【完結】変わり身

九時千里

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卒制

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卒制が始まった。
俺は院生になるための勉強と卒制を同時にこなしていった。
沖田の卒制は始まった頃から皆が写真を撮ったり動画を撮ったりしていた。
それでも沖田はブレなかった。
いつも通りキャンバスに触れてニコニコと笑った後で薄く溶いた油絵の具で下描きをする。
4年間共に過ごして、俺達は沖田から沢山の物をもらった。
沖田は今日もニコニコしながら、
「後5ミリ、後1ミリ…。」
と、ミリ単位で作業を進めていた。

大学の図書室から出たところで神坂と会った。
「石松君に相談があるの…。」
俺はキタキタキターと思いながら二枚目ぶった。
近所の喫茶店に移り、神坂と話した。
神坂は長い間だんまりを決め込んでいたが、俺が、
「卒制もあるんだよなぁ…。」
そう言うとせきを切ったように話始めた。
その内容は実に乙女だった。
大学の入試の時、お腹が痛くて試験を諦めかけていた時、沖田が痛み止めをくれて試験監督と話してくれたこと、帰りに目があった時に微笑みかけてくれたこと、大学で再会して涙が出るほど嬉しかったこと…。
なるほど。ふたりは出会うべくして出会ったのか…俺はこんなベタな恋愛を沖田と神坂が繰り広げているとは思わなかった。
「でも、まさかそんな天才だとは思ってなくて…。」
「俺も最初はそう思ったよ。」
「でしょう?そんな凄い人だったなんて…。」
そう言って神坂はうつ向いた。
「沖田君が好きだけど自分が邪魔になったらどうしようかとか、彼の才能に嫉妬しないだろうかって思うと告白出来なくて。」
俺はメロンソーダを飲み干して、神坂の目線に合わせて話した。
「人の名前を覚えるのが苦手な沖田が、神坂だけは覚えてるんだ。可能性はあるよ。」
そう言って俺は伝票を持ってレジに向かった。
「うまく行ったら奢ってくれよ~。」
決まった!!俺はそう思った。
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