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探せば探すほど、最初に求めた姿形と異なる奇形が浮かび上がる。人生もきっと様々なものを見て最初の姿を見失うのだ。
「先生。先生!!」
未宙の前には吉村という編集者がいた。
「寝ないで書いてたんですか?」
未宙はさてこの状況はなんだろう、そう思った。
昨日の夜、作品を書いていたことは覚えている。しかし、書き上げることもなくベッドに入るわけでもなく夜を過ごした。
いつの間にか寝てしまったのか…。
先生とはどういう事だろう…。とりあえず吉村を部屋から追い出して着替えをして髪を整えた。大ちゃんが歯磨きをしながら吉村と話している。ツムギが吉村を威嚇する。
「大ちゃん、先生って何なのかしら?」
「昨日も説明したと思うんだけど忘れるんだね。」
大ちゃんは歯磨きを終えてツムギを捕獲する。
「母さんが所属することになった出版社の吉村さん。」
大ちゃんが医大生になって3ヶ月が過ぎた。勉強が大変になっていく中、彼は必ずお茶を淹れてくれる。それは飲む人のためと言うより、彼自身の心を落ち着けるためのものなのだと最近は分かってきた。
「作品のことは覚えてるんだね。」
そう言って大ちゃんはツムギを撫でる。
「えぇ…そうなのよ。」
「櫻川出版の吉村ですー。」
吉村さんは小綺麗な青年だった。
「ちょっと待ってくださる?」
そう言って未宙はメモを取り出す。
昨日の日付を確認して何をしていたかメモを取ってある。
「母さん、無理なら書かなくてもいいんだよ。」
大ちゃんは不安そうにそう言う。
「ああ、そうね。吉村さん。昨日お約束してたのよね。」
「近所のスターバックスで、待ち合わせでしたがいつまで待ってもいらっしゃらないので改めて今日の朝来ました。」
「電話してくだされば…。」
「しましたよ。何十回も。」
未宙はスマートフォンを開き着信を見る。ああ、やってしまった…そう思った。
「母さん、俺はもう出るから。吉村さんと話しにファミレスとか入るならラインして。」
大ちゃんはリュックを担いでツムギに手を振って出掛けていった。
「さて…。」
吉村が咳払いする。
「もし、連載を持っていたら大失態ですよ。」
未宙は萎縮する。
「うちの大原が絶対売れるって言い切ったんですからね。クビ覚悟ですよ。」
吉村はまだ若手だからか言葉を選ぶことなく事実を淡々と述べる。
未宙はカーディガンを羽織って吉村と近所のファミレスに移動した。
「まだまだ連載するには文章が荒削りなんです。」
「はぁ…。」
やっぱりただの主婦が小説家になるなんて夢物語なのだな、改めて思った。
しかし吉村は力強く、
「先生の良さは文章の瑞々しさです。少女のような儚げな文章が魅力なんです。」
そう言って目を輝かせた。
未宙は頷く事も否定する事もできず、言葉に詰まった。
瑞々しさ…。確かに作品は大学時代から成長していない。
「逆に洗練された文章とはどういう物を指すんでしょうか。」
「今、現役で活躍されてる方でしたら大地蓮先生とか片桐陽一先生とかオススメですね。」
「お二人とも芥川賞作家ですよね。」
「そうですね。第一線で活躍されてる方たちです。」
「小説家って皆、芥川先生のような方ばっかりなのでは?」
「そんな事ないですよ。多種多様な方たちです。」
そう言って吉村はスラスラと現役作家の話を連ねていく。
未宙はぼんやりとその話を聞きながら豊岡の事を思い返していた。
先輩ほどの人なら。
私がそんなに凄い文章を産み出せると言うのだろうか、未宙は思った。
「先生もいつかは文壇に立てる日が来ると思います。」
吉村はひとしきり話して黙り込んだ。
「精進させて頂きます。」
そう言ってふたりで作品についての意見を交わした。
「大輔ー。」
大学には大ちゃんの姿があった。この県では大学は山の方に集中していて若い人が街には集まりにくい、そんな構造をしていた。
「どうした?松永。」
「昨日の大日川教授の授業取ってる?」
「取ってるけど…。」
