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私はきっと彼を想う
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雪がちらほら降り始めた冬の日、母、千鶴がこの世を去った。
悲しかったかというより、長患いだった母から父が解放されたことに安堵した。父は長年の母の看病で一気に老け込んでいた。
最期の最期まで母は母親ヅラしていた。
これから冷え込むから暖かくするのよ。
それが母と交わした最後の言葉だ。死ぬのが怖いとか、治療が苦痛だとか人間らしいセリフを母から聞けたらもう少し母は僕の中で身近な存在だっただろう。
母は背筋を伸ばして凛とした表情をしていた。
葬儀の際、苦しまなくてよかったですねと何人かに言われた。
僕は貴方たちに何が分かるんです?そう言いそうになるのを抑えて淡々と葬儀に参加した。
大学生になった。
父は再婚することもなく、僕をひとりで育てていた。僕は大学に通いながらアルバイトをしていた。学費の半分くらいなら自分で出せるかもしれない。そう思った。
大学のシラバスを見ながら時間割を組んだ。その空いた時間をアルバイトに当てた。
最初は覚えるのが大変で辞めようと思ったが父には仕事は3ヶ月で覚えて半年で慣れる。そう言われた。
父は僕が学費を出そうとしていることなど考えもしなかったらしく、欲しいものなら買ってやるぞ、そう言って笑った。
アルバイトを始めて2ヶ月が経った。僕はカフェとカラオケ屋でアルバイトしていた。
そのカフェに母によく似た人が来た。
会話こそしなかったが僕を見てニコニコしている。僕は僕と同い年くらいのお子さんでもいるのかな?そう思ってコーヒーを淹れた。
ミルクは2つ、砂糖はなし。
母と同じ飲み方だった。
それからというもの、その女性は僕の働くカフェに現れた。
「こんにちは。いつも美味しいコーヒーをありがとう。」
客もまばらなある日の午後、女性は口を開いた。
「いいえ、お客様に喜んでもらえたら幸いです。」
僕は心にもないことをサラサラと話した。
顔も似てれば、声もそっくりだった。
「私ね病気なの。」
「そうなんですね。」
「息子が一人いるんだけど今でも何を考えてるか分からないの。」
「はぁ?」
「大学生くらいの男の子って何が好きなのかしら?」
「車とかバイクとか女の子だと思います。」
女の子…そう付け足さないと随分僕は偏った人間だと思われるだろう、そう思った。
「大学生くらいになると結構大きな物が欲しくなるのねぇ。」
そう言って女性は笑った。
僕はバイトリーダーに呼ばれて仕事に戻った。
「ああいうお客さんは適当に扱わないと、ストーカーになったら困るよ。」
そう吉永に言われた。僕は困った顔をしながら、
「分かりました。」
と、ぼそっと言った。
僕の次のバイトの時も女性は来店した。この日は店が混んでいて女性は僕と会っても何も話さずにコーヒーを1杯飲んで店を去った。
僕はその女性が母のようで懐かしく思っていた。
そしてある日の事だった。
「私ね。幽霊なの。」
女性はそう言った。僕はこの人は何を言っているのだろうそう思った。
「私の息子は蓮っていうの。」
僕は自分のネームプレートを見た。苗字しか書かれてない。偶然にしては驚いた。
「うちの息子はね、小さい頃仮面ライダーが好きで今はマスカットが好きなの。」
僕はああこの人は母なんだ、何故かそう思った。
「病気になって入院してから母親らしい事が何一つ出来なくて、いつも無理をしてたの。」
「それは…。」
「それでも息子は立派に育ってるんだな、そう思ったの。」
そう言うと女性は席を立った。
「ごちそうさま。今日も美味しかったです。」
そう言って女性は会計をして帰った。
「またのご来店お待ちしています。」
僕はそう言った。
しかし、この日を境に女性はもう姿を見せなかった。
僕は父の休みに大学を休んで父と釣りに行った。
「生きてるうちに思い出って作らないといけないよね。」
僕はそういった。
父は、
「孫を抱くまで俺は死なんぞ。」
そう言って笑った。僕がマスカットが好きだったのは3歳までの話だ。
母は僕が成長していく姿を見ることも出来なかったのか。そう思うと僕は自分が健康で良かった。そして僕を育ててくれた母と父には感謝した。
僕は母が会いに来たんだ。父にそう言った。
父は、
「千鶴だったらそういう所あるかもな。」
そう言って釣りを続けた。
僕は最期まで凛とした母親がこの時になって美しく思えた。
父は大漁だな。そう言って上機嫌でふたりで家に帰った。
「父さん、ありがとう。」
「何だ急に。」
「僕って何考えてるか分からないんでしょう?」
「そうだなぁ。確かに分かりにくい子だったよ。」
「今はどうなの?」
「今も難しいなぁ。それでも親思いのいい子だよ。」
「もうそろそろ子供っていう年でもないんだけど。」
そう言ってふたりで笑った。
あの人が母だったかどうかは今でも僕は分からない。でも、子を想う、親の気持ちはあるんだな。そう思った。
