85 / 153
シルフ編
第85話 シルフの正体
しおりを挟むシルフが居なくなると、空にいた人たちも降りてきて、慌ただしく動き出した。
「けが人を手当てするんだ!」
「灯りをつけろ!」
わたしがホムラで灯りをつけたとはいえ、まだ十分な明るさじゃない。
続けてホムラに命令して、村の人が持った松明に火を付けていった。
「あなた! 大丈夫!?」
一人の男の人が、肩を抱えられて家の中に入っていく。
お腹に大きな傷を受けていて、血がしたたり落ちていた。
大変な大けがで、心配だ。だけど、わたしが出来ることは――。
「薬草をかき集めろ!」
みんな、家の中から薬品を持って出て来る。子供たちもまだ家の中からだけど、心配そうに大人たちの動向を見つめていた。
「あ! ザックお兄様、わたしは何を」
「家から薬草や包帯を持ってこい!」
「はい!」
ルーシャちゃんも家へと薬草を取りに行った。こういうとき、回復魔法があればいいんだけど。でも、精霊はいてもこの世界には魔法はない。
わたしも大けがをした人は無理だけど、傷ついた人の手当てをした。
「みな、なんとかさらわれずに済んだようじゃの」
「長老」
振り返ると杖をついた長老が歩いてきていた。
どこかから見守っていたのだろう。
「ユメノ、イオ」
「え、は、はい!」
名前を呼ばれて、わたしとイオは長老の前へと走った。
「あれがシルフの影の一つじゃ」
「影の一つ?」
すごく嫌な言い方だ。それでは、まるで……。
長老はこくりと頷く。
「そう。シルフの影は一つではない。四つに分かれておる」
「それは……初耳です。一体が次々に襲ってくるのだと思っていました」
わたしとイオだけじゃない。ザックさんも知らなかったみたいだ。
長老の話にみんな、手を止めて耳を傾けている。
ルーシャちゃんも話を聞くためにわたしの横にやって来た。
「はじめて話したからのう。シルフの影は元々一つじゃった。それが三百年前、闇に包まれ五つに分かれてしまったのじゃ」
「ん? 五つ? 影は四つじゃないの?」
「一つは倒されちゃったとか?」
わたしとエルメラが聞くと、長老はしわくちゃの手の平を前に出す。
「まぁ、話を聞きなされ。シルフの影の正体は風そのもの。実態のない風は倒すことは出来ぬ。ただ、捕まえることは出来るじゃろう」
「風を捕まえる……」
そういえば、以前サラマンダーがノームを完全に倒してしまったら天変地異が起きるって言っていた。シルフでもきっと同じだろう。
「それが、サラマンダーやノームならば出来るとわしは考えている」
なるほど。強い火で追いやったり、土の檻に閉じ込めたりしたらいいんだ。
「うん! 出来そう。だよね、イオ」
顔を見上げると、ああとイオも頷いた。シュルカさんが難しそうな顔をして言う。
「もしかして、だから精霊の王たちが訪れしとき、シルフが目覚めるのですか」
長老が話していた村に伝わる話だ。
しばらく、長老は黙っている。だけど、口元をニヤッとさせた。
「その通りだよ」
「ん?? 今の長老の声?」
さっきよりも若々しくて、とても老人が話すような声じゃなかったような――。
周りが不思議に思っているのが、面白いのか長老はさらにニンマリと笑った。
なんだろう……。
「今こそ、目覚めのときだ」
風が吹き荒れる。さっきの禍々しい風と違って、爽やかで優しい風だ。
その中心にいるのは長老。
なんだけど……。
長老が緑色の光に包まれる。それはすぐに収縮された。
「長老?!」
そこに立っている。ううん、浮かんでいるのは長老じゃなかった。
肩までの緑色の髪に、背中には妖精のようなガラス細工の羽が生えている。
身長はわたしよりちょっと低いぐらい。
つまり子供の姿だ。長老だったシルフはその猫のような瞳を細める。
「僕の名はシルフ。風の精霊の王だ」
「シルフだと!?」
「まさか、長老が!?」
村人たちは騒めき立つ。わたしたちですら、呆然としているぐらいだ。一緒に暮らしていた老人が、まさか精霊だなんて思わない。
「まさか、長老が精霊だったなんて……。確かにずっと元気だと思っていたけど」
ルーシャちゃんもびっくりして目を見開いている。
「長老、長老って言うけれど何歳だったの?」
「……知らない」
つまりずっと昔から長老として、この村にいたんだ。
もしかしたら、だからシルフの気配が村に漂っていたのかもしれない。
「なんだなんだ! シルフよ! その姿は!」
そこに、わたしの精霊石からサラマンダーの声が響き渡る。ノームもイオの精霊石から口を出した。
「随分と小さくなりましたね」
「さっき言っただろう。五つに分れたときに縮んでしまったんだ。唯一、自我が残った僕はこの村で子孫たちを見守っていたってわけ」
シルフはすっかり長老の口調じゃなくなっている。
「ところで、二人はどう思う? 三百年前のことを」
「うむ。吾輩の身に何か起こったことは間違いないが」
「わたしの元に突然黒い花が現れたのも三百年前です」
サラマンダーとノームがそう言うと、シルフははぁとため息をついた。
なんだろう。二人は事実を言っただけに思えるけれど――。
「そうじゃなくて、もっと具体的なことがあっただろう。三百年前、なくなったものがある」
シルフは天を指さす。わたしは自然とその先を見つめた。
夜空にはたくさんの星が瞬いている。都会の街の光なんて、この世界にあるはずもないから、いつでも満点の星空だ。
そう、いつでも――。
「ああッ! 月がない!!」
思えばこちらの世界に来てから、一度も月の姿を見たことがなかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
