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第十五話

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「面白そうじゃん。それで? モデルって言っても何をすればいいわけ? 変な要求は当然断るけど」

「あ。えっと、渡辺さんは普通に生活してくれればいいよ。たまに僕と話してくれて、やりたいことをしてくれれば」

「ふーん」

 まあ、そうだよね。何か凝ったことをしたとしても、嘘のわたしになってしまいそうだ。それではわたしをモデルにする意味はないだろう。

「あ。あと渡辺さんだけじゃなくて、二人も付き合ってくれるとありがたいな」

 山崎は陽介と義理の妹の顔を交互に見る。

「いいぜー。渉がやる気になっているし、面白そうじゃん」

 予想通り、すぐに陽介は笑って承諾した。

「あの、……わたしも?」

 義理の妹は困ったように自分を指さす。しかし、山崎は当然のように頷いた。

「もちろん! えっと、渡辺さんの親戚の子なんだよね。名前聞いてもいい?」

「聖です」

「聖ちゃんか。できれば、少しでも渡辺さんと関わりがある人には協力して欲しいな。もちろん、やりたいことリストにも!」

「え、そ、そっちにも……? わたしは高校生じゃないし……」

「いや山崎。ほら、この子も別に暇じゃないし」

 さすがにわたしも口を出す。今日だけならまだしも、これからも関わるなら義理の妹だと分かってしまうかもしれない。

「だけど、今日だけじゃ詳しい話を聞けないと思うんだ。それなら、やりたいことをいざ実行するときに話を聞けば一石二鳥だろ? それとも、部活とかで忙しい?」

「塾があるよね!」

 思わず勢いよく言ってしまった。

「塾って言っても夜だけだし、毎日はないだろ。な! 聖!」

「は、はい……」

 陽介に笑顔を向けられて、ほんの少し頬を染めて頷く義理の妹。

 いや、そこはわたしに合わせろよと心の中で毒づく。そもそも渋っていたんじゃないの。なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。わたしはもう口を出すことを辞めよう。

 テーブルに頬杖をついて、グラスを傾けた。

「じゃあ、協力してくれるってことでいいよね。えっと、まずは言い出しっぺの僕のやりたいことを……」

 山崎はなんだか律儀そうな文字で、『渡辺さんをモデルに小説を書くために、いっぱい会話をする』と書いた。やりたいことと言うより、やらなきゃいけないことじゃないのか。

 でも、小説で賞を取るとか百万部売れるとか目標を立てても、わたしが生きている内にはまず叶わないだろう。

「じゃあ、そうだな。オレは南の島でスキューバダイビングする!」

 陽介がとても楽しそうなことを言いだした。

「でも、それって、夏にってことだよね?」

 さすがに春の今には行けないだろう。

「うーん。ギリギリ、行ける?」

 わたしと陽介って、その頃には別れていそうだ。友達としてなら、余命も半年あるし行けるだろうけれど。

「行こうよ!」

 夏休みに旅行なんて、一番難色を示しそうな山崎が乗り気だ。高三の夏だと受験の追い込みがあるんじゃないのだろうか。

 ここまで来ると、この山崎は本当に一年同じ教室で過ごした、あの山崎なのか疑わしくもなって来た。

「わたしは、お金ないし……」

 わたしたちはバイトをすればいいけれど、さすがに中学生の義理の妹は無理。お小遣いを溜めるのにも限度がある。

「オレが立て替えようか?」

「そんな大きなお金を立て替えてもらうのは……」

「親にお年玉を前借するとか」

「……それもちょっと」

 陽介と山崎がうんうんと唸って、妙案を捻りだそうとしている。

 だけど、ハッキリ言ってその頃どうなっているか分かるもんじゃない。陽介とわたしの関係もそうだけど、山崎だって何だかんだ受験が忙しくなるだろう。そもそも義理の妹だって、わたしと旅行に行きたいなんて思っているはずがない。

「まあ、いいじゃん。お金のことは後で考えれば」

「そうだね。みんなで考えれば、きっとどうにか出来るよ」

 山崎は先送りの意見を真面目にとらえているけれど、わたしは考えるつもりもないし、どうにかなる必要もない。

「じゃあ、聖ちゃん。やりたいことリスト三つ目を考えてくれる?」

「えっと、……思いつきません」

 義理の妹が、しばらく考え込んで出した答えは何ともつまらないものだ。

 わたしはスマホを取り出して、いじり始める。あんまり無関心を決め込むと印象が悪いから、宮古島の画像を出して陽介に見せた。陽介も海が綺麗だと笑っている。

「何でもいいんだよ。えーと。思いつかなかったら、ほら! 前にやったことだけど、もう一度やってみたいこととか!」

 山崎だけが必死に義理の妹から意見をもらおうとあがいている。

「昔、やって楽しかった。一緒に……」

「え、なに?」

「えっと、お! 美味しいものが食べたいです!」

 ずっと俯いていた義理の妹が少し声を張って顔を上げた。

 わたしも驚いて、スマホから視線を移す。三人の視線が集中していることが恥ずかしかったのか、義理の妹はすぐにまた下を向いた。

「えっと、特別食べたいものはないんですけど……」

「いいじゃん! 美味しいもの。ファミレスの料理もいいけど、オレももっといいもん食いたい!」

 優しい陽介がすぐに同意してくれる。

 美味しいものが食べたいのは別にいいのだけれど、何か具体的に食べたいものを言えよと、どうしても心がひねくれているわたしは思ってしまう。

「うんうん。きっと楽しいよね。何を食べるかは、今度考えよう」

 これ以上義理の妹をせっついても何も出てこないと思ったのか、山崎はこれまた先送りにしてしまう。これでは、すぐに取り掛かれるのは山崎の小説だけじゃないか。

「じゃあ、最後に渡辺さん。やりたいこと教えてよ。何でもいいよ! 富士山に登りたいとか、お姫様みたいなドレスを着てみたいとか、宇宙旅行とかでも!」

 どうして、わたしとはかけ離れたことばかりを並び立てるのか……。

「やりたいこと、ねぇ」

 正直って特別やりたいことなんてない。陽介のように行きたい場所も、山崎のようになりたいものも、食べたいものだってない。

 いまが充実している。安いファミレスの料理で満足だし、放課後は近い街に遊びに行ければいい。可愛い服だって、あれば嬉しいけれど、女子高生なら制服があれば最強だ。

「じゃあ、また遊園地に行きたいかなー」

 両手の指を重ねて、うーんと伸びをする。

「遊園地? えっと、もっとこう特別なところじゃなくていいの? ピラミッドとか、万里の長城とか。あ! オーロラ見ると人生観変わるって言うよ!」

 山崎は少し前のめりで言う。

「なに? わたしの人生観変えた方がいいって?」

「い、いや。そういうわけじゃ……」

「大体二人は割と現実的なのに、どうしてわたしのだけ、そんな夢みたいな話ばかりしてんの? ああ、小説のモデルの為?」

 どうにも山崎の熱の入れ方が二人とは違う。病気のヒロインは大きな夢を持っている方が都合もいいのだろう。

「ち! 違うよ! モデルはもちろん等身大の渡辺さんじゃないと」

「ふーん。でも、山崎言っていたじゃん。前にやったことだけど、もう一度やりたいことでいいって。隣の県のあの遊園地。小学校のときに行ったけれど、身長足りなくて全然乗れなかったんだよね。だから、また行ってみたいかなーって」

「そ、そっか。うん。渡辺さんが本当にやりたいことなら」

 山崎は納得したように頷く。

 遊園地に大して思い入れはないけれど、いまはこれで十分だろう。


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