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第十話 海の家
しおりを挟む出発から一時間。雪花たちは白砂が眩しいビーチにたどり着いた。
左右に伸びた白い砂地は、鳥が羽を広げているように見える。波打ち際には穏やかな白い波が押し寄せては引いていた。
「うぉぉぉ! 海!」
勇樹は海に向かって走り出した。子供っぽい行動だなと思う雪花。詩帆が勇樹に向かって叫ぶ。
「こら、勇樹! もう約束の時間が過ぎているんだからね!」
思ったよりも移動に時間がかかった。すぐに荷物を持ってバイトをする海の家に向かわなければならない。
「ごめんね。ああいう性格の子だから。一週間、よろしく頼むよ」
ニコニコと笑顔を絶やさずに勇樹の父親は車に乗って去って行った。
「それじゃ、行こうか。えーと海の家いくつかあるみたいだけど」
荷物を持って雪花は葉瑠を振り返る。
「あ。あの海の家シラハマって書いている建物がそうだよ」
葉瑠の指さす方向には、白い板の壁で出来た平屋の大きな建物が建っていた。景観を損なわない程度に存在を主張している。
「なんか、結構おしゃれで綺麗じゃない?」
夏の間しか使わないだろうから、もしかしたら掘っ立て小屋のようなところかもしれないと雪花も思っていた。想像していたものより綺麗な場所で安心する。
「褒めてくれてありがとう。みなさん、よく来てくれたね」
四人以外の声がする。振り返ると二十代後半ぐらいの日に焼けた男性が立っていた。
「あ。正彦さん」
葉瑠が名前を呼ぶ。
「紹介するね。今日からお世話になる海の家のオーナーの正彦さん。わたしのいとこ」
葉瑠の紹介に雪花たちは「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「よろしくね!」
正彦は白い歯を見せてニッカリと笑んで見せた。まさに爽やかな海の男といった風情だ。
「早速だけど、まず向かうのは海の家じゃなくて、君たちが宿泊するところ。夏の間だけマンスリーで借りているところだよ。荷物を置きに行こう」
正彦に続いて、マンスリーマンションまで四人でぞろぞろと海辺の道を歩いていく。
じりじりと日差しが肌を焼くが、海風が吹いて体感的にはそれほど暑くはなかった。まだ朝の時間帯だからかもしれない。
「俺たちどんな仕事をするんですか?」
簡単に自己紹介をした後、勇樹が正彦に尋ねる。
「そうだな。昼食のかき入れ時は、調理をする厨房と料理を運ぶホールをお願いするよ。それ以外の時間は浮き輪なんかのレンタルもしているから、それの受付かな。どれもまずはやり方を教えるし、簡単な仕事だよ」
正彦の説明を聞いて雪花は厨房がいいなと思う。無愛想な自分に接客は向いていないだろう。
しかし、そんな雪花の考えは知らずに詩帆が抱き着いてくる。
「雪花! わたしと一緒にホールしよう!」
思っていたことと真逆なことを提案されてしまった。
「え。なんで」
「だって、わたし料理とかしたことないから、厨房は無理だし。それに雪花と一緒がいいし」
「わたしも、詩帆と一緒がいいけど……」
「じゃあ、決定!」
はしゃいでいる詩帆を見ると強く嫌だとは言えなかった。それに詩帆と一緒だと嬉しいのは本当のことだ。二人の話を聞いて、勇樹は元気に手を上げる。
「俺も、俺も! 雪花さんとホールする!」
「あ。出来れば男の子には厨房に入って欲しいかな。重い荷物を運ぶこともあるし」
勇樹の希望は正彦さんにバッサリ却下される。しゅんと肩を落とすが、勇樹はそれでも嫌だとは言わなかった。
海の家から歩いて約五分。
海岸沿いから一筋路地に入ったところに、アルバイトたちが宿泊するためのマンスリーマンションがあった。メゾネットタイプのようで、一階と二階に分かれている。
「上が女の子の部屋で、下が男の子の部屋。他のアルバイトの子たちは地元の子たちばかりで、ここには泊まらないんだ。君たち四人だけで大丈夫かな」
正彦は主に勇樹の顔を見る。
「まあ、勇樹なら大丈夫っしょ」
詩帆が勇樹の肩を叩いた。勇樹は勇樹で「まーな」と軽く返事した。それって男としてなめられているんじゃないかなと思ったけれど、雪花は言わずにおいた。
「じゃあ、三十分後にシラハマに戻ってきてね」
正彦は葉瑠に鍵を渡して、来た道を戻って行った。
「雪花、葉瑠。入ってみよう!」
「うん」
玄関を開けて中に入る。
「狭いけど、結構綺麗じゃない」
詩帆が中を見渡して感想を述べる。一階はフローリングのワンルームで、風呂もキッチンもある。湯沸かしポットやお皿などの家具も最低限のものが揃えられていた。
女子三人で荷物を抱えて階段を上がる。
「あ。ベランダから海が見える」
雪花は荷物を床に置いてベランダに近づく。
木が植えられている隙間から海が少しだけど垣間見ることが出来た。隣に詩帆と葉瑠も並んで、窓を開ける。潮風が心地よく部屋の中に吹き込んできた。
「……いい気持ちだね」
風に髪を揺らしながら葉瑠がつぶやく。
「うん。いいところ」
「ねっ! 連れてきてくれて、ありがとうね、葉瑠」
詩帆にそう言われると照れたように葉瑠は少しだけ顔を伏せた。
「おーい。二階はどんな感じだ?」
一人一階に残っていた勇樹が階下から登って来た。そこに詩帆が立ちはだかる。
「ちょっと! 二階は女子部屋! 男子は進入禁止!」
「いや、修学旅行じゃないんだから、ちょっとぐらいいいじゃん!」
「ダメ! ほら、降りなさいよ!」
詩帆に追い出される勇樹には悪いが雪花はつい笑ってしまった。この詩帆と勇樹とのやり取りも定番になって来た。横を見ると葉瑠もクスクス小さく笑っている。
なんだか楽しい夏になりそうだ。雪花の心は弾んでいた。
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