上 下
17 / 38

第十七話

しおりを挟む

 家に帰ると、外の灯りが点いている。あれ? と、後ろで声がした。

 わたしも疑問に思った。

 確か継母は仕事で遅くなるはず。だから、わたしと義理の妹の二人に外で食べて来いと言ったのではないのか。
玄関を開けると、リビングからテレビと声が漏れてきていた。

「ただ……」

 声を掛けようとする義理の妹の口を塞ぐ。わたしは話し声に耳を澄ました。

「お仕事、お疲れさま」

「ありがとう、茜さん」

 グラスとグラスがぶつかる音がする。思った通り、お父さんと継母の声だ。二人以外がいるはずがないけれど。

 わたしはそのまま身動きせずに、会話に耳を傾ける。

「渉と聖ちゃんは今頃二人で楽しんでいるかな」

「すぐに帰って来たり、別々に食べたりするかもって思っていたから安心したわ」

「ああ。心配する必要なかったな」

 和やかな雰囲気にわたしは、眉間にしわを寄せる。

 まるで、二人で計画したみたいな――

「渉ちゃんが、わたしのことはいいから、せめて聖とだけでも打ち解けてくれたらと思ったけれど」

「苦労をかけるね。でも、きっと昔みたいに……」

「昔みたいにって、何!?」

 我慢できずに、靴を脱ぎ散らかしてリビングに飛び込んだ。

 二人が言っている昔なんて、せいぜい一、二年のことで大した昔じゃない。

「渉」「渉ちゃん」

 ソファで座っていた二人ともすごく面食らっているけれど、わたしは詰め寄っていく。

「仕事で残業するからって嘘だったの!?」

 いまの会話はそうだとしか思いない。

「嘘までついてッ、ゴホッゴホゴホッ!」

 大きな声を出したせいか、咳が出て来る。

「大丈夫、渉ちゃん」

 継母がわざわざ立ち上がって、わたしの肩に触れて来た。

「触らないでよッ!」

 触れられる前に腕を振り上げて、払いのける。

「あ! またお母さんに!」

 だけど遅れて入って来た義理の妹が、代わりにわたしの肩を掴んだ。振り返って睨みつけたので、義理の妹はビクリと震えてすぐに離れる。

「あんたも、グルだったの?」

「な、何が?」

「あんたもこいつとグルになって、わたしに嘘をついたのかって聞いてんの!」

 バシッ

 思いっきり声を張り上げた瞬間、頬に衝撃が走った。

「茜さんにこいつだなんて」

 わたしの頬を叩いたのはお父さんだ。怒っているというより、悲しそうな顔をしている。

 最初は何が起こったのか分からなかった。けれど、ジンジンと叩かれた頬の中心から熱さが広がっていく。

 手を挙げた理由も分かる。わたしが口で言っても絶対に謝ったりしないからだ。でも叩かれたからと言って、絶対謝ろうなんて思わない。

「なによ! そもそも、あっちがわたしの嫌がることを仕掛けて来たんじゃないッ!」

 継母を睨むと、お父さんの後ろでただオロオロしているだけだ。お父さんだって反抗されると思わなかったのか、すぐに言葉は出てこない。

「今日だって! 本当なら陽介と二人だけで過ごすはずだった!!」

「……陽介?」

「それなのに、うじゃうじゃ邪魔者ばっか出て来て! それが嫌いな奴のせいなのに、なんでわたしが叩かれないといけないの!?」

 思う限りの声を張り上げた。喉の奥から熱いものがこみあげて来て、また咳も出てきそう。目頭が熱い。

「わたしには無駄な時間なんかないんだからッ!」

 限界だった。これ以上、この人たちの前に居たくない。

 わたしはリビングを飛び出て、階段を駆け上がった。そのまま自分の部屋へ駆け込む。思い切りドアを叩きつけて閉めて、ベッドにダイブした。

 ぎゅうっと目をつぶると、端から涙がこぼれ出て来る。

 わたしだって出来ることなら怒ったり、叫んだりしたくない。

 それでも、大事にしたいと思っているものを大事に出来ないようにしてくる人たちに優しくなんて出来るはずがなかった。

 しばらく灯りを付けずに枕に顔をうずめたまま、叫びを押し付ける。足もバタバタさせていると、遠慮がちなノックの音がした。

「渉」

 お父さんの声だ。ドアを開けようとはしない。

「……なに」

 無視しても、ずっとドアの前にいるかと思って小さな声で返事をする。

