あやかし漫画家黒川さんは今日も涙目

真木ハヌイ

文字の大きさ
上 下
9 / 62
1 お隣の黒川さん

1 - 9

しおりを挟む
「いやでも、幽霊なんて、そんな……」

 いったいどうしたらいいんだろう。

 考えれば考えるほど、恐怖と不安は強まるばかりだった。まさか幽霊になってまでストーカーされるとは。しかも相手が幽霊なら、もう警察どころか、誰にも頼れない――。

「って、そういえば」

 雪子はそこではっと思い出した。ゆうべ、黒川に、頼りになるという霊媒師か何かの連絡先を教えてもらったことを。

 そのときはまるであてにしていなかったが、今となってはそれにすがるしかない気がする。一応、ちゃんとした社会的な身分のある人物からの紹介だし。一応。

 雪子はすぐに昨日もらった紙切れをゴミ箱から回収し、そこに書かれている番号に電話した。迷っている暇はなかった。

 だが、

「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためつながりません――」

 なんで、電話つながらないのよ! やっぱり頼りにならない、この番号! 光の速さで紙切れをゴミ箱に捨てなおす雪子であった。



 やがて、日も落ち、そろそろ就寝する時間になったが、雪子はその晩はベッドに入らなかった。昨日までの怪奇体験を思い返してみたからだ。

 そう、昨夜もおとといも、怪奇現象に遭遇したのは、悪夢から目覚めた直後だった。つまり、眠らなければ何も起きないのではと、彼女なりにそう考えてのことであった。

「れ、霊なんて、この世にいるはずないし? しょせん、寝ぼけていただけだし?」

 さらに強がって、こんなふうに自分に言い聞かせた。なお、このオカルト格安事故物件から出て、どこかのホテルにでも泊まればと一瞬考えたが、超金欠なのでそれはあきらめた。今は、霊なんてこの世にいるわけないと考えるのが彼女のせいいっぱいであった。

 そんなこんなで、夜は刻一刻と更けていった。雪子はスマホをいじりながら、霊のことを考えないようにつとめた。だが、それはそれでスマホの通信量のキャパがやばくて恐怖な体験であった。

 ぶっちゃけ、今月は色々あってギガ死寸前である。新しい仕事が決まった暁には、固定回線を契約しよう。そんでもって、wi-fi環境を手に入れよう。そう固く決意する雪子であった……。

 やがて午前零時を過ぎ、一時を過ぎ、二時を過ぎ、何事もなく時間は過ぎていった。

 今夜はもう怪奇現象は起きないのかも? いや、そもそも昨日までのアレは何かの錯覚だったのかも?

 次第に眠気にあらがうのが難しくなってきて、そう考え始める雪子であった。そう、今夜はこのまま眠っちゃっていいんじゃないかな……。ゾンビのようにふらふらと立ち上がり、キョンシーのように両手を前に突き出してベッドに向かった。眠い。

 だが、そこで、急に彼女のスマホが鳴った。彼女ははっと我に返った。こんな時間に誰だろう?

 あわててスマホを見ると、奇妙なことに電話をかけてきた相手の番号も何も画面に表示されてなかった。そう、ただ呼び出し音が鳴っているだけの状態だった。

「……なに、これ?」

 どうして発信者が表示されないのだろう。単なる故障か。それとも……? たちまち不安と恐怖がこみあげてきた。

「こ、こんな時間に誰だか知らないけど、またかけなおしなさいよねっ!」

 そう叫ぶやいなや、彼女はスマホに飛びつき、電源を切った。よし、これで万事解決。自分は今、何も見なかったし、聞かなかった! そう強く自分に言い聞かせた。

 だが、直後――切ったはずのスマホの電源が入った。そう、ひとりでに。

 さらに、

「……雪子、俺だよ」

 と、声が聞こえるではないか……。

「きゃあっ」

 とたんに、悲鳴を上げ、震えおののく雪子であった。それは昨日聞いた声と同じだった。そう、バイク事故で死んだはずの男の声――。

「雪子、どうして俺を無視するんだ? 俺たちはこんなにも愛しあってるのに――」
「や、やめてっ!」

 恐怖と嫌悪感に耐え切れず、雪子はただちに近くにあったクッションをスマホの上にかぶせ、音を遮断した。あんな男の声は一秒たりとも聞いていたくなかった。悪霊のものならなおのことだ。

 だが、それで男の亡霊の気配が消えたわけではなかった。

 次の瞬間――、

「雪子、なぜそんなにおびえてるんだい?」

 スマホとは違う場所から声がした。はっとして、声のしたほうを見ると、そこは窓際だった。そう、カーテンの開け放たれた窓のガラスの向こう、ベランダに一人の男が立っている。黒い皮のライダースーツを着て、ヘルメットを被った男だ……。

「な、なんで――」

 もはや恐怖で悲鳴すら上げられない。体の芯から怖気が走るようだった。

「雪子。ダメじゃないか、鍵なんかかけちゃ」

 男がそう言ったとたん、窓の鍵はひとりでに動き、開錠された。直後、窓は同様に勝手に開かれ、男はゆっくりと室内に入ってきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

宝石ランチを召し上がれ~子犬のマスターは、今日も素敵な時間を振る舞う~

櫛田こころ
キャラ文芸
久乃木柘榴(くのぎ ざくろ)の手元には、少し変わった形見がある。 小学六年のときに、病死した母の実家に伝わるおとぎ話。しゃべる犬と変わった人形が『宝石のご飯』を作って、お客さんのお悩みを解決していく喫茶店のお話。代々伝わるという、そのおとぎ話をもとに。柘榴は母と最後の自由研究で『絵本』を作成した。それが、少し変わった母の形見だ。 それを大切にしながら過ごし、高校生まで進級はしたが。母の喪失感をずっと抱えながら生きていくのがどこか辛かった。 父との関係も、交友も希薄になりがち。改善しようと思うと、母との思い出をきっかけに『終わる関係』へと行き着いてしまう。 それでも前を向こうと思ったのか、育った地元に赴き、母と過ごした病院に向かってみたのだが。 建物は病院どころかこじんまりとした喫茶店。中に居たのは、中年男性の声で話すトイプードルが柘榴を優しく出迎えてくれた。 さらに、柘榴がいつのまにか持っていた変わった形の石の正体のせいで。柘榴自身が『死人』であることが判明。 本の中の世界ではなく、現在とずれた空間にあるお悩み相談も兼ねた喫茶店の存在。 死人から生き返れるかを依頼した主人公・柘榴が人外と人間との絆を紡いでいくほっこりストーリー。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※5話は3/9 18時~より投稿します。間が空いてすみません… 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...