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第三十二話

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 わたしと美玖は、ほとんど待たずに赤い観覧車に乗り込んだ。

「一周するのに十五分だって。思ったよりすぐだね。じゃあ、さっそく本題に入るよ、渉」

 美玖はドアが閉められた途端に、少し早口で言う。わたしは苦笑しつつ、美玖の向かい側に腰を下ろした。

「渉、やっぱり陽介とは合わなかった感じ?」

 美玖は直球で聞いて来る。これが美玖以外だったら、「やっぱりって何だよー」と茶化して返すかもしれない。

 でも、美玖はわたしが以前陽介のことをどう思っていたかよく知っている。

 わたしが少し返答に困っていると、美玖は「やっぱりね」と勝手に納得してつぶやく。

「いくら褒めてくれたって言っても、陽介があんだけ浮気性だと嫌になると思うよ」

「えっと、そんなことはないけど……」

「だって、渉とは微妙な感じだけど、別れてはいないんでしょ? それなのに、もうあんなにベタベタしているじゃん! 本当、信じらんない! 渉! あんな奴気に掛ける必要ないよッ!」

 美玖はクラスメイトとしては陽介と仲良くはしているけれど、わたしが陽介に告白すると言ったときには良い顔をしなかった。

 ただ美玖だけでなく、わたしも好きになる前は陽介のことをあまり良く思っていなかった。というより、美玖より毛嫌いしていたかもしれない。

 陽介はカッコいいし誰にでも優しいから、よくモテたのも分かる。けれど、それと同時に嫌いだと言う子も少なからずいた。

 陽介はとにかく彼女がコロコロとよく変わる。季節の変わり目には隣にいる子は必ず違ったし、高一の夏が終わるころには学校全体にそのチャラさは周知されていた。入学式のときにはカッコいいと騒いでいた子も、陰であいつ感じ悪いと言っていることも耳にすることも。

 わたしは子供のときからお父さんとお母さんのような恋愛をしたいと思っていた。二人は高校の同級生で、同じ電車通学。お互い気づいていたけれど、目を合わせるのにも照れて話すことが出来ず、卒業式の日にやっと話しかけることが出来たという純愛だ。

 わたしは中学のときから彼氏はいたし、これほど奥ゆかしくない。

 それでも、やっぱり陽介ほど気持ちが移ろいやすいというのは、話に聞いていて気持ちのよいものではなかった。

 だから、高二になったときのクラス替えで陽介と一緒になって、ちょっと嫌だなと思った。だからなるべく近づかないようにしていた。

 女の子たちが常に陽介のそばに居て、陽介も軽い調子で受け答えしている。そのうち、その中の一人と付き合って、三か月ほどしてあっさりと別れた。そしてまた違う子と付き合う。その繰り返し。

