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第三話

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 ご飯を食べ終わると、お風呂に入る。着替えも置いているからトレーナーとジャージに着替えて、おじいちゃんにおやすみなさいを言って二階に上がった。

 階段を上がって、すぐ右の部屋はお母さんの部屋だ。

 そっとドアを開けて電気を付ける。

 この部屋は、お母さんが大学に進学するまで使っていたらしい。淡いピンクのカーテンに、小花柄のベッドシーツ。ベッドの脇にはうさぎのぬいぐるみも置いてある。

 他の小物を見ても、可愛らしいものばかりだ。ここに入るといつもお母さんらしいなと思う。わたしがよく使うからと、おじいちゃんがこまめに掃除している。

 まるで、今もここで暮らしているみたいだ。

 お母さんはわたしが小学三年生のときに交通事故で亡くなった。可愛いものが好きで、毎日わたしを可愛い髪型にしてくれたし、可愛い服を着せていた。

 家に帰るといつもひまわりみたいな笑顔で迎えてくれたお母さん。

 わたしも、お父さんも、そんなお母さんが大好きだった。

 まさか、こんなに早くわたしの方がお母さんのところに行くことになるなんて――

「こういうのって美人薄命って言うんだっけ。ははっ、違うか」

 ベッドに仰向けに転がり、指を折って数えてみる。

 あと余命一年ということは、大体高校を卒業するまでぐらいは生きているということだ。

 いまは高校二年生の三月。

 一年ぐらいは治療をしなくても普通に生活できるだろう。たぶん。

 だから、一応高校卒業の単位ぐらいは取れるだろう。たぶん。

 勉強する必要なんてない気がするけれど、学校には行きたい。あと一年とはいえ、学校の友達と同じ女子高生でいたい。授業とか全然聞いていないし、学校に行くのも面倒だけど、同じ空気からひとりだけ追い出されるのは嫌だ。

 それに陽介と付き合いだしてから、まだ一月も経っていなかった。

 二週間ほど前のバレンタインの朝。

 わたしは登校してきた陽介に、みんなが見ている教室でバレンタインチョコを差し出した。朝一番にそんなことをしたのは、誰にも先を越されたくなかったからだ。

 チョコはもちろん本命。古典的な告白だけど、わたしと付き合ってという言葉も添えた。

 成功率は、せいぜい二割だと思っていた。

 宮野陽介は、とにかくモテる。

 高校に入ってからの歴代の彼女はみんな美人だった。わたしは陽介の元カノたちに比べると美人じゃないというか、普通というか。メイクで可愛くはしているけれど、やっぱりナチュラル美人とはどこか違う。

 それでも陽介はいつもの人好きのする笑顔で、いいよ、付き合おうかって言ってくれた。

 わたしはすごくはしゃいで、友達の美玖みくに抱き着いた。クラスの子たちも祝福してくれる。

 その中には、自分も陽介に告白しようとしていた子もいただろう。

 でも、妬みは一切なかった。なぜなら陽介は付き合いだすのも紙風船のように気軽なら、別れるのもあっという間だからだ。

 美人の元カノたちですら三か月と持たないのだから、たまたまタイミングよく告白したわたしなんて、一か月もしない内に振られると思われているんじゃないかな。

 もちろん、わたしの方は出来る限り長く付き合いたいとは思っている。

 ――でも、ちょうど良かったのかもしれない。

「仮にがんばって長く付き合って別れても、陽介ならすぐに新しい彼女が出来るよね。わたしが居なくなる頃には、綺麗さっぱり忘れられているかも。それまでは、わたしも楽しく過ごそうっと」

 病人扱いされることなんて、全く望んでいない。執着のない陽介だから、気兼ねなく付き合える。その後は忘れてもらった方がよっぽど良かった。

 わたしは今が楽しければ、それでいいんだ。




 朝になると、おじいちゃんが作ってくれたおにぎりを食べる。わたしが好きなおかかのおにぎりだ。

「ところで、渉ちゃん。じいちゃんに何か話しだったんじゃないか?」

「え。なんで?」

 少しだけドキッとする。

 病気のことをまだ話すつもりはないけれど、おばあちゃんを同じがんで亡くしているおじいちゃんなら何か感じ取ったのではないかと思った。

「昨日、来たのは七時頃だっただろ。いつもはもっと遅い時間になるじゃないか。遊んで遅くなって、家に帰りづらいからって」

 なんだ。別に病気のことが分かったわけじゃないみたい。

 わたしは出来るだけカラッと笑って言う。

「別に理由なんてないよ! ひとりで暮らすおじいちゃんのことが気になっただけ。まあ、家に帰りたくないってのもあるけどさ」

 すると、おじいちゃんが小さくため息をつく。

「もう一年も経つのに」

「何年経っても一緒だから。あー。でも家に一回帰んないと、ちゃんとメイク出来ないんだよね」

 メイク道具は持ち歩いているけれど、最低限のものだけだ。学校に行く気合を入れるためには一度家に帰らないといけない。時計を見ると、もう七時半を回っている。

 わたしは残っていたおにぎりを口いっぱいに頬張った。

「じゃあ、おじいちゃんごちそうさま! 行ってきます!」

 鞄を掴んで、おじいちゃんの家を慌ただしく出た。

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