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第三十三話

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 美玖は少し興奮気味に話す。

「だからさ! あんな浮気性のことなんて、さっさと忘れちゃいなよ! ほら、ちょうどいいって訳じゃないけど、山崎ってさ! どう見ても渉のことが好きじゃん!?」

 やっぱり傍目から見ても、そう思うんだ。少し前に告白のようなことをされて、誤魔化したけれど……。思わず、はははと乾いた笑いを浮かべる。

 美玖の力説は続く。

「確かにちょっと見た目はダサいけど、頭はいいし。何より渉のことに一生懸命だし! そこはポイント高いと思うんだ。さっき、山崎にもっと頑張れって後押ししておいたし! さすがに陽介みたいにはならないだろうけど、見た目はこっちで整えればいいんだしさ!」

「あー。そっか彼女が服とかどうにかすれば、山崎も案外モテるかもね」

 わたしは山崎の私服を思い浮かべて、つい頷く。よくあるチェックのシャツにダウンジャケットとモテない理系の大学生みたいな雰囲気だった。髪もちゃんとセットされていない。もっと小綺麗にすれば、見直す女子はたくさんいるだろう。

「でも、ごめん。美玖」

「確かに渉、すっごく陽介のことがんばっていたから、諦めきれないかもしれないけどさ。わたしも、これ以上は黙っていられないっていうか」

「美玖、そうじゃないんだ。ごめんね、美玖。黙っていて、……ごめん」

「……なんでそんなに謝るの、渉」

 様子がおかしいと思ったのだろう。美玖の興奮が冷めていくのを肌で感じる。

「実はね――」

 わたしはゆっくりと病気のことを話した。

「うそ、だよね。……渉」

 美玖の身体は小さく震えている。目にも薄っすら涙が溜まっていた。

「わたしが美玖にこんな質の悪い嘘つくわけないじゃん」

 安心させるように少し笑ったけれど、逆効果だったみたいで、わっと美玖は泣き出してしまう。

「そんな! だって渉、まだ高校生じゃん!?」

「年は関係ないんだって」

「でもッ! せっかく……!」

 嗚咽を漏らしながら美玖は言葉にならない音を吐き出す。わたしは「ごめんね」と言って背中をさすることしか出来ない。

 そうしていたら、少しずつ美玖の呼吸も落ち着いてきた。

「……ごめん、渉。取り乱して、渉の方が辛いのに……」

「ううん。なんか持つべきものは美玖だなって思った」

「なにそれ!」

 顔を見合わせて少しだけ笑う。

「四月から入院するからさ。暇だろうから、話し相手になってよね?」

「もちろん。……聖ちゃんはもちろん知っているよね。山崎も?」

「うん。なんか速攻バレちゃった。みんなにはギリギリまで黙っていようって思っていたのにさ」

「そっか。あのさ、……ううん。何でもない」

 美玖は何を言おうとしたのか、何となく分かった。

 ――きっと陽介のことだ。ふと窓の外を見ると、地面が近づいて来ていた。

「あ。もう観覧車終わりみたい。結局、景色全然見なかったね」

「後で、また乗ろう。みんなで」

 わたしと美玖は観覧車を降りる。聖と山崎のところに戻ろうとする。

「渡辺さん、井川さん」

 観覧車の出口で山崎と聖が待っていた。二人とも美玖の顔を見て、少し驚いていたけれど、すぐに笑みを浮かべる。

「渉ちゃん、お話出来た?」

「うん」

 きっと何を話してきたかなんて、二人には分かっているだろう。

「あーあ、すっかりメイク崩れちゃった! ちょっとトイレ行って直してくるから、聖ちゃん付き合って!」

「あ、はい」

 美玖は聖を引き連れて行く。残されたわたしと山崎は、観覧車の柵にもたれかかった。

「……美玖に病気のこと話したよ」

「そっか。うん。……井川さんには話しておいた方がいいと僕も思うよ」

 しばらく二人とも黙って、目の前を行き交う人たちを見つめる。

 キャラクターの風船を持った子供たちが駆けて行く。恋人つなぎをしているカップル。大きな口を開けて、カラフルな綿あめを食べている女の子たち。

 みんな、晴れやかな笑顔で過ごしている。遊園地に遊びに来ているのだから、ああやって笑っているのが自然なことだ。

「やっぱりさ。こんな話をしたら、美玖も泣いちゃうよね」

 話すべきだったけれど、目の前の平和な光景を見ていたら少しだけ後悔してしまう。もう少し、後でも良かったんじゃないかって。

「……宮野くんには話さないの?」

「……。」

 山崎がわたしを見つめて来るけれど、振り向かずに沈黙を貫いた。

「さっき気づいたんだ。渡辺さんには宮野くんが必要だと思う」

「……なんで?」

「遠ざけようとしているけれど、渡辺さんはやっぱり宮野くんのことが好きだろ?」

 わたしは山崎の方に顔を向ける。

「……だから何? わたしだって人間だから好きな人が自分に巻き込まれて不幸になるのを喜ぶわけがないんだけど?」

 キッと睨みつけるけれど、山崎は怯むというより驚いたような表情をした。

「不幸になるとは限らないじゃないか」

 あまりにも予想外みたいなことを言われて、一気に頭に血が上る。

「何言ってんの!! わたしは普通じゃなくなったんだよ!?」

 思わず大きな声を出してしまった。通り過ぎて行った人が一瞬振り返った。

「……渡辺さんは普通だよ。病気になったからって本質は変わらない。嬉しいことがあったら全身で喜ぶし、好き嫌いははっきり言う。可愛いものや甘いスイーツが好き。そういう、普通の女の子だ。でも、今は前よりも遠慮している気がする」

