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第六話
しおりを挟む放課後になると、わたしは心を弾ませて陽介の元に行く。
「遊びに行こう、陽介!」
「おう!」
二人で手をつないで、教室のドアに向かった。途中で自分の席に座っている山崎がこっちを見ていることに気づく。何か言いたげな視線だ。
だけど、話す必要なんて一ミリもない。陽介の顔を下から覗き込んで言う。
「わたし、買い物したいな」
「いいよ。駅前の方に行こうか」
学校を出たわたしと陽介は電車に乗り、この辺りでは一番大きな駅に向かった。
電車の中でも、駅ビルの中に入っても、わたしと陽介は指を絡めて歩く。道を行く人たちがすれ違うと、みんなが振り返った。
みんな、陽介を見ているのだ。顔がいいのはもちろん、普通の学生とはどこか雰囲気が違う。尖ったところがほとんどない。実際、怒ったところなんて見たことがないし、歩いているだけで柔らかい雰囲気が伝わるのだろう。
陽介がちょっと笑って、わたしに話しかけるだけで中年のおばさんも頬を染めてこっちを見ていた。そんな陽介の大きな手に包まれているだけで、どんなにぶしつけな視線を向けられても最高の気分だ。
「どっちの色がいいと思う?」
コスメを取り揃えている店で、二つのネイルのビンを陽介に見せた。どちらも新色でパステルな水色と柔らかいオレンジ色だ。
「んー」
陽介は顔を近づけて見比べる。
「こっちだな。オレの渉のイメージに近いから」
指をさしたのはオレンジのビンだ。
「ふーん。じゃあ、どっちも買おうっと」
「じゃあ、聞くなよー」
笑ってわたしの頬を軽くつまむ陽介。確かにどっちも買うけれど、きっと陽介がわたしっぽいと言っていたオレンジ色の爪をしていることが多くなるだろう。
でも、それは気づいてくれるまで内緒だ。
ネイルを買ったあとも、二人で買いもしないのにショップで服を見て回る。アクセサリーも透明なショーケースに置かれていて、華奢な指輪も飾ってあった。銀色の星があしらわれたシンプルなものだ。思わずジッと見てしまう。
「指輪欲しい?」
「う、ううん。こっちのネックレスを見ていたの。ほら、猫の。可愛くない?」
わたしは指輪じゃなくて、隣に飾られているネックレスを指さした。
「渉に似合いそうじゃん。買ってやるよ。この前バイト代入ったし」
「やった! 陽介大好き!」
すみませんと、陽介が店員を呼ぶ。わたしはこっそり横目で指輪を見た。ネックレスも可愛いけれど、本当はこっちの方がわたしの好みだ。
だけど、指輪は特別なものだと思う。自分で買ったこともないし、過去の恋人にも貰ったことはない。他のアクセサリーに比べて、指輪はなんだか拘束力が強い気がする。
もちろん貰った方だけじゃなく、あげた方も縛られる。
陽介はそういうの全然気にしないのかな。
ネックレスを手に会計をしている陽介の横顔を見る。陽介の欲しいと聞いたときの声は、指輪を買うのに抵抗はない気がした。もしかしたら、元カノたちにはプレゼントしていたのかも。気にしないタイプだから、別れたらすぐに次に行けるのだろう。
――わたしには無理かな。いろんな意味で。
「ほら、付けてやるよ」
陽介の手には、購入したばかりのシャラリとした鎖のネックレス。値札を外してもらったようだ。わたしが背中を向けると、横向きの猫のペンダントトップが胸の前に来る。
「どう? 似合う?」
わたしは笑って、陽介を振り返った。
「うん。よく似合う。じゃあ、行くか」
わたしたちは、また手をつないで歩き出す。
少し動くたびに微かにネックレスが揺れた。指輪ほどきつく縛られるわけじゃない。わたしたちには、これぐらいの関係が心地よいのかもしれない。
エスカレーターで一階上に昇ると、陽介がふと足を止めた。
「そうだ。本を見に行っていいか?」
「いいけど。陽介、本なんて読むの?」
丸一年同じクラスで過ごしたけれど、本どころか教科書を読んでいる姿を見たことがない。それは、わたしも同じだけれど。
「本っていうか漫画。いま追いかけている漫画が単行本出ているはずなんだ」
陽介はよく教室で友人たちと少年漫画の話をしている。アニメ化もして、わたしも名前を知っているぐらい有名なやつだ。わたしたちは書店の方へと向かう。
「オレ、すぐに買ってくるから、適当に時間つぶしていてよ」
「うん」
陽介は心持ちウキウキしながら、漫画のコーナーに向かった。わたしはその間に雑誌でも見ようかと移動する。すると、あるものが目に入った。
そこには書店員がおすすめの小説を紹介している棚が置かれている。文庫本が平積みにされて並んでいて、いたって普通の書店での光景だ。
だけど、わたしは不快感に眉間にしわを寄せた。並んでいるうちの一冊を手に取る。
そこには『三百六十五日後に死ぬ彼女。』とタイトルが書かれていた。表紙には透明感のあふれる絵で、黒髪の女の子が涙を浮かべつつ微笑んでいる。
「何これ」
すぐそばには切ない物語を集めてみましたと、手作り感のあるポップが置かれていた。
見ているだけで、むかむかと胃から生温かい液体がこみあげて来るようだ。気に入らないところはたくさんある。
まずタイトルの時点で、あまりに直接的すぎた。内容を想像しやすそうにしているのだろうけれど、もっと湾曲な言い方はなかったのだろうか。裏のあらすじを読んでみると、予想通り孤独な少年が病に侵された少女と出会う話だった。
もう一度、ひっくり返して表紙を見る。ヒロインの少女はいかにも清純そうで、いかにも儚いイメージの女の子だ。守ってあげたくなるような可愛げのある女の子。
わたしとはまるで正反対だ。
「こんなの……」
本を持つ手に力がこもり、表紙の女の子の顔がわずかに歪む。
――こんなもの幻想だ。
医者は間違いなくわたしに言った。病は人を選ばない。
でも、この本の女の子は、いかにも病に選ばれたような気がする。若くして病に選ばれる人間は、儚くなくてはならない。清純でなくてはならない。
多くの人が居抱くであろう、身勝手な偶像を体現しているような気がした。
でも、現実にはわたしみたいな人間だって病に侵される。例えギャルでも、継母や連れ子と上手くいってなくても、彼氏と付き合い始めたばかりでも。
わたしがどこの誰でも、何も関係ない――
「どうした、渉?」
「わっ!」
突然肩にあごを乗せられて、思わず大きな声を出してしまう。あまりに意識が飛び過ぎていた。
「びっくりしたー」
あごの主は当然陽介だ。背の低いわたしの肩にあごなんて乗せているから、かなり背中を丸めている。そのまま、視線をわたしの手元に落した。
「なに? 小説なんて読むの、渉」
「え。あ、ああ。うん。たまにはね……」
本当はたまにも読まない。
でも、どうしてこの本を手にしているか聞かれたら、すごく返事に困る。
「その本、面白そう?」
「う、うん。ちょっと手に取っただけだけど。えっと、買って来るね!」
これ以上話を長引かせてボロが出ない内に、わたしは別に欲しくもない文庫本を買いにレジに向かった。
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