「ごめんな。叩いたりして、カッとなっても叩くのはいけないよな。腫れてないか? 氷持ってきた」

 わたしは身体を起こした。けれど、ドアを開けようとは思わない。泣いていていたことがバレるとダサい気がしたから。

「……大丈夫」

「聖ちゃんから聞いたよ。彼氏いるんだってな。友達とも仲が良くて、どの人もみんな優しかったって。渉のことだからそれほど心配していなかったけれど、すごく安心したよ。ほら、再婚してから家に友達呼ぶこともなかったし」

「……そう」

「出来れば彼氏を紹介して欲しいと思ったけれど」

「するわけないじゃん。この前、付き合い始めたばかりだし、……どうせ別れるし」

 つい食い気味に口走った。お父さんは理由を聞かずに、そうかと寂しくつぶやく。

「……茜さんが悪いわけじゃないんだ。父さんがどうしても渉と家族が仲良くして欲しいって思ったんだ。それには、どうしたらいいかって茜さんに聞いて、それなら自分抜きなら上手くいくんじゃないかって言われてさ。だから、まずは多少強引でも聖ちゃんと渉と二人で過ごしたらいいと思って。今日のことを提案したのは父さんなんだ」

 わたしは黙って耳だけを傾けていた。

「渉に彼氏がいるとか思いつきもしなくてさ。確かに渉ぐらいの年頃なら、放課後は家族より恋人と過ごしたいよな。……でも、ごめんな」

「どうして謝るの?」

 お父さんの言い方は、叩いたことや嘘をついていたことに謝っているわけじゃないと思った。

「これから渉は長い時間をかけて、病気の治療をしていかなきゃいけないから。それなら、尚更家族との仲を修復した方がいいと思ったんだ」

「治療……」

 医者の話をちゃんと聞いていなかったわたしは、ほとんどイメージ出来ない。でも、わたしが分かっていないことをお父さんはちゃんと分かっていた。

「渉は嫌がるだろうけれど、四月から病院に入院することになったから」

 ――四月から。思考がまるで冷水を浴びたように、うまく働かない。

「入院って、すぐ退院できるよね……?」

「ごめんな、渉」

 えっと……、それはつまり女子高生終了ってこと?

 あと一年は生きられるはずなのに……?

 病院に入院したら、もちろん陽介や美玖たちにも会えなくなる。みんな、病院なんかより遊んでいたいに決まっている。それにがんの治療って言ったら、髪の毛が抜けちゃうんじゃないの。制服だって取り上げられて、病院着やパジャマを着せられる。

 そんなの――

「お父さんッ!」

 絶対、嫌だ。わたしは立ち上がって、ドアを思い切り開けた。

「わっ! なに?」

 だけど、そこに居たのは義理の妹だった。いつの間にかお父さんが一階に降りて、その入れ替わりに義理の妹が上がって来たのだろう。

「……酷い顔しているけれど大丈夫?」

 酷い顔って、どんな顔だよ。そう思ったけれど、文句を言う気力も出なかった。

「……何でもない」

 不思議そうな顔をしていたけれど、義理の妹は自分の部屋に入っていく。

 わたしはそのまましゃがみ込んだ。あと、一か月。もうすぐ春休みにもなるし、それよりも短い。医者に余命宣告されたときよりも、ずっとダメージを受けている自分がいた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

おっぱい揉む?と聞かれたので揉んでみたらよくわからない関係になりました

星宮 嶺
青春
週間、24hジャンル別ランキング最高1位! 高校2年生の太郎の青春が、突然加速する! 片想いの美咲、仲の良い女友達の花子、そして謎めいた生徒会長・東雲。 3人の魅力的な女の子たちに囲まれ、太郎の心は翻弄される! 「おっぱい揉む?」という衝撃的な誘いから始まる、 ドキドキの学園生活。 果たして太郎は、運命の相手を見つけ出せるのか? 笑いあり?涙あり?胸キュン必至?の青春ラブコメ、開幕!

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

入社した会社でぼくがあたしになる話

青春
父の残した借金返済のためがむしゃらに就活をした結果入社した会社で主人公[山名ユウ]が徐々に変わっていく物語

処理中です...