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1 お隣の黒川さん
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「た、ただ、入居する前に、不動産屋さんにここの物件は訳あり、みたいなことを聞いたので、もしかしたら何かあるのかなー、と?」
できるだけ迂遠に、遠まわしに、情報を引き出そうとする雪子だったが、
「へえ、訳あり、ですか。アパレルとか果物とかでそういうのが商品名について安くなったりしますよね。お買い得な響きですね。賃貸物件でもそういうのあるんですね」
黒川はいまいちズレた答えだ。違う、そうじゃない。
「それで、その、どのへんが訳ありなのか、私よくわからなくて。いや、もしかしたらその理由を説明されたのかもしれないけど、覚えてなくて、そのう……」
「あ、もしかしてアレかも?」
「え? 何か知ってるんですか!」
とたんに黒川の発言に食いつく雪子だったが、
「あー、いや、やっぱ違いますね。アレぐらいじゃ、訳ありとは呼べないですねー。ハハ」
なんか知らんが、違ったようだ。なんなんだ、もう。
「わ、わかりました。心当たりが無いのならそれでいいです。わざわざこんな時間に話を聞いてくださって、ありがとうございます」
と、ちょっとむっとしてしまった雪子は早口でまくし立てると、「失礼します」とだけ言って、そのまま黒川に背を向け、部屋を出た。
後ろから「また何かあったら、いつでも気軽にどうぞー」と、黒川ののんびりした声が聞こえた。
その後、自分の部屋に戻った雪子は、改めて室内を確認した。すると、さっきまで床にあったはずの足跡が、きれいさっぱりなくなっているのに気づいた。
これはいったいどういうことだろう……。
ますます不気味だ。相変わらず窓はしっかり施錠されているし、誰も中に入った気配はないというのに。
「さっきのは見間違い、だったのかな……」
変な夢を見た後の寝起きだしなあ。隣の男も何も異変を感じてなかったし。雪子は不思議に思いながらも、とりあえずそう考えることにした。やはり怪奇現象なんて、信じたくない。
パジャマ姿のままだった彼女はそのままベッドにごろんと横になった。その手にはさっきもらった二冊の漫画本があった。部屋はスタンドの灯りがついてるだけで暗いが、本が読めないことはなかった。なんとなくページをめくって中を見てみた。
さきほど確認したとおり、やはり話は少しも面白くなったが、作画やコマ割りなどはまったく問題なく、プロの仕事としては完璧だった。そう、この漫画、技術はスバ抜けている。かつて漫画を描いていたこともあった雪子にはそれがよくわかり、感心する思いだった。そして同時に、技術面はぬきんでているがゆえに、内容の空疎さが際立っているという事実に震撼するのであった。
単行本についている帯を見ると、この漫画は「スタイリッシュシュールギャグ」とかいうジャンルらしい。
確かにペンタッチは緩急がしっかりあり、それでいてやわらかみもあってスタイリッシュだが、ギャグとして成立しているかというと……。シュールって言葉に逃げすぎな気がする。
この漫画を面白いって思ってる人、どこかにいるのかな?
気になったので、スマホで検索して調べてみた。トップに大手通販サイトの販売ページが出たのでそれをクリックし、投稿されているレビューを見た。レビューは二件、五段階評価で一つが星二つ、もう一つが星五つであった。
星二つのレビューは、「表紙買いして失敗しました」というタイトルで、
「ひょっとこのお面をつけたサラリーマンの絵がなんだか楽しげだし、帯のスタイリッシュシュールギャグって文句が気に入ったんで買ってみたんですが、全然笑えるところなかったです。絵はよかったので星2で。(はるちゃんママさんの投稿)」
と、あった……。
うむ、まさにそういう感じの漫画だコレ。
そして、一方、星五つのレビューは、
「黒川先生、笑わせすぎです!」
と、タイトルからテンション高めで、
「面白すぎです、黒川先生! 僕の腹筋を返してください。いやー、じわる系かと思ったのに、爆笑しちゃうなんて。電車の中で読んで失敗しました。二巻が出たら絶対買います!(ジェントルオーガさんの投稿)」
と、あった。なんだか、褒めごろしすぎて妙にうそ臭いレビューだ。
ためしにそのジェントルオーガというユーザーのレビュー投稿歴を見てみたら、黒川ミミックの著作、「ひょっとこリーマン(既刊二巻)」「天狗ポリス(全一巻)」にしかレビューしてなく、いずれも絶賛の星五つであった。
こ、これは……。
「まさか本人か、関係者の投稿じゃ……」
そうそう。大手通販サイトのレビューでこういうのよくある。星五つで褒め殺しで中身のないレビューあるある。
場合によっては日本語がおかしかったりして、ステマ請負業者か身内のヨイショか、ちょっと疑わしすぎてアテにならないアレね。結局、参考になるのは星二つから星四つくらいで、商品の中身の短所と長所がしっかり書いてあるレビューなんだなあ、これが。
「い、いや、ただの熱心なファンよね。疑うのはよくないわ」