GREATEST BOONS+
丹斗大巴
児童書・童話
幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。
異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)を生みだし、規格外のインベントリ&ものづくりスキルを使いこなす! ユニークスキルのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅する、ほのぼの異世界珍道中。
便利な「しおり」機能、「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です!
異世界子供会:呪われたお母さんを助ける!
克全
児童書・童話
常に生死と隣り合わせの危険魔境内にある貧しい村に住む少年は、村人を助けるために邪神の呪いを受けた母親を助けるために戦う。村の子供会で共に学び育った同級生と一緒にお母さん助けるための冒険をする。
【1章完】GREATEST BOONS ~幼なじみのほのぼのバディがクリエイトスキルで異世界に偉大なる恩恵をもたらします!~
丹斗大巴
児童書・童話
幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。
異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)とアイテムを生みだした! 彼らのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅するほのぼの異世界珍道中。
便利な「しおり」機能を使って読み進めることをお勧めします。さらに「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です! レーティング指定の描写はありませんが、万が一気になる方は、目次※マークをさけてご覧ください。
冒険者ではない、世界一のトレジャーハンターになる!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」宝船竜也は先祖代々宝探しに人生を賭けるトレジャーハンターの家に生まれた。竜也の夢は両親や祖父母のような世界1番のトレジャーハンターになる事だ。だが41年前、曾祖父が現役の時代に、世界に突然ダンジョンが現れた。ダンジョンの中でだけレベルアップしたり魔術が使えたりする上に、現れるモンスターを倒すと金銀財宝貴金属を落とす分かって、世は大ダンジョン時代となった。その時代に流行っていたアニメやラノベの影響で、ダンジョンで一攫千金を狙う人たちは冒険者と呼ばれるようになった。だが、宝船家の人たちは頑なに自分たちはトレジャーハンターだと名乗っていた。
少年騎士
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。
大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。
takemot
児童書・童話
薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。
「シチュー作れる?」
…………へ?
彼女の正体は、『森の魔女』。
誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。
そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。
どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。
「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」
「あ、さっきよりミルク多めで!」
「今日はダラダラするって決めてたから!」
はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。
子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。
でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。
師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。
表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
フシギな異世界体験とウサギさんとの約束
金美詠 ᴋɪᴍ ᴍɪʏᴇᴏɴɢ
児童書・童話
六花はかくれんぼの最中に森でまいごになっていると、フシギなウサギさんと出会います。
そしてそのウサギさんがかしてくれた本がとてもすごいのです。
六花が、異世界ファンタジーで王子さまと結婚する貴族のお姫さまのお話が読みたいと言ったら、その本は本当にそのお話を実体験させてくれたのでした!
でも、本を見るためにウサギさんとある約束をしたのですが、ある日六花はその約束をやぶってしまうのです。
約束をやぶったまま入った本の世界では、王子さまはやさしい王子さまではなくなっていました。
そしてさいごに知るそのウサギさんの正体とは────
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる