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第十話
しおりを挟む次の日の朝。一緒にご飯を食べようと思ったけれど、お父さんは早朝出勤をしていて一階に降りたときにはもういなかった。
「渉ちゃん、朝ご飯の卵は目玉焼きがいい? スクランブルがいい?」
継母がジャーからご飯を盛りながら言う。
「……いい。要らない」
「ちょっと、お母さんがせっかく」
テーブルで目玉焼きを食べている義理の妹が文句を言おうとするけれど、わたしはさっさと背中を向けて玄関に向かった。
まさかお父さん抜きで仲良く食卓を囲むはずがない。それなら、コンビニでパンでも買った方がましだ。わたしは学校最寄りの駅に着くと、近くのコンビニに入る。紙パックのオレンジジュースとウインナーが挟んでいるパンを買った。
お腹が空いていて、学校に行くまで待てなかった。コンビニを出たところで袋を開ける。大きな口でかぶりついた。ウインナーにはマスタードがたっぷりかかっていて、ピリリとしていて美味い。ジュースを飲んで、もう一口食べようとしたときだ。
「渡辺さん?」
あぐりと口を開けたまま、視線だけを声のした方に向ける。そこには制服のネクタイをきっちり締めている山崎が立っていた。
秘密を知っていると言われたことを思い出し、思い切り顔をしかめる。正直言って、朝から見たくない顔だ。
「なに?」
「えっと、おはよう」
わたしは返事をせずにパンに再びかぶりつく。
無視をされているのに、めげずに山崎は話しかけて来た。
「それ、朝ご飯? もっと栄養バランスがいい物を食べた方がいいんじゃない? 渡辺さん、これからが大変なんだし」
無視をしているのに山崎は近づいてくる。大変とはもちろん闘病のことだろう。上手く誤魔化したと思ったのに、昨日の嘘を信じていない。
私は残り三分の一になったパンを全部口に押し込んで、少ない咀嚼で無理やり飲み込む。
「あのさ。わたし、陽介と付き合っているんだよね」
「ああ。宮野くん。うん、知っているよ」
山崎はそれがどうしたとばかりに平然と言う。
「だから、もし仮にわたしが病気だとしても、力になるっていうのは彼氏の陽介の役目だと思うんだよね」
言いながら自分でそれはないなと思う。
何年も付き合っている恋人ならまだしも、陽介はついこの間付き合いだしたばかりだ。それに新しい彼女に困らない陽介はそういう面倒なことを嫌うだろう。
「でも、宮野くんは渡辺さんの秘密を知らないんじゃない? きっと、渡辺さんは言えないよね」
少しだけ目を開いて動揺してしまう。
山崎の言う通りだった。言えば陽介はすぐに離れて行く。
だから、言わないし、言えない――。
図星を指されて、わたしは山崎を下から睨みつけた。
「だから何? 自分が支えになるって? 医者でも何でもない、あんたが? 何をしてくれるっていうのさ」
「それは……」
言いよどむ山崎にやっぱりねと思った。
「つまりあんたは、わたしが病気で心も弱っているだろうから、誰でもいいから頼りたいんじゃないかと思っている。例え頭がいいだけのダサい自分でも、わたしみたいな尻軽そうなギャルならなびいてくれるんじゃないかって」
「そんなことは……」
山崎は気迫に押されるように、語尾を小さくする。
「馬鹿にしないでよ。金輪際、わたしに近づかないで」
わたしはゴミ箱にゴミを乱暴に放り込んで、大股で学校に向かった。
本当に馬鹿にしている。あれじゃ、まるで分かりやすい他人の悲しみに群がって来るハイエナのようだ。
病気になったからって、悲しんでなんかやるもんか。
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