上 下
22 / 38

第二十二話

しおりを挟む

「で?」

 わたしを先頭にずんずんと進んで、駅近くにある公園の真ん中にやって来たときに振り返った。

「で?」

 山崎が首を捻る。義理の妹は終始うつむいていた。

「なんで黙っていたの」

 わたしが正面から見つめると、義理の妹は視線を横に逸らせる。

「……なんでって。何を言い返しても無駄だって、渉ちゃんだって言っていたでしょ」

 もじもじと手遊びしながら答えた。でも腑抜けた答えでは、こっちは納得しない。

「そりゃ、わたしが何言っても無駄だけど。あれだけ馬鹿にされて、何であんたまでずっと黙ってんのかって聞いているの。少しぐらい言い返さないと、どんどんつけあがっているじゃない! それとも何? 弱みでも握られて、暴力でも振るわれてんの!?」

「そういう訳じゃないけど……」

 わたしがどれだけ声を張っても、しぼんだ声しか返ってこない。本当に毎日のようにわたしと言い争っている奴と同じ人間とは思えなかった。

 陽介も見ている。いつもと違うわたしに少し驚いている様子だ。野蛮な女だって嫌われるかも。……別にそれでもいい。

 今はそれよりも沸々と湧き上がる感情をとにかく相手にぶつけたかった。

「ま、まあ、渡辺さん。聖ちゃんだって、出来ることならどうにかしたいって思っていると」

「うるさい!! あんた、邪魔!」

 間に割って入って来ようとする山崎を押しのける。

「大体ね! 友達が一人も居ない!? どう考えたって、あんたに原因があるでしょうが!」

「お、おい、渉」

 陽介も止めに入るけれど、わたしは止まらない。

 だって、わたしは知っている。

 義理の妹は確かに空気が読めなかったり、愛想が無かったりするけれど、誰とも仲良くなれないような人間ではない。現に陽介や山崎とは少しは打ち解けている様子だし、以前はわたしとも一緒に遊んでいた。

「別にあんたの周りの世界なんて知らないけれど、あんなのばっかりじゃないでしょ!? あんな奴ら、あんたじゃなくても常に見下す人間を探してんの。でも、あんたは周りの人間なんて、全員こんなもんだって勝手に大ざっぱにくくって。一人ひとりを全然見ていない! だから、ずっと一人なんでしょッ!」

「……ッ! それは、だって……!」

 顔を上げるけれど、言い返してこない。

 もしかしたら、同じような嫌がらせを繰り返されて心が冷えて固まってしまっているのかもしれない。そうした方が楽だから。

 ――わたしも、そうだった。

 中学一年生の終わり頃、わたしは学校で孤立していたのだ。

 クラスで何かトラブルを起こしたわけではない。ただ、不良の上級生から目を付けられたのだ。お前の目つきが生意気だという、単純明快な理由だった。

 確かにわたしの眼はつり目気味で、何とも思っていないのに怒っているのかと聞かれることもある。いまはメイクでカバーしているけれど、中学時代はそうはいかなかった。

 しかも、気も強い。思わず言い返してしまって、完全にロックオン。

 廊下ですれ違えば確実に罵声を浴び去られて、教室に居てもわざわざ絡みに来ていた。人気のない所に連れていかれることも、よくあった。

 そうしていると、自然とわたしの周りからは人が居なくなる。今まで仲良くしていた子たちも離れて行って、わたしは独りになった。正直もう人間なんて二度と信じない、全員敵だとまで思っていた。

 でも、ある日一冊のノートを拾う。

 名前も書いていないので中をパラパラとめくると、鉛筆で絵が描かれていた。女の子や動物の可愛らしいイラストに、わたしはついじっくりと魅入ってしまう。

 そうしていると、ノートは自分のものだと言って来る人がいた。

 それが美玖だ。わたしは渡すときに「すごいね、可愛いね」とつい言っていた。言いながら、きっと何も無かったように避けられるだろうと予想していた。わたしが接するとそういう態度ばかり取られていたから。

