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第二十四話

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 午後七時が過ぎると、お父さんが帰って来た。

「ただいまー。おっ……」

「茜さん、プレート用意したよ」

「ありがとう、渉ちゃん」

「お母さん、お皿これでいい?」

 わたしと聖と茜さんは三人でバタバタと夕飯の準備をしている。

「なんだ? なんだ? 今日はパーティか?」

 浮かれたお父さんが近づいて来て、食材を取りに行こうとしていたわたしの進路を塞いだ。

「お父さん邪魔!」

「ほら、鞄を置いて手を洗って来て下さい」

 茜さんにそう言われると、お父さんは駆け足で洗面所へ向かう。戻って来たときには全てのセッティングが整っていた。テーブルの中央にはホットプレートが出されていて、肉と野菜が盛られた皿が置かれている。

 お父さんがわざとらしく咳払いをした。

「じゃあ、お父さんから一言……」

「いただきまーす。早く食べよー」

「渉ちゃん、焼肉のたれ取って」

 わたしと聖がスルーすると、お父さんは頭を垂れて落ち込む。

「嘘だよ、嘘! ちょっとからかっただけだってば! ほら、わたしたちのことが気になるんでしょ」

 わたしは隣に座るお父さんを揺さぶった。

「いや、いいんだ。渉が家族と仲良くしていれば、理由なんて何でもいい。聖ちゃん、茜さんありがとう。渉も思うこともあっただろうけれど、久しぶりに家で笑っている姿を見られて嬉しいよ。たくさん我慢させて、ごめんな」

 お父さんは涙ぐんで笑う。

「我慢なんて、そんなにしていないけどさ。……でも、学校には休学の連絡する前に相談して欲しかった」

 これだけはひとこと言っておきたかった。

「ごめんな、渉。お父さん、いつも先走ってばかりで。でも、お母さんが亡くなったときに約束したんだ。お父さん、渉の為なら何でもするって」

 そんなことを言われたら、なおさらお父さんのことを怒ることなんて出来ない。茜さんがさっと声をかける。

「お話はそれぐらいにして、ごはん食べましょう」

「じゃあ、わたし焼いていくね」

「肉をたくさん焼いて」

 わたしと聖が我先にと肉や野菜をプレートに乗せていく。

「渉」

 お父さんが呼ぶので振り返ると、お父さんは和やかな顔で言う。

「治療、がんばろうな」

「……うん。がんばるよ」

 口ではそう言う、けれど。

 きっとこの家族は近い将来三人だけになってしまうんだろうな。

 わたしは、そう思ってしまった。



 焼肉を食べ終わると、みんなで片づけをして自分の部屋に戻る。バタンとドアを閉めると、わたしはその場にずり落ちるようい座り込んだ。

「はぁ……、疲れた」

 朝からたくさんのことがあった。夕飯の前には疲労を感じていて、でも一人だけ部屋に戻ることは出来ない。心配させたくなかった。この家族を大事にしたいと思ったから。

 どうしてこれまで大事にしてこなかったんだろう。理由は分かってはいるはずなのに、そう思って気持ちが沈んでしまう。

「どうして、……病気になったんだろう」

 これも、いくら自問しても答えがない問いだ。そのときスマホの通知音が鳴る。食事の間、スマホはベッドの上に置いてきていた。

 スマホを開くと、山崎からメッセージが来ている。

『渡辺さん、あれから大丈夫だった?』

 聖と二人で帰ることを断りはしたものの、公園で別れたときはろくに説明もしなかった。

『今日はごめん』『うん』『大丈夫』

 ベッドに座って、とりあえず返信してから、なんと説明しようかと考える。

 でも、すごく面倒だ。いちいち長文を打ち込むより口で説明した方が早い。そう思って通話のボタンをタップする。山崎が電話に出なければ、また明日学校で話せばいい。そう、軽い気持ちでした電話だった。

「もっ、もしもし!?」

 四コール目ぐらいで、慌てた声で山崎が電話に出る。ドン、ガシャガシャと何かが落ちる音がしていた。

「大丈夫? すごい音がしたけど」

「あ、ああ。腰を机に打ち付けて、それで机の上の物が落ちたんだ。山積みにしていたから、……ははっ。えっと、それで渡辺さんが僕に電話して来るなんて、どうかしたの? また、聖ちゃんとケンカした?」

 心底心配しているという声だ。もう少し早く連絡すれば良かった。

「ううん。聖とは仲直りしたし、義理のお母さんとも打ち解けた。あ、えっと、そもそも聖は親戚じゃなくて、義理の妹なんだけど。わたしのお父さん、一年前に再婚して」

「ああ。そうなんだってね」

 すんなりと受け入れた山崎に、わたしは「え? 知っていたの?」と疑問を口にする。

「宮野くんは知っていたみたいだよ。渡辺さんの態度で分かったって」

「陽介が……」

 上手く誤魔化したつもりだった。でも陽介は人のことをよく見ているから、気づいたのだろう。その上で口を出さずに一緒にいてくれたのだ。

「それで、……さっき初めて病気や余命のことを聖にも話したよ」

「えッ! 聖ちゃん知らなかったの!?」

 驚くのも無理はない。家族だったら、当然知っていると思うだろう。

「そっか……。うん。でも、渡辺さんの家族が一つにまとまったことはいいことだと思う」

「そう、かな?」

 わたしは自信なく答えた。それが伝わったのだろう。山崎が気づかわし気に聞いてくる。

「何か気になることがあるの?」

「だって、わたし余命一年のがんだよ?」

「……うん」

「まだ想像つかないけれど、治療だって大変だろうし、学校にも行けなくて辛い思いをすることが増えると思う。何より、また元のように元気になるとは思えない。……だから、治るか分かんない治療をするより、家で家族とのんびり過ごしたり、学校に行ったりした方がいいんじゃないかって。……お金もかかるわけだし」

 どうして、こんなことまで話しているのだろう。もしかしたら、大切なものが増えて弱気になっているのかもしれない。

 ずっと大事にしたいものがあるのに、どうしようもない未来が待っている。

「だ、大丈夫だよ! 治療だってさ! 前より良くなっているって聞くよ? 最初から諦めていちゃダメだと思う!」

 ぎこちない励ましをする山崎。言葉自体より、その必死さに少しだけ笑みがこぼれる。

「……うん。そうだよね。ちゃんと治療するよ。変なこと話して、ごめん」

「ううん! 何でも話してくれた方が嬉しいよ! 僕に出来ることなら何でもするから、何でも言ってよ、渡辺さん!」

「ありがとう、山崎」

 素直にお礼が出て来る。もしかしたら、感謝を伝えられるうちに言っておいた方がいいのかもしれない。

 山崎と電話をした後、陽介にも話しておいた方がいいかと思ってスマホを操作する。

 けれど、チャットの画面で指を止めた。

「どう話せばいいんだろう……」

 陽介は聖が義理の妹だと言うことは知っている。再婚で家族と上手くいっていなかったことも知っているだろう。普通なら家族みんな上手くいったと言えばいい。

 でも、病気のことは当然話せない。

 山崎と話したときのことのように、うっかり口が滑って弱音を吐いてしまったらどうしよう。チャットでも油断したら出てしまうかも。一度縋り付いてしまったら、堰を切ったように止まらなくなるかもしれない。

「やっぱりダメだ」

 わたしはスマホをベッドの上に置く。

 そもそも、陽介とはなるべく距離を置くようにしなきゃいけないんだ。明日直接話すことにして、もう寝ることにした。


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