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第三十六話
しおりを挟む遊園地の入り口の広場に行くと人だかりが出来ていた。救急車は見えない。遠くでサイレンが鳴っている音が聞こえた。
「渉、どうしたの?!」
「どこか怪我したの!?」
オレだけでなく、クラスメイトたちが次々と集まってきている。みんなに詰め寄られているのは山崎だ。
「渡辺さんは近くの病院に運ばれるらしい。聖ちゃん、渡辺さんの妹が一緒に乗っていったから、落ち着いたら連絡があるはずだ。あと、怪我とかじゃなくて……、その……」
言いよどんでいる山崎の横で美玖が泣いている。泣き腫らしていて、目元が真っ赤だ。尋常じゃない様子に胸が騒めく。
「あ、あゆ、渉は」
嗚咽を漏らしながら何とか説明しようとしている。美玖が顔を上げると、オレと真っ直ぐ目が合った。
「陽介……!」
美玖がオレを睨みながら、駆け寄って来る。迫って来る美玖に胸倉を掴まれた。泣き顔のまま美玖が叫ぶ。
「あんたのせいじゃん! 渉は陽介を探しに行って倒れたんだッ!」
何のことか分からず、オレは無言で瞬きをするしかない。
オレを探して……?
「ま、待って、井川さん! 宮野くんのせいじゃないよ! 元は無責任に後押しした僕が……!」
間に山崎が入って来て、美玖を無理やり引きはがす。それでも美玖は叫ぶのを止めない。
「渉は病気なのに走ったりしたからッ!」
――渉が病気?
冗談じゃない。渉は朝まで元気に笑っていただろ?
でも嘘じゃない。美玖の取り乱す様子を見たら、そんなこととても言えない。
「何とか言いなさいよッ! 陽介!!」
再び美玖が飛び掛かって来ようとする。その腕を山崎が必死に押さえていた。
「井川さん! 宮野くんも知らなかったんだ! それは渡辺さんがそうして欲しかったからで!」
「そんなん知ってるし! でも渉が許しても、わたしは許さないから! 渉が離れて行ったら、あっさり理由も聞かずに自分も引き下がっちゃってさッ! まだ付き合い始めてすぐだったのに! そもそも向き合うつもりが無いんなら、最初からわたしの親友と付き合うなッ!!」
確かに軽い気持ちで付き合い始めた。渉がオレを見ていないと思ったら、すぐに離れようとした。それなのに山崎と一緒にいる渉を見て嫉妬して。
自分を守るために、渉の為だと言い訳して離れた。
美玖の言う通りだ。簡単に離れて行くなら、最初から付き合っちゃいけなかった。
「ごめん……。そう、だよな」
「う、ふっ、ふぐぅう」
オレが謝ると、美玖は泣きながらその場にしゃがみ込んでしまう。
「……山崎」
オレは山崎の方を見る。
「渉の側に行ってくれよ。タクシーに乗ればすぐだろ」
「……え?」
「親が後から来るかもしれないけれど、聖一人だと渉も不安だろ? だから」
「いやッ! そうじゃないよ! 行くなら宮野くんだろ!?」
山崎は何を言っているんだという様子だけれど、オレは首を横に振る。
「オレには渉の側にいる資格はない。山崎が行くべきだ。これまでも渉のことを引っ張っていただろ?」
いつ山崎が渉の病気のことを知ったかは知らない。でも、四人でファミレスに行ったときには知っていただろう。
今思えばやりたいことリストは、渉の為に作っていたのだ。
やり方は不器用だけど、渉を勇気づけようとしていたに違いない。離れていったオレなんかより、病気の不安から連れ出すことが出来るはずだ。
「山崎の方がオレなんかより、ずっと頼り甲斐がある」
例え渉がオレを探していたとしても、これが答えだ。
病気の渉の側にいるのは頼れる人間がいい。山崎もそれを望んでいるし、渉だってすぐにそれで良かったと思うに違いない。
「……僕も、さ。渡辺さんには頼り甲斐がある男が必要だと思っていたよ?」
山崎はオレから視線を外す。
「でも、この二週間ぐらい渡辺さんとよく話す内に分かったんだ。渡辺さんは遠くに宝物を探しに行きたいんじゃなくて、今持っているものを両手で包んで大事にしたい子なんだって。だから、側にいるのに頼りになるとか必要なくて……」
確かに渉から無理なお願いとか聞いたことがない。いつでも手の届く範囲に好きなものや大事なものを並べて慈しんでいる。
――オレがすごいなと言ったネイルとか。
「心当たりあるって顔しているよ。……本当のところ渡辺さんの気持ちは分からない。でも、渡辺さんが好きなのは、選んだのは宮野くんだ。だから、――行くよね?」
真正面から山崎が見つめて来る。
間違いなくオレが行かなければ自分が行くという目をしていた。
「……ッ! 行ってくる!」
自分自身が本当に渉のことが好きかも分からない。病気だと聞いて同情しているのかもしれない。
でも、今行かなければ後悔する。オレはタクシー乗り場に走った。
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