 だけど美玖は眼を輝かせて、「本当? 嬉しい」と笑ってくれたのだ。それを見て、なんだ全然敵じゃないじゃんって分かったんだ。

 それから絶対に大丈夫なときだけ、美玖やクラスメイトに話しかけるようにした。笑顔でわたしは敵じゃないって知らせるように。

 少しずつだけど、こわばっていた態度は優しくなっていった。

 絡んでくる上級生たちが卒業するまではぎこちない関係は続いたけれど、あのとき美玖の笑顔を見なければ、ひねくれたままだったかもしれない。

 義理の妹はあのときのわたしと同じような道を辿ろうとしている。関係ないと言えば関係ないけれど、昔の自分を見ているようで異様に苛立ったのだ。

「だって……」

「だってなによッ! ちょっとくらい戦ってみなさいよ!」

 わたしは義理の妹の襟元に掴みかかった。

「お、おい!」「ぼっ、暴力は!」

 陽介と山崎が羽交い締めにして止める。

「だって、渉ちゃん……。わたしのこと嫌いになったじゃない」

「え?」

 わたしは手を引っ込めた。義理の妹はこちらをジッと見つめたまま、ボロボロと涙を流している。

「渉ちゃんがわたしのこと嫌いになって、それがショックで、どうしたらいいか分からなくて、それで学校でも明るく振舞うとかできなくなって」

「な、なに。わたしのせいだって言うの?」

 戸惑うわたしにこの日初めて、義理の妹は声を荒げる。

「だって! お母さんたちが再婚する前までは、仲良くしてくれていたじゃないッ!」

「再婚? どういう……」「いいから」

 山崎が口を挟もうとするところを陽介が止めている。

 義理の妹は泣いたまま、言葉を続ける。

「前の渉ちゃんは派手な見た目だけど、いつもニコニコしていて、つまんないわたしとも仲良くしてくれて」

「そりゃ、昔は」

「分かっている……。お母さんがお父さんと仕事の関係者だから、わたしにも気を使っていたんだって。でも、それでも……。渉ちゃんはわたしの憧れだったの……」

 確かに再婚する前、義理の妹はわたしに会うたびに嬉しそうにしていた。言葉とか態度とかには出さないけれど、何かとわたしの隣に来たがって、よく話しかけてくる。

 そのときは本当に妹になるとは思わなかったから、わたしも妹が出来たみたいで嬉しかった。何でも話を聞いたり、ひとつ結びにばかりしていたから髪をアレンジして遊んだりしていた。

「でも、でも……。再婚した途端に、渉ちゃんがお母さんに攻撃するようになって、だからわたしが守んなくちゃって。だって、わたしにはそれまでずっとお母さんだけだったから……。大事な、お母さんだから」

 ――わたしだって、お母さんが大切だから。

 くちびるにまで出かかった言葉を、すんでのところで飲み込んだ。

 いま、初めて彼女が必死に母親を守っていることに気づいたからだ。もちろん知ってはいたけれど、わたしに対する対抗心やもっと口先だけのものかと思っていた。

 でも本当はそれより、もっと深いものかもしれない。

 それに彼女の母親は現実に居て、わたしには居ないんだ。もしかしたらわたしが守っているのは、本当のお母さんじゃなくて、わたしの心の中に居るお母さんなのかもしれない。だから守っているのはお母さんじゃなくて、――わたし自身。

 そう思うと、わたしの眼の端からも涙が流れて来る。

「なん、だよ……」

 似ているのに、決定的に違う。そんな彼女はわたしの変化に気づかずに、ボロボロと涙を流している。

「でも、学校でずっとあんなんで、友達も居なくて、ずっとひとりで、もう消えて無くなりたい……」

「聖ちゃん」

 わたしは再び間に入って来た山崎を押しのける。

「聞いてなかったのかよ。あんたは昔のわたしに会えたんだからさ、そういう人間が他にもいるに決まっているじゃん。バカ聖」

「渉ちゃん……」

 わたしはいつの間にか、泣きじゃくる義理の妹の頭を抱いていた。約一年ぶりに名前を呼ぶ。わたしが傍にいるからとは言えなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】碧よりも蒼く

多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。 それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。 ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。 これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

処理中です...