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第二十五話
しおりを挟む次の日。わたしは少しだけ緊張した面持ちで登校してきた。陽介に余計なことを言わないように注意しなければならない。
「おはよう、美玖」
「おはよう、渉。ねえ、山崎が変なことしているよ」
「山崎が?」
美玖はニヤニヤした顔で教室の奥を指さした。
一つの机を囲んでクラスメイトたちが集まっている。その中心はにこやかに笑っている山崎だ。珍しい、というかこんな光景一度も見たことがない。
「あいつ、何しているの?」
「インタビューだってー」
「インタビュー?」
わたしは人だかりの方へと近づいていく。すると、笑い声を交えた会話が聞こえて来た。
「それで、そのとき渉めちゃくちゃ慌ててさー」
「へー。渡辺さんらしいね」
「ちょ、ちょっと!」
自分の名前が出て来て、小走りで駆け寄った。
「あ。渡辺さん、おはよう」
「おはようじゃないよ! なに人を集めてわたしの話をしているわけ?」
「それはもちろん小説のためにインタビューをするためだよ!」
山崎は机の上のノートを開いて見せて来た。そこにはわたしのエピソードが箇条書きにもういくつも書かれている。
「わたしの取材じゃないの?」
「もちろん渡辺さんの話も聞くよ。でも、周りの人たちにも話を聞かなきゃ。大丈夫。楽しい話を聞かせてって言っているから」
そう言う山崎の方が楽しそうだ。
「それならいいけど……」
わたしは別に構わないけれど、そもそも山崎は堂々と小説の取材なんて言っていいのだろうか。小説を書く人なんて周りにいなかったから分からないけれど、恥ずかしいだろうから普通は隠れて書いていそうなものなのに。
「何やっているんだ?」
登校してきた陽介も様子を見にやって来た。
「宮野くん、おはよう! いま、みんなに渡辺さんの話を聞かせてもらっているんだ。あとで宮野くんにも聞いていい?」
「まぁ、構わないけど。渉、昨日は大丈夫だったか?」
陽介はわたしを振り向いて聞いて来る。
「う、うん。聖とも、義理のお母さんとも」
「そっか。じゃあ、山崎話は昼休みでいい?」
言い終わる前に陽介は山崎の方に向き直った。いつもよりあっさりとした態度に何だか違和感を覚える。わたしが陽介に話しかける前に、山崎が次々と言葉を連ねた。
「いいよ! それと遊園地に行く日、今週の日曜日にしない?」
「随分、急だなー」
きっとわたしに気を使って早めに行こうとしているのだろう。
「ごめん。わたし、次の日曜日は家族で買い物に行く約束しているんだ」
買いに行くのは、わたしが入院するときに必要なものだ。
「そっか。それならしょうがないや。その次の日曜日は大丈夫?」
「うん」
「俺も大丈夫だ」
わたしと陽介は揃って頷く。
「なになに? 何の話?」
だけど、思った通り美玖が気になったようだ。
「来週の日曜日に陽介や山崎と遊園地に行くんだ」
「何それ! ズルい!! わたしも行く!」
思った通り、美玖も話に乗って来た。それだけではない。周りのクラスメイトたちも、次々に自分もと手を挙げる。そりゃ、こんなにクラスメイトたちに囲まれている所で話したらこうなるだろう。
「じゃあ、クラスで行ける人みんなで行こうか。高校二年生の思い出作りってことで」
意外にも山崎がそう提案した。もしかしたら、最初からこうするつもりだったのかもしれない。
聖も一緒だけどいいのかなと思いつつ、遊園地に行くだけなんだから楽しければいいかとすぐに考え直した。
「渡辺さん、僕に任せてよ! 完璧な効率でアトラクションを回れる攻略プランを考えるからさ!」
遊園地は必ず行列するから言っているのだろう。
「いや、そんなに無理する必要ないよ。聖も一緒だからゆっくり回ろう」
アトラクションに乗るだけが遊園地の楽しみ方ではないはずだ。
「そっか。うん、渡辺さんがそう言うなら」
山崎もすんなり頷いてくれる。
「渉と山崎。二人とも、すっかり打ち解けたみたいだな! 良かったな!」
何が良かったのか分からないけれど、陽介はわたしたちを見て笑っていた。