雪子はひとまずそう考え、スマホから目を離し、もうあれこれ考えるのはやめた。そう、レビューがどうであれ、圧倒的に面白くなくて全然売れてない漫画には違いなさそうだし。
やがて彼女は、そのまま眠ってしまった。
できるだけ迂遠に、遠まわしに、情報を引き出そうとする雪子だったが、
「へえ、訳あり、ですか。アパレルとか果物とかでそういうのが商品名について安くなったりしますよね。お買い得な響きですね。賃貸物件でもそういうのあるんですね」
黒川はいまいちズレた答えだ。違う、そうじゃない。
「それで、その、どのへんが訳ありなのか、私よくわからなくて。いや、もしかしたらその理由を説明されたのかもしれないけど、覚えてなくて、そのう……」
「あ、もしかしてアレかも?」
「え? 何か知ってるんですか!」
とたんに黒川の発言に食いつく雪子だったが、
「あー、いや、やっぱ違いますね。アレぐらいじゃ、訳ありとは呼べないですねー。ハハ」
なんか知らんが、違ったようだ。なんなんだ、もう。
「わ、わかりました。心当たりが無いのならそれでいいです。わざわざこんな時間に話を聞いてくださって、ありがとうございます」
と、ちょっとむっとしてしまった雪子は早口でまくし立てると、「失礼します」とだけ言って、そのまま黒川に背を向け、部屋を出た。
後ろから「また何かあったら、いつでも気軽にどうぞー」と、黒川ののんびりした声が聞こえた。
その後、自分の部屋に戻った雪子は、改めて室内を確認した。すると、さっきまで床にあったはずの足跡が、きれいさっぱりなくなっているのに気づいた。
これはいったいどういうことだろう……。
ますます不気味だ。相変わらず窓はしっかり施錠されているし、誰も中に入った気配はないというのに。
「さっきのは見間違い、だったのかな……」
変な夢を見た後の寝起きだしなあ。隣の男も何も異変を感じてなかったし。雪子は不思議に思いながらも、とりあえずそう考えることにした。やはり怪奇現象なんて、信じたくない。
パジャマ姿のままだった彼女はそのままベッドにごろんと横になった。その手にはさっきもらった二冊の漫画本があった。部屋はスタンドの灯りがついてるだけで暗いが、本が読めないことはなかった。なんとなくページをめくって中を見てみた。
さきほど確認したとおり、やはり話は少しも面白くなったが、作画やコマ割りなどはまったく問題なく、プロの仕事としては完璧だった。そう、この漫画、技術はスバ抜けている。かつて漫画を描いていたこともあった雪子にはそれがよくわかり、感心する思いだった。そして同時に、技術面はぬきんでているがゆえに、内容の空疎さが際立っているという事実に震撼するのであった。
単行本についている帯を見ると、この漫画は「スタイリッシュシュールギャグ」とかいうジャンルらしい。
確かにペンタッチは緩急がしっかりあり、それでいてやわらかみもあってスタイリッシュだが、ギャグとして成立しているかというと……。シュールって言葉に逃げすぎな気がする。
この漫画を面白いって思ってる人、どこかにいるのかな?
気になったので、スマホで検索して調べてみた。トップに大手通販サイトの販売ページが出たのでそれをクリックし、投稿されているレビューを見た。レビューは二件、五段階評価で一つが星二つ、もう一つが星五つであった。
星二つのレビューは、「表紙買いして失敗しました」というタイトルで、
「ひょっとこのお面をつけたサラリーマンの絵がなんだか楽しげだし、帯のスタイリッシュシュールギャグって文句が気に入ったんで買ってみたんですが、全然笑えるところなかったです。絵はよかったので星2で。(はるちゃんママさんの投稿)」
と、あった……。
うむ、まさにそういう感じの漫画だコレ。
そして、一方、星五つのレビューは、
「黒川先生、笑わせすぎです!」
と、タイトルからテンション高めで、
「面白すぎです、黒川先生! 僕の腹筋を返してください。いやー、じわる系かと思ったのに、爆笑しちゃうなんて。電車の中で読んで失敗しました。二巻が出たら絶対買います!(ジェントルオーガさんの投稿)」
と、あった。なんだか、褒めごろしすぎて妙にうそ臭いレビューだ。
ためしにそのジェントルオーガというユーザーのレビュー投稿歴を見てみたら、黒川ミミックの著作、「ひょっとこリーマン(既刊二巻)」「天狗ポリス(全一巻)」にしかレビューしてなく、いずれも絶賛の星五つであった。
こ、これは……。
「まさか本人か、関係者の投稿じゃ……」
そうそう。大手通販サイトのレビューでこういうのよくある。星五つで褒め殺しで中身のないレビューあるある。
場合によっては日本語がおかしかったりして、ステマ請負業者か身内のヨイショか、ちょっと疑わしすぎてアテにならないアレね。結局、参考になるのは星二つから星四つくらいで、商品の中身の短所と長所がしっかり書いてあるレビューなんだなあ、これが。
「い、いや、ただの熱心なファンよね。疑うのはよくないわ」
雪子はひとまずそう考え、スマホから目を離し、もうあれこれ考えるのはやめた。そう、レビューがどうであれ、圧倒的に面白くなくて全然売れてない漫画には違いなさそうだし。
やがて彼女は、そのまま眠ってしまった。
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