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25人の妖精〜第十五章〜

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「橘陽平失踪事件に関して面白いネタが上がってきた。」
鏑木さんは田所さんとふたりきりになるとそう言った。
「何がわかったんです?」
「防犯カメラの映像から犯人はカメラの位置を特定して映っている。」
「ということは?」
「天界警察本部に内通者がいる…。」

「あー暇だなー。」
陽平君は魔界でどこかの部屋に閉じ込められていた。すずちゃんを助けに降りた魔界とは違って空気が綺麗で川も流れていた。
「橘様、お食事です。」
魔界と天界をミックスしたような人が入ってくる。
「相変わらず穢がないですね。」
「橘様に召し上がっていただく以上徹底的に管理しております。」
そう言って女性は頭を下げる。女性は真っ白なお面を被っている。
「そのお面ってなんなんですか?」
「私の身体の皮膚は鱗で全て覆われています。お目汚しのないようにと上からは言われています。」
上がいる…陽平君はそう思った。ここから逃げるにしても情報は不可欠だ。
「今使われている魔界の門っていくつあるんですか?」
「そのようなことにはお答えできません。」
「天界にも仲間がいますか?」
「お答えできません。お食事が終わった頃にまた参ります。」
そう言って女性は部屋を出て鍵をかけた。
ここに来て大体2週間になる。最初、魔界の門をくぐった時、嫌な魔界の気配はしたものの、後は天界と変わらない世界だった。
目隠しをされて縄でしばられてトラックの荷台に積まれて運ばれた。
時間にしておよそ1時間半だ。
時計や警察手帳などは全て没収され、着替えが用意された。
部屋の中をグルグル回るとキラリと光る場所がある。監視カメラだ。
魔界の住人がこんな高度な文明を持っているとは初耳だ。生きて帰れるとは思わなかったが、ここで骨を埋めるような気もしなかった。ただただ時間が過ぎていく。
「せめて蹴鞠でも出来たらなぁ、身体もなまるよ…。」
そう呟いた。皆は大丈夫だろうか?そう思った。

「ここいら、一帯が全て魔界の住人の居住区です。」
「政府で認めてませんよ。」
「噂が噂を呼んでこの規模まで拡大したそうです。先日も近所の体操教室に魔界の住人が紛れ込んでいたそうです。」
隣町の町長が話す。
「前々から噂はあったんですよ。それが一連の騒動があって取り上げられたんです。魔界のハーフやクオーターもいますよ。」
「それは無理やりにと言うことですか?」
「いえ、お互いに相思相愛のようですよ。」
魔界の住人と結ばれている人がいる…。天界警察はその話題で連日持ち切りとなった。
魔界の住人の居住区があることも、前代未聞のことだった。神官課から連日、神官が派遣された。街の中には魔界のような穢も妖気もない。街の人間全てを収監するわけにもいかない。斗歩長官は頭を悩ませた。

「学さん、学さん!!旦那様がいらっしゃってますよ!!」
鹿児島中央の神社では学さんが泣き続けていた。
「旦那様…。」
「お仕事中に申し訳ないです。陽平の話を聞かせてほしくて。」
「陽平はまだ生きてますよ!!昨日、易者に見てもらいましたから!!ただ魔界の住人化してる可能性はありますが…。」
そう言って学さんはまた泣いた。
「ほんの少し前まで確かにここにいたんです。それなのにそれなのに…。」
学さんは悔しがる。
「鏑木さんが仰るには天界警察から直接連れて行かれたそうなんです。しかし、何故陽平なのか…。」
旦那様が話す。
「陽平はいままで魔界の住人と第一線で戦ってきました。魔界の住人から恨みも買っていることでしょう。」
そう言って学さんは泣いた。
「魔界に連れて行かれたなんてどんな目に遭わされるか…。」
「祈りましょう。陽平は無事に帰ってきます。」

天界の旦那様のお屋敷の妖精たちは草間さんから勉強を教わっていた。
「はい。ここわかりません。」
「学校では質問する時、手をあげるんですよ。では、もう一回。」
「はい。ここわかりません。」
「分数ですね。こことここはまだ約分出来ますよ。もう一度考えてください。皆さん頑張ってますので後10分したらバドミントンしましょうね。」
「わーい!!」
「やったぁー!!」
「なんか学校って大変なんだねぇ…。」
颯君が愚痴る。
「友達いっぱい作って遊びに行くところだと思ってたー。」
さつきちゃんがそういう。
「確かに学校は勉強するところですがそれ以上に人間関係は大事ですよ。一生の友達ができることもあります。さあ、あと7分です。頑張りましょう。」
「はーい。」
「ねえ、草間さん。草間さんは旦那様が好きなんでしょう?」
「そうですね。そう思った時期もあります。」
「今は好きじゃないの?」
「私にも今は恋人がいます。来年には結婚するんです。秘密ですよ。」
「颯君は口が軽いからなあ…。」
皆がそっちを見る。颯君はハハハと笑ってドリルを続ける。
その時、マリアちゃんがうっかりテレビのリモコンのスイッチを押してしまった。
「では、この警官が行方不明ということなんですね。」
「一説によりますと魔界に連れて行かれたとのことです。」
「皆さま、大人だからといってひとりで行動しないようくれぐれも気を付けてください。それではお天気情報です。」
「この警官って…。」
「陽平君…。」

「あームカつく、なんでだよ、なんでだよ!!」
藤崎は天界警察で柱を殴っていた。
「やめろって。」
市松が止めに入る。
「こないだ鹿児島土産受け取ったところなんだぞ…それが何で…。」
「それがさ、鏑木さんたちが言ってたんだけど天界警察本部に内通者がいるらしいぞ。」
「それ本当か?」
「ふたりきりで話してたからたぶん本当だよ。」
「橘って最近、魔界の住人から手紙もらって困ってるって言ってたもんな。」
藤崎と市松は考える。
「何か橘と繋がるもの…。」
「何かあるはずなんだよなぁ…!!」
「あ!!」
「そうか!!」
「とりあえず今日は宿舎に帰ってから話そう。」

「すみませーん。すみませーん。」
陽平君は防犯カメラに向けて話した。
「お水かお茶が欲しいんですけどー。すみませーん。」
ガチャンと鍵が開く音がした。
ガラガラと配膳車にお茶やワイン、ビールなどが積まれている。
「魔界の住人は皆が飢えているんじゃないんですか?」
「9割型はそうです。」
「じゃあ、これって政府がずるいとかそういうことですか?」
「我々は政府ではありません。」
「へー。」
陽平君は、貰います、と呟いてお茶を手に取った。相変わらず穢れはない。
「この食べ物は天界から来てるんですね。」
「それは…。」
「会社名と住所書いてありますからね。僕の推論にしか過ぎませんが天界が成長するにあたり魔界の住人を下請けに使ってるんじゃないかと思うんです。」
「お答えできません。」
「あなたは嘘をつく時、足を揃える癖がある。」
「?!」
「暇なんでお話しませんか?」
そう言って陽平君は笑った。

「タツから連絡は?」
「マヤ、まだだ。」
「アイリーンはどうしてる?」
「最近張られた結界を解いてる。それが、結界師と祈祷師の合せ技らしくてかなり手間取ってる。」
「魔界の住人だって天界の子供なんて食べたくないよ…。」
「言うな。そういう文化のもと育ったんだから…。」
「次の作戦まで後何時間ある?」
「7時間だ…。」
「身体を休められる人は休めるように。武器の点検は怠らないように!!」
「はい!!」

