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ノーム編
第61話 サラマンダーの怒り
しおりを挟む青い宝石の壁で囲われている部屋を赤い閃光が満たす。
ミラーの花びらが光にかき消されて、わたしは床に落下していく。
「よくやったぞ! ユメノ!」
床に叩きつけられる前に、サラマンダーが現れた。暖かくも、すべすべした背中に乗っている。なんとか肩に刺さった宝石を抜いて、態勢を立て直した。
「サラマンダー、よかった。何もされていなさそうね」
「そもそも吾輩は精霊石から出てもおらぬ。それより、その肩を早く治療しなくては」
肩からは血が出ていて、ズキズキと痛む。精霊石を抱えたエルメラがそばに飛んでくる。
「ユメノ、大丈夫? これ、精霊石だよ」
「大丈夫! これぐらいへっちゃら!」
わたしは二人にニッカリ笑って見せる。
「では、ユメノ。あの者を片付けてしまうから、安静にしているがよい」
サラマンダーは鼻先を宝石の精霊の王へと向けた。あれほど余裕ぶっていたのに、サラマンダーに睨まれると脂汗をかいているように見えた。
余裕を見せてサラマンダーが鼻息荒く笑う。
「ふふん。分かっておるのであろう。自分は所詮、土の精霊の王の眷属。四大精霊たる吾輩の炎に敵いはしないとな」
眼光を鋭くしているサラマンダーは、ゴロゴロとのどを鳴らして口の中に炎を溜めている。
「ねえ、宝石が炎で溶けるの?」
炎と宝石。エルメラの言う通り、宝石の方が強そうに思える。
けれど、わたしは知っている。
「普通の炎じゃ溶けるはずがない。でも、サラマンダーは何千度ものマグマを行き来している。それが出せないとは思えない」
「何千度……」
ごくりとエルメラが息を飲んだ。
「よく知っておるな、ユメノ。その通り。そして、宝石はそのマグマが結晶化したものである。つまり、お前を溶かすも固めるも吾輩の思うがまま」
準備は整ったようだ。ゴロゴロと鳴く音が止まった。
だけど、宝石の精霊の王は冷静な口調で話しかけてくる。
「……お前たちの目的はノーム王に会うことだろう。交渉してもよいだろうか」
悪くない条件だと思った。無用に戦う必要はない。
けれど、サラマンダーの腹の虫は収まらなかった。
「そんなもの、自ら探してみせるわ!! それよりよくも我が友、ユメノを傷つけおったな!!」
「ひいぃぃ! サラマンダーがめちゃくちゃ怒っている!」
一気に部屋の気温が煮えたぎった気がする。
サラマンダーは身体を震わして、大きな口から白い火の玉を吐き出した。宝石の精霊の王は宝石でガードしながら横に大きく飛ぶ。
だけど、ガードに出現させた宝石も、その後ろの壁の宝石も、ドロドロに溶けてしまった。外の青い空までが見える。
「逃がさぬぞ!」
サラマンダーは火力を弱めることなく、宝石の精霊の王に向けてブレスを吐き続けた。宝石の精霊の王は宝石で足場を作って逃げていく。
「吾輩に限ってスタミナ切れなどないぞ!」
追いかけて、ブレスは追い続けるサラマンダー。次々に足場を溶かしていく。
宝石の精霊の王は天井近くにまで上がっていった。
それ以上、上には行けず立ち往生している。
「追い詰めたぞ! 食らうがよい!」
ポウッ
そんな音がした。サラマンダーの口から白い火の玉が噴き出る。確実に宝石の精霊の王を捉えていた。そう、思ったけれど――。
「どんな宝石も、わたしの思うがままだ」
宝石の精霊の王は天井に手をかざした。
すると小さな宝石に砕けていき、ガラガラと地面に落下する。天井には小さな丸い穴が開いた。宝石の精霊の王は、するりと身を滑らせる。
「逃がすか!」
「わっ!」
サラマンダーは大きく火を天井に吹いて、その中に突進した。背中に乗っているわたしもそのまま、ダンスフロアから上の階へと移動する。
火の中を通って出てきたそこは、神々しい光に満ちていた。
「なに? ここ?」
明らかにこれまでの場所とは違う。
「ユメノ! あれ、妖精の樹だよ!」
エルメラが前を指さす。そこには黄金に輝く大木がそびえたっていた。
以前見た枯れた妖精の樹ぐらいの太さがある。
妖精の樹に間違いない。だけど……。
「なに? あの花?」
妖精の樹の幹や枝には大きな黒い花が巻き付くように咲いている。
五枚の花弁の花は神々しい光を打ち消すような黒いもやを放っているように見えた。どこかで見たことがあるもやだと感じる。
「よくもここまで来たものだ」
わたしたちが妖精の樹に注目していると声がした。少し高い声。
「……ノームか」
サラマンダーが唸り、妖精の樹の前にいる人物を睨みつけた。
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