「遠慮なんてしていないし!」

「宮野くんの為だって言ったってさ。そんなの、宮野くんは――」

 その後の言葉は聞きたくない。そう思ったら思わず口が滑る。

「陽介の為に遠ざけるって何だかんだ言っても、自分の為だからッ!」

 本当は陽介の為を思っているなんて嘘だ。

 もちろん不幸にはなって欲しくない。だけど、それ以上にずっと陽介に好かれている自信がない。たぶん、なかなか実感の湧かない病気によってもたらされる死よりも――

 わたしはもうすぐ女子高生じゃなくなる。普通の人間どころか、わたしはわたしのままで居られない。

 髪は金髪じゃなくなるし、病院で満足なメイクは出来る? 陽介が褒めてくれたネイルだって、ボロボロになっちゃうかも。それって、ほとんどわたしじゃない。

 今なら全部病気のせいにして離れられるんだ。まだ可愛いままのわたしが記憶に残ったまま、消えることが出来る。

「陽介から嫌われてしまうかもしれない未来なんて来なくていい! わたしはッ! わたしはッ……」

 美玖と話していたときも我慢していたのに涙が出て来てしまう。

「……渡辺さんはもっとわがままになっていい」

「は?! だからわたしの為に!」

「宮野くんのことがすごく好きだから泣くほど怖いんだ。そんなに好きなら、どんな理屈をこねても離れる理由なんて並べるだけ無駄だよ。本当にこのまま離れてしまったら、きっといつか後悔する。渡辺さん言っていただろ。上手く行くか行かないかなんて分かんないんだから、好きなことをすればって」

「そう、だけど」

 山崎のひんやりした手がわたしの手を包む。

「宮野くんに病気のことを話そう。そして、ずっと側にいて欲しいって言うんだ」

「でも」

「きっと渡辺さんが側にいたら、ほとんどの人は幸せだよ。だから宮野くんを縛ったっていい。もし、離れて行っても絶対に僕がいる。聖ちゃんや井川さんもいる。家族も一緒だろ? だから、大丈夫。行くんだ」

 縛ってもいい? 陽介は束縛を一番嫌がりそうなのに?

 山崎は手を離して、ポケットからスマホを取り出した。

「今、宮野くんはバイキングに並んでいるみたいだ。ほら、渡辺さん」

「えっ、い、いま?」

 グイグイと背中を押してくる山崎を振り返る。真顔で「うん」と頷かれた。

「当たって砕けろ、だ」

 何がわたしを突き動かしたのだろう。

 強引な山崎の理論。家族がいる安心感。わたしの為に怒ってくれる親友。

 それとも、――やっぱり陽介が好きだと実感しちゃったから?

 まだ心は迷っていた。でも、気づいたら足が一歩、二歩と踏み出していて。

 わたしは、体育の授業でもしないような大股で走っていた。




 人並を一人で縫っていく。遊園地でこんなに真剣に走っている人間なんて私しかいない。

 コーヒーカップのあとに整えたはずの髪はぐしゃぐしゃ。メイクだって、さっき泣いたせいで崩れているだろう。そもそも必死に走るなんて、全然わたしじゃない。

 それでも、足が気持ちに追いつかなくて遅いぐらいだ。

「あ、あれ? バイキングってどこ??」

 肩で息をしながら立ち止まる。すぐに陽介の元に向かいたかった。けれど、振り子のように大きくスイングするバイキングの船に向かっていたはずなのにどこにも見当たらない。

 確かに見えていたはずなのに……。

「あ!」

 バイキングは見つからなかったけれど、案内板を見つけることが出来た。一直線に駆け寄って、目的の場所を探す。

「ハァハァ……。えっと、観覧車からこう来て、現在地がここで。バイキングがここだから……」

 どうやら近くにあるお化け屋敷の裏のようだ。お化け屋敷は大きな建物なので、影に隠れてしまったらしい。

「行かないと……」

 一歩踏み出そうとする。

 でも、途端にくらっと軽い立ち眩みがした。それだけじゃない。

「あれ? 何か……」

 案内板を見るのに止まっていたのに、あまり息が整っていない気がする。呼吸がのどの入り口ばかりを行ったり来たりするだけに感じる。うまく息が肺に入っていかない?

 ううん。気のせいだ。

 それより早く陽介のところに行かないと。そう思って足を動かす。だけど、さっきより足が前に出ない。何だか身体がおかしい。ドキドキと心臓の音がうるさい。

 そうしている内に、ハッハッと、犬のような息が出始めた。

「な、なんで……?」

 ゾッと背筋が凍る。わたしの肺、ちゃんと機能している?

「……もう少し、だから」

 それでも腕を振って走り始める。

「あッ!!」

 上手く動かせなかった足が絡まった。前のめりに転んでしまう。

 ドキドキしすぎて胸が痛い。やっぱり上手く息が出来ない。目の前がグルグルと回る気がする。周りの音も聞こえない。苦しい。

 ――もしかしたら、このまま死んじゃう? 

 一気に怖くなった。このとき初めて命が危うくなっていることを感じた。

「もう少し、なのに……」

 こんなことなら、陽介に始めから話をしていればよかった。それで離れて行くなら、それで良かったんだ。

 告白、付き合ってとしかいわなかったな。

 陽介に好きだって、もっとちゃんと伝えていればよかった。

 きっと、それだけで良かったんだ――


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