 もちろん教室にいるときは表情にも出さなかったけれど、美玖と二人のときだけ「あれってどうなの」と関係もないのに愚痴っていた。

 転機があったのは夏休みに入る少し前だ。

 その日の放課後、美玖と遊びに行く約束をしていた。でも、学校を出る前に美玖が部活の先生に呼び出される。戻って来るまで、わたしは教室の片隅で暇を持て余していた。

「あれ? 渉、一人で何しているんだ?」

 声を掛けられて顔を上げると、教室の前のドアで陽介がこちらを見ていた。

「美玖が呼び出されたから待っているだけ」

 面倒だなと思いつつも答える。

「あ! オレもなんだ! オレも補講の坂本待ってんだ」

「いや、美玖は補講じゃないし……」

 話している間に、窓際に立っていたわたしの所にまで歩いてきた陽介。もしかして、一緒に待つつもりなのだろうか。と、ちょっと眉をひそめる。

「あ。ガム食べる?」

「ああ、うん」

 わたしは差し出された板ガムを受け取る。気を使われた気がした。

 こいつ、嫌な奴ではないんだよな。浮気性が過ぎるってだけで。

 そんなことを思いながら、マスカット味のガムを噛み締める。黙って噛んでいると、横から何か言いたげな視線を感じた。

「えっと、……なに?」

 わたしをじっくりと見つめて来る陽介に少し苛立っている視線で返す。

「渉ってさ。金髪、しかもショートが似合うと思うんだよね」

「は?」

 なんの脈絡もなく、いきなり何を言いだすのだろう。

 このときのわたしは髪色を明るくはしていたけれど、金髪というほど明るくはない。それに長く伸ばしていて、念入りにトリートメントして気を使っていた。金髪なんかにしたら痛んでしまうじゃないか。

「いや、しないけど。でも、……金髪似合う? なんでそう思ったの?」

 髪の先をつまんで理由を聞いてみる。

「だってさ。渉、いつも爪も綺麗にしているじゃん?」

「爪?」

 なんで髪の話からネイルの話に飛ぶのだろう。思わず手を広げて自分の爪を見てみる。

 高一の頃はメイクに念を入れていたけれど、高二になってからは爪にもこだわりを持つようになった。綺麗に磨くことはもちろん、この日のネイルも夏らしいエメラルドグリーンの海をイメージして塗っている。ただ一色で塗るだけじゃなくて、グラデーションにしたり、ネイルストーンも使ったりしてキラキラにしていた。

 その指を陽介が覗き込むようにして、そっと掴む。

「今日とかもすげーもん」

「これぐらい普通だよ。みんなも爪に気合入れてるって」

「でも、毎日こんなに凝ったのしているの渉だけだと思うけど? もっと自慢していいって!」

 すぐ近くで陽介がニッカリと笑う。その真っ直ぐな笑顔に頬が熱くなる。

「……ありがと」

 つい横を向いて誤魔化した。

 確かに良く出来たと思う日でも、自慢することはほとんどない。授業中に指先を見て、自己満足でニヤニヤするだけだ。

 それを褒められるなんて。嬉しいと思うと同時にどこか気恥ずかしい。

「ていうか、金髪関係なくない?」

「ああ。そうそう、それでさ。爪が綺麗だけど、髪も綺麗じゃん。せっかく爪が綺麗でも、大体の人は髪に目が行っちゃうと思うんだよね。だから、髪を短くして爪に目が行くようにした方がいいんじゃないかってさ!」

「……でも、それなら短くするだけでいいじゃん」

「せっかく短いのなら、より可愛い方がいいじゃん。この前、街で金髪ショートの人とすれ違ったんだけど、その人より渉の方が似合うと思って! 渉、小顔だしさ」

「ふーん」

 結局、金髪が似合うと思ったのは陽介の感性だったようだ。

「なッ!」

 また陽介は天真爛漫に大きな笑顔を見せた。

「考えてみる」

 わたしは陽介に掴まれていた指を抜き取る。平静な顔をしていたけれど、心臓はドキドキとうるさかった。

 このとき、陽介という人間を理解した気がする。

 陽介は無邪気に相手を褒める。上っ面じゃなくて、ちゃんと人を見て、その人が大事にしていることを見抜くのだ。

 その上、優しくて、明るくて、笑顔が可愛くて――

 近くにいれば好きにならないはずがない。こうやって、女の子たちは虜になる。

 わたしは、次の休みには美容室に行き、髪を金色のショートにする。いきなりのことに家族はもちろん、美玖も驚いていた。ドキドキしながら学校に行くと、陽介は「な! 似合うっていっただろ?」と軽い調子で褒めて去っていく。

 あいつは気が多い、止めておけ。そう脳が言うけれど、気持ちは止まらない。

 美玖にも呆れられるほど、百八十度真っ逆さま。完全に恋に落されていた。

 放っておいたら、周りにたくさん人が集まるから、たまにしか陽介はわたしに話しかけてこない。出来るだけ近づくために、わたしは陽介の周りのグループに混じるようになった。


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