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第二十三話
しおりを挟む陽介と山崎と駅で分かれて、真っ直ぐ家に帰る。
「お帰りなさい。あら? 今日も一緒だったの?」
玄関まで出てきた継母の茜さんは、わたしたちを見て少し嬉しそうにした。
「ただいま、お母さん」
「……ただいま。ちょっとリビングで二人に話、いい?」
わたしがそう尋ねると驚ていたけれど、茜さんは「じゃあ、お茶を用意するわね」と言って先に入っていく。
自分の部屋に荷物を置いて、リビングに行くとテーブルの上にお茶が並べられていた。全員が揃うと、わたしは頭を下げる。
「今まで、ごめんなさい」
「渉ちゃ……」
「冷たい態度を取ったり、せっかくご飯を用意してもらったのに食べなかったり。本当にこれまでのわたしは二人に酷いことしてきたと思っています」
顔を上げると、聖は眼を見開いている。でも、茜さんは穏やかな顔で口を開いた。
「いいのよ、渉ちゃん」
「いや、よくは」
「渉ちゃんがお母さんを大事にしていることは、知っているし。わたしは、ほら。お父さんと恋愛して結婚したわけじゃないから。そこが分かっちゃったのかなって思っていたの」
「え?」
予想外の言葉に、わたしだけではなく、隣の聖も驚いている様子だ。
「わたしも驚いたんだけどね。お父さんのプロポーズ? 最初、渉ちゃんのお母さんになってくれないかって言われたの。きっと、いい母娘になれる。だから、結婚して欲しいって。普通、逆よね」
「お、お父さん」
なんだが眩暈がするような思いだ。そんなロマンの欠片もないようなプロポーズをしていたなんて。
「でもね。渉ちゃんに実際に会って、四人で過ごすようになって。もしかしたら、こんな家族の形もありなんじゃないかって思えたの。渉ちゃんは家族を大切にするいい子だし、お父さんも聖を渉ちゃんと同じように娘として可愛がってくれる」
茜さんは自身の胸に手を当てる。
「だから、わたしは四人で家族として生きていくために結婚したの。そりゃ、すぐに家族になれればいいんだけど、元は他人でしょ。すぐには無理でも、いつかはって思っていたから……だから。いいのよ、渉ちゃん」
わたしは、やっと理解した。
茜さんはわたしの帰りが遅くなると心配するけれど、何度嫌な態度を取られても同じように笑顔で話しかけてきた。わたしとは、まるで覚悟が違ったんだ。
再婚するときに決めたことを貫いている。すごく芯の強い女性だった。
――そんな女性なら、お父さんのことをお願い出来る。
「茜さん、ありがとうございます。勝手なことを言っていると思うんですけど、お父さんのこと、よろしくお願いします。たまに嫌いになるけど、大好きなお父さんなんです」
わたしが再び深々と頭を下げると、聖が不思議そうに声をかけてきた。
「渉ちゃん?」
「わたし、がんなんです」
声が震える。でも、最後まで言わないと。
「医者に残り一年しか生きられないって言われていて……、だから」
顔を上げると聖が大粒の涙を流していて、茜さんは変わらずに穏やかに笑っていた。
「ごめんね。わたし、知っていたの。渉ちゃんが病院に行った夜に、お父さんが話してくれて」
「そう……。そうなんですね」
よく考えたら誰かに相談しなければ、冷静でいられるはずがなかった。口止めをしたのに勝手に話したことを前なら怒っていただろうけれど、いまはそれで良かったと思っている。
ただ茜さんは落ち着いているけれど、聖はそういうわけにはいかなかった。
「え、嘘……? 嘘だよね、渉ちゃん! わたしたちをからかって遊んでいるだけなんでしょ!?」
「嘘じゃないって分かっているから、聖も泣いているんでしょ?」
「ッ! でも、だって……」
聖は眼鏡を外して涙でぐしゃぐしゃの顔をこする。わたしは再び茜さんに向き直った。
「だから、茜さん。お父さんのこと、よろしくお願いします」
「もちろん。と、言いたいところだけどね」
「え」
「今はお父さんのことより、渉ちゃんのことよね。わたしたちが出来る限り支えるから、一緒に頑張りましょう」
茜さんは横に座って、わたしの手を握る。
「でも……」
「お父さんも、わたしも、聖だって一年後もその先もずっと渉ちゃんとは家族で居たいから」
ずっと穏やかだった渉さんの眼に強い意志が見えて、涙も浮かんでいる。
「わたしも! もっと渉ちゃんと一緒に過ごしたいから!」
聖も抱き着いて来た。二人の体温がジンと染みる。
――なんだ。
この二人ってこんなに温かかったんだ。もっと早く思い出していれば良かった。勝手に決めつけていたのは、わたしの方なのかもしれない。
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