何かの弾みで口が滑ってしまわないように、わたしはなるべく陽介とは距離を取って接するようにした。二人でご飯を食べるときは、山崎や美玖を呼ぶようにする。
土日はバイトを入れたらしく、陽介の方から遊べないと言って来た。
残りの時間が少ない分、もう少しそばにいて彼女気分を味わいたい。でも、そうも言っていられない。
わたしはこのまま距離を取りつつ、遊園地の帰りに別れ話を切り出すことを決めた。
「振るって言っても、理由は何にしよう……」
夕食後、わたしは部屋で仰向けにベッドに寝転んでいた。
振るにしても、あまり陽介を傷つけたくない。でも、付き合い始めてからまだ一か月ほど。もしかしたら、元カノと比べても圧倒的に少ないかも。これで傷つけないなんて、相当な理由が必要だ。
馬鹿正直に病気を理由にしたら気を使わせてしまうかも。
以前山崎にも言った、本当にやりたいことを見つけたからという理由がいいかもしれない。それなら、恋愛抜きで集中するためにという多少強引だけど明るい理由で別れられる。いずれ陽介も病気のことを知ったとしても、これはいい手のような気がした。
出来るだけ目標は高い方がいいだろう。そして、わたしからかけ離れた、例えば弁護士になりたいとか、そんなことをいきなり言えば怪しまれてしまう。
「わたしらしい、やりたいこと……、やりたいことー??」
全然思いつかない。
わたしらしさのヒントを探して、部屋の中を見回す。
壁際には机とメイク道具が置かれている棚。中央にあるローテブルの下には、白いファーのマットが敷かれている。
メイクアップアーティストとか……?
人の顔まで綺麗にしたいとは思えないけれど、海外に修行に行くことも有り得ると思う。嘘としては、ちょうどいいかも。
「あ……、やりたいことといえば」
わたしはベッドから立ち上がって、机に近づく。教科書やノートが並べられているが、それが勉強机として機能することはほとんどない。教科書の隣にある文庫本の背表紙を指で引いて取り出す。
「これ、結局読んでないな」
この前買った小説をやっと思い出した。表紙には『三百六十五日後に死ぬ彼女。』と書かれ、わたしが握りつぶしたせいでしわが出来ている。
正直、いまでもあまり印象は良くない。
「でも、せっかく買ったんだし……」
わたしはベッドに座って、ページを開いた。
三時間後――
「うっ……、うう……」
よろよろとしながら、部屋から出る。
「わっ! どうしたの、渉ちゃん」
湯上りの聖が階段を上がって来たところにぶつかりそうになった。わたしはゾンビのように揺れ動いて聖に抱き着く。
「ひじりー! これ、めっちゃいいんですけど!」
「え? ああ、小説?」
わたしは両手で本を持って、こくこくと頷く。小説の印象は最悪で別に面白くもないのだろう。でも、読めば読むほどその考えを次々と覆していった。
表紙の女の子は守りたくなるような女の子という印象とは違い、庇護されて大人しくされるような存在じゃなかった。架空の病気らしいが、明るくてちょっとしたトラブルメーカー。大人しいタイプの主人公の男の子を振り回していく様子が楽しくて、いつの間にか引き込まれていた。
こんなに時間が経つのが分からないぐらい小説にのめり込んだのは初めてかもしれない。
「聖も読んでよー。ラストすごい感動しちゃうからー」
「それなら、わたし読んだよ。持っているし」
「えッ!! うそッ! なんで言ってくれないの!?」
聖が持っているなら、借りればよかった。数百円とはいえ、なんだか損をした気分になる。
「だって、買ったの結構前だもん。でもそれ読みやすくて、結構話も深いよね。同じような本なら他にも持っているよ」
わたしは聖の部屋に一緒に入った。聖の部屋には本棚がいくつも置かれていて、本もずらずらと並んでいる。聖のおすすめの物をいくつか借りた。すぐには読まずに入院中に読むつもりだ。
「感想聞かせてくれたら、また渉ちゃんが好きそうな本を持って行くよ」
「うん。ありがとう」
なぜか聖はわたしよりも嬉しそうだった。
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