよ!」
何やらドヤ顔でそう言い切る黒川であった。なんだコイツ? 雪子は「はあ?」と首を傾げることしかできなかった。
「それはそうとして、私、家に帰るんで、そこどいてもらえませんか」
「家? いえいえ? あなたはこれから僕と一緒に菱田出版に出向いてもらいます」
「菱田出版に? なんで私が?」
「僕のアシスタントさんだからです」
「消しゴムかけただけでしょう」
「それも立派なアシスタントのお仕事だと言ったでしょう。現に今、アシスタントのお給料もらったじゃないですか」
「ああ、五円玉のことですか。そういうことなら、お返ししますよ。別にいらないし――」
「返却は認めません! あなたは今日を持って僕のアシスタントになりました。したがって、関係者として僕に同行して菱田出版に出向く義務が生じたわけです!」
「よ、ようするに、一緒にそこまで来てほしいわけですね……」
めんどくさいなあ、もう。
「なんで私なんかを一緒に連れて行こうって考えたんですか? 私、菱田出版とは何の関係も無いただの一般人ですよ?」
「そ、それはそのう……ついさっき、僕の担当編集から電話があったわけなのです」
黒川はなんだか急にきまずそうな様子になった。
「電話って? どんな用件なんですか?」
「いや、具体的には何も……。大事な話があるので、これからぜひ編集部に来て下さいということでした」
「へえ、じゃあ、行けばいいじゃないですか。一人で」
「い、行けるわけないじゃないですか! 普段はメールでやりとりするだけの編集さんが、わざわざ僕に電話して、大事な話って言ってるんですよ! この場合、思い当たる可能性はだいたい一個ぐらいしかないじゃないですか!」
「思い当たる可能性って……あ」
と、そこで雪子はピンと来た。
「ああ、ようするに連載打ち切りの通こ――」
「はっきり言うのはよくない! 僕がダイレクトに傷つくからよくないですよ!」
黒川はあわてて雪子の言葉を遮った。
そうか、この人、担当編集とやらに打ち切りを宣告されるのが怖くて心細くて、それで、出版社に一緒に来て欲しいんだ。雪子は瞬間、その反応に全てを理解した。
「話はわかりましたけど、私はまったくの部外者ですよ? 同行するにしてももっと他にふさわしい人とかいるんじゃないですか?」
「いないです」
「え、いるでしょ? 同じ漫画家仲間とか――」
「いないです」
どきっぱり。黒川は淀みなく答えて言う。
「漫画家さん同士、交流したりしないんですか?」
「まあ、そういうふうに横のつながりを持つ方もいらっしゃるでしょうが、僕はそうでもないですね。年に何度か、出版社主催の漫画賞のパーティーに、呼ばれもしないのにもぐりこんでご馳走をかすめ取っているときに、他の漫画家さんと顔を合わせることはありますが、それぐらいなもんです」
「そ、そうですか……」
呼ばれもしない受賞パーティーに出向いて、ご馳走をかすめ取る? それははたして漫画家として正しい生き様なのだろうか。
「ま、まあ、そのへんの事情はなんだかよくわからないけど、わかったことにしておきます。同じ漫画業界に、付き添ってくれる人はいないってことですよね。でも、それにしたって、知り合ったばかりの私に同行を頼むってのも変でしょう。黒川さんにだって、親しい友達の一人や二人ぐらい――」
「いないです」
「え」
「漫画家とは孤独な職業なのです」
「そ、そうですか……」
職業の問題なのだろうか、それは。
「いや、親しい友達って言うのは、ちょっとハードルが高すぎましたね? そんなに親しくない友達、もしくは、少しだけご縁があるお知り合いとかでも――」
「ああ、知り合いと呼べる方なら少しはいますよ」
「なら、その方たちの誰かに同行を頼めば」
「無理ですね。誰も彼も、人型になれやしない魑魅魍魎さんばっかりですから。出版社になんか連れて行けません」
「……そういう知り合いしかいないんですか」
そういやこの人、妖怪だっけ。今の見た目はまるでただの人間だけど。いや、まるでただのダメな人間だけど。
「じゃあ、思い切って家族や親戚の誰かに頼むとか?」
「ああ、それはできないこともなくて、すでに実行した結果がこれなのです」
「?」
「……僕には弟が二人いましてね。どちらも僕と同様に、人間に化けて、人間のふりをして人間社会で生活してるわけなんです」
「二人も……」
このダメ男と共通の遺伝子を持つ妖怪が人間社会に紛れ込んでるのか。大丈夫か、この社会?