「ノート貸してくれよ。寝ちゃったんだよー。」
そう言って松永は嘆く。
「俺も家から通える大学にすれば良かった…。」
「ふーん。」
「疲れても外食するわけにもいかないし、洗濯も自分でしないといけないし。」
大ちゃんはいつもそのくらい自分でしているけどなぁ、という言葉を飲み込んだ。
「松永さぁ、赤ちゃんってどう思う?」
「うーん。可愛いかなぁ。」
「それが医学部の学生の回答かよ。」
そう言って大ちゃんは伸びをする。
「人類の神秘だよなぁ。」
「小児科になるのか?」
「それなんだけど産科にはなれそうにないんだよね。」
「なんで?」
「出産が主な仕事内容かと思ってたら婦人科の勉強内容が多くて。あんまり婦人科の勉強が好きじゃないんだよねぇ。」
「へーそうなんだ。」
「小児科は医師は少ないからね。まあ給料は安いって言うけどさ。」
「大輔でも悩むんだな。」
「松永、それどういう意味?」
「ほら、大輔って生協行くときも決めてから行くじゃん。新商品とか出ててもスルーするし。」
「目に入らないだけだよ。」
そう言って大ちゃんは水筒のお茶を飲んだ。
吉村と未宙はファミレスでひとしきり話したあと駅にいた。
「来月、いえ、それより前にまた来ます。パソコンかFAXを出来れば導入してください。」
吉村は最後までコンコンと話した。
未宙はそれを見ながらキツツキを思い出した。笑わないように自分を制しながら吉村を見送った。
吉村を見送ったあと、ひとりになって未宙は駅に何をしに来たのかわからなくなった。
やっぱり変わったことをしてはいけなかったのだ。いや、変わったこととはなんだろう。
大ちゃんからスマートフォンに着信があった。
「母さん、近所のサイゼリヤにいないけど、どこ行ったの?」
ああ、大ちゃんは今日は講義は午前しか取ってなかったと言っていたなぁ、未宙はぼんやりそれを思い出せた。
「駅にいるんだけど何番の路線バスか、わからなくて。」
未宙は駅に何故いるのか分からなかったことを隠した。
「迎えに行くから駅ビルにいて。また連絡する。」
そう言って電話は切れた。
「先生。先生!!」
未宙の前には吉村という編集者がいた。
「寝ないで書いてたんですか?」
未宙はさてこの状況はなんだろう、そう思った。
昨日の夜、作品を書いていたことは覚えている。しかし、書き上げることもなくベッドに入るわけでもなく夜を過ごした。
いつの間にか寝てしまったのか…。
先生とはどういう事だろう…。とりあえず吉村を部屋から追い出して着替えをして髪を整えた。大ちゃんが歯磨きをしながら吉村と話している。ツムギが吉村を威嚇する。
「大ちゃん、先生って何なのかしら?」
「昨日も説明したと思うんだけど忘れるんだね。」
大ちゃんは歯磨きを終えてツムギを捕獲する。
「母さんが所属することになった出版社の吉村さん。」
大ちゃんが医大生になって3ヶ月が過ぎた。勉強が大変になっていく中、彼は必ずお茶を淹れてくれる。それは飲む人のためと言うより、彼自身の心を落ち着けるためのものなのだと最近は分かってきた。
「作品のことは覚えてるんだね。」
そう言って大ちゃんはツムギを撫でる。
「えぇ…そうなのよ。」
「櫻川出版の吉村ですー。」
吉村さんは小綺麗な青年だった。
「ちょっと待ってくださる?」
そう言って未宙はメモを取り出す。
昨日の日付を確認して何をしていたかメモを取ってある。
「母さん、無理なら書かなくてもいいんだよ。」
大ちゃんは不安そうにそう言う。
「ああ、そうね。吉村さん。昨日お約束してたのよね。」
「近所のスターバックスで、待ち合わせでしたがいつまで待ってもいらっしゃらないので改めて今日の朝来ました。」
「電話してくだされば…。」
「しましたよ。何十回も。」
未宙はスマートフォンを開き着信を見る。ああ、やってしまった…そう思った。
「母さん、俺はもう出るから。吉村さんと話しにファミレスとか入るならラインして。」
大ちゃんはリュックを担いでツムギに手を振って出掛けていった。
「さて…。」
吉村が咳払いする。
「もし、連載を持っていたら大失態ですよ。」
未宙は萎縮する。
「うちの大原が絶対売れるって言い切ったんですからね。クビ覚悟ですよ。」
吉村はまだ若手だからか言葉を選ぶことなく事実を淡々と述べる。
未宙はカーディガンを羽織って吉村と近所のファミレスに移動した。
「まだまだ連載するには文章が荒削りなんです。」
「はぁ…。」
やっぱりただの主婦が小説家になるなんて夢物語なのだな、改めて思った。
しかし吉村は力強く、
「先生の良さは文章の瑞々しさです。少女のような儚げな文章が魅力なんです。」
そう言って目を輝かせた。
未宙は頷く事も否定する事もできず、言葉に詰まった。
瑞々しさ…。確かに作品は大学時代から成長していない。
「逆に洗練された文章とはどういう物を指すんでしょうか。」
「今、現役で活躍されてる方でしたら大地蓮先生とか片桐陽一先生とかオススメですね。」
「お二人とも芥川賞作家ですよね。」
「そうですね。第一線で活躍されてる方たちです。」
「小説家って皆、芥川先生のような方ばっかりなのでは?」
「そんな事ないですよ。多種多様な方たちです。」
そう言って吉村はスラスラと現役作家の話を連ねていく。
未宙はぼんやりとその話を聞きながら豊岡の事を思い返していた。
先輩ほどの人なら。
私がそんなに凄い文章を産み出せると言うのだろうか、未宙は思った。
「先生もいつかは文壇に立てる日が来ると思います。」
吉村はひとしきり話して黙り込んだ。
「精進させて頂きます。」
そう言ってふたりで作品についての意見を交わした。
「大輔ー。」
大学には大ちゃんの姿があった。この県では大学は山の方に集中していて若い人が街には集まりにくい、そんな構造をしていた。
「どうした?松永。」
「昨日の大日川教授の授業取ってる?」
「取ってるけど…。」
「ノート貸してくれよ。寝ちゃったんだよー。」
そう言って松永は嘆く。
「俺も家から通える大学にすれば良かった…。」
「ふーん。」
「疲れても外食するわけにもいかないし、洗濯も自分でしないといけないし。」
大ちゃんはいつもそのくらい自分でしているけどなぁ、という言葉を飲み込んだ。
「松永さぁ、赤ちゃんってどう思う?」
「うーん。可愛いかなぁ。」
「それが医学部の学生の回答かよ。」
そう言って大ちゃんは伸びをする。
「人類の神秘だよなぁ。」
「小児科になるのか?」
「それなんだけど産科にはなれそうにないんだよね。」
「なんで?」
「出産が主な仕事内容かと思ってたら婦人科の勉強内容が多くて。あんまり婦人科の勉強が好きじゃないんだよねぇ。」
「へーそうなんだ。」
「小児科は医師は少ないからね。まあ給料は安いって言うけどさ。」
「大輔でも悩むんだな。」
「松永、それどういう意味?」
「ほら、大輔って生協行くときも決めてから行くじゃん。新商品とか出ててもスルーするし。」
「目に入らないだけだよ。」
そう言って大ちゃんは水筒のお茶を飲んだ。
吉村と未宙はファミレスでひとしきり話したあと駅にいた。
「来月、いえ、それより前にまた来ます。パソコンかFAXを出来れば導入してください。」
吉村は最後までコンコンと話した。
未宙はそれを見ながらキツツキを思い出した。笑わないように自分を制しながら吉村を見送った。
吉村を見送ったあと、ひとりになって未宙は駅に何をしに来たのかわからなくなった。
やっぱり変わったことをしてはいけなかったのだ。いや、変わったこととはなんだろう。
大ちゃんからスマートフォンに着信があった。
「母さん、近所のサイゼリヤにいないけど、どこ行ったの?」
ああ、大ちゃんは今日は講義は午前しか取ってなかったと言っていたなぁ、未宙はぼんやりそれを思い出せた。
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そう言って電話は切れた。
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