「では、貴女はここで働くようになって7年目なんですね?」
「違います。10年目です。」
陽平君は配膳車を押してきた女性に酒を勧めて話し込んだ。
「ここではどんな仕事があるんです?」
「お答えできません。」
「じゃあ貴女はなんの仕事をしているんです?」
「私は配膳車の点検と配膳です。」
「じゃあ他の人はなんの仕事をしているんですか?」
「お答えできません。」
「他の希望職種は何だったんです?」
「ええと…。」
ドアがガタンと開く音がした。
「何してる!!早く戻りなさい!!」
「僕が引き止めたんですよ。すみません。ついでに蹴鞠とかありませんか?」
「上と相談してくる。お前は何をやってるんだ!!早く戻れ!!」
そう言って男性ふたりと女性は戻った。
男性は銃を持っていた。たぶん配膳に来る女性は一番下の階級なのだろう。
壁をコンコンと叩く。薄い壁があった。破ったところで同じような部屋が続いているだけかもしれない。もしくは自分のように天界から連れてこられた人がいる可能性もある。
女性と話してわかったのはあの防犯カメラには音声を聞き取る機能はないらしい。
それでもここからでる方法が浮かばない。
陽平君はフーっとため息を付いた。

「旦那様!!テレビに陽平君が!!」
「行方不明だって!!」
「大丈夫なの?!」
「ニュースを見てしまいましたか…。」
「魔界に連れて行かれたって言ってたよ!!」
「陽平君、大丈夫かな?!」
小さい子たちが泣き出してしまった。
「とりあえずお夕飯を作ります。話は後です。」
そう言って旦那様は手洗いうがいを終えて夕飯作りに取り掛かった。

「学、いい加減いい大人が泣くものではないですよ。」
「放っておいてくれよ、一色。」
「では繕いものでもしますか?ここに居る以上働かないと。」
「明日からまた厩舎と庭の掃除に戻るよ。それでいいだろう?」
「陽平君は帰ってきますよ。」
「アイツのことだ、きっと生きて帰ってくる。それでも不安なんだ。」
「親の心子知らずといった所ですね。」
「目に入れても痛くないな。」
そう言ってふたりは笑った。

「後3分…。」
「5、4、3、2、1。」
中央政権の建物を支えている柱が爆発した。ドーンと音がして建物がガラガラと崩れていく。
「代表を探せ!!生きたままだ!!」
マヤがスピーカーから叫ぶ。

「今の音ってなんですか?」
「今、確認してまいります。」
陽平君は蹴鞠は許可されなかったが話し相手をつけてもらえる事になった。天界警察での鏑木さんと田所さんの話をして盛り上がっていたところだった。
ガチャンと音がして鍵をかけられた。
「あーあ、またひとりかぁ…。」
陽平君はわざと大きめの声で話す。隣に誰かいるなら聞こえているだろう。
しかし依然として気配はない。
どうもこの部屋だけがプレハブのように建てられているらしい。それにしては頑丈だ。地下かもしれない。しかし、それほど壁はひんやりしない。一か八か壁を破ることも考えたがこれ以上拘束が酷くなるのはごめんだ。
「中央政権の別館が爆破されたようです。」
「この建物と繋がってるんですか?」
「いえ、爆薬の量が多くてこの辺まで揺れが届いたようです。」
その時、陽平君はドアが開いていることに気づいた。
「もう少し詳しく教えて欲しいんですけど。」
そう言って女性を引き寄せた。とんっと首を叩き失神させる。カメラは動いている。
とりあえず陽平君は走った。通路には男の人がいた。後ろから飛び蹴りを食らわし銃を奪う。
「これまた渋い銃だなぁ…。」
陽平君は追っ手を撃ちながら走った。どうやらここは地下だったらしい。上の建物にでる。遠くで建物が火の手を上げながら燃えている。
現政権に対する反乱組織なら味方についてくれる気がした。
「橘様ー!!お待ち下さい!!」
陽平君は走った。