「赤城さん、受け取りましたね、今? アシスタント料」
「アシスタント料?」
「僕の原稿の仕上げの作業を手伝って、その代金を受け取りましたよね? たった今?」
「いや、ただ消しゴムかけただけじゃ――」
「何をおっしゃいます。消しゴムかけるのも立派なアシスタントさんのお仕事ですよ!」
何やらドヤ顔でそう言い切る黒川であった。なんだコイツ? 雪子は「はあ?」と首を傾げることしかできなかった。
「それはそうとして、私、家に帰るんで、そこどいてもらえませんか」
「家? いえいえ? あなたはこれから僕と一緒に菱田出版に出向いてもらいます」
「菱田出版に? なんで私が?」
「僕のアシスタントさんだからです」
「消しゴムかけただけでしょう」
「それも立派なアシスタントのお仕事だと言ったでしょう。現に今、アシスタントのお給料もらったじゃないですか」
「ああ、五円玉のことですか。そういうことなら、お返ししますよ。別にいらないし――」
「返却は認めません! あなたは今日を持って僕のアシスタントになりました。したがって、関係者として僕に同行して菱田出版に出向く義務が生じたわけです!」
「よ、ようするに、一緒にそこまで来てほしいわけですね……」
めんどくさいなあ、もう。
「なんで私なんかを一緒に連れて行こうって考えたんですか? 私、菱田出版とは何の関係も無いただの一般人ですよ?」
「そ、それはそのう……ついさっき、僕の担当編集から電話があったわけなのです」
黒川はなんだか急にきまずそうな様子になった。
「電話って? どんな用件なんですか?」
「いや、具体的には何も……。大事な話があるので、これからぜひ編集部に来て下さいということでした」
「へえ、じゃあ、行けばいいじゃないですか。一人で」
「い、行けるわけないじゃないですか! 普段はメールでやりとりするだけの編集さんが、わざわざ僕に電話して、大事な話って言ってるんですよ! この場合、思い当たる可能性はだいたい一個ぐらいしかないじゃないですか!」
「思い当たる可能性って……あ」
と、そこで雪子はピンと来た。
「ああ、ようするに連載打ち切りの通こ――」
「はっきり言うのはよくない! 僕がダイレクトに傷つくからよくないですよ!」
黒川はあわてて雪子の言葉を遮った。
そうか、この人、担当編集とやらに打ち切りを宣告されるのが怖くて心細くて、それで、出版社に一緒に来て欲しいんだ。雪子は瞬間、その反応に全てを理解した。
「話はわかりましたけど、私はまったくの部外者ですよ? 同行するにしてももっと他にふさわしい人とかいるんじゃないですか?」
「いないです」
「え、いるでしょ? 同じ漫画家仲間とか――」
「いないです」
どきっぱり。黒川は淀みなく答えて言う。
「漫画家さん同士、交流したりしないんですか?」
「まあ、そういうふうに横のつながりを持つ方もいらっしゃるでしょうが、僕はそうでもないですね。年に何度か、出版社主催の漫画賞のパーティーに、呼ばれもしないのにもぐりこんでご馳走をかすめ取っているときに、他の漫画家さんと顔を合わせることはありますが、それぐらいなもんです」
「そ、そうですか……」
呼ばれもしない受賞パーティーに出向いて、ご馳走をかすめ取る? それははたして漫画家として正しい生き様なのだろうか。
「ま、まあ、そのへんの事情はなんだかよくわからないけど、わかったことにしておきます。同じ漫画業界に、付き添ってくれる人はいないってことですよね。でも、それにしたって、知り合ったばかりの私に同行を頼むってのも変でしょう。黒川さんにだって、親しい友達の一人や二人ぐらい――」
「いないです」
「え」
「漫画家とは孤独な職業なのです」
「そ、そうですか……」
職業の問題なのだろうか、それは。
「いや、親しい友達って言うのは、ちょっとハードルが高すぎましたね? そんなに親しくない友達、もしくは、少しだけご縁があるお知り合いとかでも――」
「ああ、知り合いと呼べる方なら少しはいますよ」
「なら、その方たちの誰かに同行を頼めば」
「無理ですね。誰も彼も、人型になれやしない魑魅魍魎さんばっかりですから。出版社になんか連れて行けません」
「……そういう知り合いしかいないんですか」
そういやこの人、妖怪だっけ。今の見た目はまるでただの人間だけど。いや、まるでただのダメな人間だけど。
「じゃあ、思い切って家族や親戚の誰かに頼むとか?」
「ああ、それはできないこともなくて、すでに実行した結果がこれなのです」
「?」
「……僕には弟が二人いましてね。どちらも僕と同様に、人間に化けて、人間のふりをして人間社会で生活してるわけなんです」
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