宿舎では、藤崎と市松が話していた。
「流鏑馬の橘!!」
「しか浮かばないんだよなぁ~。」
「だから何って感じかなぁ~。」
「でも全国区で有名なのは流鏑馬だろう?その腕前をなにかに使いたいんだろうな。」
「魔界に降りるか?」
「それは止めた方がいい。すぐに妖気に当てられるぞ。」
「橘って妖精の出だもんなぁ…。」
「妖精の出って言っても俺等より少し長く妖気に当てられないだけだぞ。」
「何か俺等に出来ることはないのかなぁ?」
「友達想いなのは結構だが足を引っ張ることにもなりかねんぞ。」
斗永さんがいた。
「敬礼!!」
「そういう堅苦しいのは好きじゃないんだ。橘なら戻ってくるぞ。あいつはお前らが考えるより賢いし運も強い。必ず帰ってくる。」
そう言って斗永さんはタバコを1本吸った。
「ここ禁煙…!!」
「甥っ子の手本にならないといけなくてな、携帯灰皿を持つようになったんだ。」
そう言ってタバコの火を消した。
「橘が戻ってきたらまた会おう。」
そう言って斗永さんは立ち去った。

「橘様ー!!お戻りを!!妖気に当てられてしまいます!!」
そう言って担当していた女性陣が追ってくる。
「橘ー!!待てー!!」
外で警備していた男の人も追ってくる。
しかし陽平君は足が速い。あっという間に爆破された施設にたどり着いた。
「天界の者なんですが保護して頂けませんか?」
そう言って微笑む。
「証拠はあるのか?」
マヤが戦車から顔を出す。
「流鏑馬の橘だ!!」
そう言って驚く。
「天界まで手引する。中に入れ。」
そう言われて陽平君は戦車の中に入った。
「いや~芸は身をたすくって言いますもんねー。」
「お前、本当に橘か?」
「そうですけど何か?」
「橘ってもっとこうキリッとピシッと…。」
「そんなんで365日暮らせるわけ無いじゃないですか?試しに弓があれば引きますよ。」
「構わん。天界の人間に恨みはない。目標は捕捉したな。ラボに戻るぞ!!」
そうして戦車は走り去った。

「橘を逃がしたか…。」
「申し訳ありません!!」
「まだ手はあります。レジスタンスのアイリーンをさらいなさい。あの娘は天界とのクオーターだ。穢れはない。」
「はい!!」
そう言って何人かの魔界の住人が走っていった。

「穢れのない部屋?」
「何か真っ白で衛生的で食事も天界から届くんです。それにしても穢れのない野菜ですね。」
「地下から組み上げた水で育てているからな、種は天界から仕入れているけども。」
「もしかして田民商会さん?」
「そう言えば流鏑馬の橘は天界警察でもあったな。」
マヤが銃を構える。
「スバルは天界警察から脳に爆弾を仕掛けられたんだ。恨みを晴らさせてもらう。」
「僕を殺したところで爆弾は取れませんよ。それより施設を見せてください。天界でここの野菜が販売出来るように後押しします。」
「本当か?!」
「どっちにしろ、僕も天界警察の問題児なもので。」
陽平君はハハハと笑う。
「ついてこい。施設を見せてやる。」
そう言ってふたりは席を立った。

翌日、陽平君はアイリーンに会った。天界とのクオーターとは聞いていたが腕に鱗が多少ある程度だ。その時、陽平君は良く分からないふわふわした気持ちになった。この人ともっと話したい。そう思った。
「アイリーンは祈祷師の末裔なんだ。優秀なんだよ。」
そう言ってマヤは笑った。
「そこまでこの人を信頼していいものなの?」
「橘は味方じゃないけど味方になればいつだって仲間を守るために最前線に出てくるんだから悪いやつじゃないよ。」
そうしてその日の夜、橘陽平は魔界と天界の門をくぐったところを群馬の天界警察に保護され、天界の祈祷を受けた。
東京へ帰ると皆が泣きながら迎えてくれた。
そうして陽平君は今、魔界で起きていることを話した。神官は半分創作だろうとたかを括っていたが陽平君の口ぶりに事態の深刻さに気づいた。
「今、正しい魔界の住人と繋がっておけば、もう天界の子供に手を出されることはありません。」
陽平君は力強く断言した。
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