バイトして1年経った頃、父に学費の半分を渡した。父はそこまでしなくてもいいんだぞ。そう言っていた。浮いたお金で旅行でもしようよ、僕はそう言って笑った。
悲しかったかというより、長患いだった母から父が解放されたことに安堵した。父は長年の母の看病で一気に老け込んでいた。
最期の最期まで母は母親ヅラしていた。
これから冷え込むから暖かくするのよ。
それが母と交わした最後の言葉だ。死ぬのが怖いとか、治療が苦痛だとか人間らしいセリフを母から聞けたらもう少し母は僕の中で身近な存在だっただろう。
母は背筋を伸ばして凛とした表情をしていた。
葬儀の際、苦しまなくてよかったですねと何人かに言われた。
僕は貴方たちに何が分かるんです?そう言いそうになるのを抑えて淡々と葬儀に参加した。
大学生になった。
父は再婚することもなく、僕をひとりで育てていた。僕は大学に通いながらアルバイトをしていた。学費の半分くらいなら自分で出せるかもしれない。そう思った。
大学のシラバスを見ながら時間割を組んだ。その空いた時間をアルバイトに当てた。
最初は覚えるのが大変で辞めようと思ったが父には仕事は3ヶ月で覚えて半年で慣れる。そう言われた。
父は僕が学費を出そうとしていることなど考えもしなかったらしく、欲しいものなら買ってやるぞ、そう言って笑った。
アルバイトを始めて2ヶ月が経った。僕はカフェとカラオケ屋でアルバイトしていた。
そのカフェに母によく似た人が来た。
会話こそしなかったが僕を見てニコニコしている。僕は僕と同い年くらいのお子さんでもいるのかな?そう思ってコーヒーを淹れた。
ミルクは2つ、砂糖はなし。
母と同じ飲み方だった。
それからというもの、その女性は僕の働くカフェに現れた。
「こんにちは。いつも美味しいコーヒーをありがとう。」
客もまばらなある日の午後、女性は口を開いた。
「いいえ、お客様に喜んでもらえたら幸いです。」
僕は心にもないことをサラサラと話した。
顔も似てれば、声もそっくりだった。
「私ね病気なの。」
「そうなんですね。」
「息子が一人いるんだけど今でも何を考えてるか分からないの。」
「はぁ?」
「大学生くらいの男の子って何が好きなのかしら?」
「車とかバイクとか女の子だと思います。」
女の子…そう付け足さないと随分僕は偏った人間だと思われるだろう、そう思った。
「大学生くらいになると結構大きな物が欲しくなるのねぇ。」
そう言って女性は笑った。
僕はバイトリーダーに呼ばれて仕事に戻った。
「ああいうお客さんは適当に扱わないと、ストーカーになったら困るよ。」
そう吉永に言われた。僕は困った顔をしながら、
「分かりました。」
と、ぼそっと言った。
僕の次のバイトの時も女性は来店した。この日は店が混んでいて女性は僕と会っても何も話さずにコーヒーを1杯飲んで店を去った。
僕はその女性が母のようで懐かしく思っていた。
そしてある日の事だった。
「私ね。幽霊なの。」
女性はそう言った。僕はこの人は何を言っているのだろうそう思った。
「私の息子は蓮っていうの。」
僕は自分のネームプレートを見た。苗字しか書かれてない。偶然にしては驚いた。
「うちの息子はね、小さい頃仮面ライダーが好きで今はマスカットが好きなの。」
僕はああこの人は母なんだ、何故かそう思った。
「病気になって入院してから母親らしい事が何一つ出来なくて、いつも無理をしてたの。」
「それは…。」
「それでも息子は立派に育ってるんだな、そう思ったの。」
そう言うと女性は席を立った。
「ごちそうさま。今日も美味しかったです。」
そう言って女性は会計をして帰った。
「またのご来店お待ちしています。」
僕はそう言った。
しかし、この日を境に女性はもう姿を見せなかった。
僕は父の休みに大学を休んで父と釣りに行った。
「生きてるうちに思い出って作らないといけないよね。」
僕はそういった。
父は、
「孫を抱くまで俺は死なんぞ。」
そう言って笑った。僕がマスカットが好きだったのは3歳までの話だ。
母は僕が成長していく姿を見ることも出来なかったのか。そう思うと僕は自分が健康で良かった。そして僕を育ててくれた母と父には感謝した。
僕は母が会いに来たんだ。父にそう言った。
父は、
「千鶴だったらそういう所あるかもな。」
そう言って釣りを続けた。
僕は最期まで凛とした母親がこの時になって美しく思えた。
父は大漁だな。そう言って上機嫌でふたりで家に帰った。
「父さん、ありがとう。」
「何だ急に。」
「僕って何考えてるか分からないんでしょう?」
「そうだなぁ。確かに分かりにくい子だったよ。」
「今はどうなの?」
「今も難しいなぁ。それでも親思いのいい子だよ。」
「もうそろそろ子供っていう年でもないんだけど。」
そう言ってふたりで笑った。
あの人が母だったかどうかは今でも僕は分からない。でも、子を想う、親の気持ちはあるんだな。そう思った。
バイトして1年経った頃、父に学費の半分を渡した。父はそこまでしなくてもいいんだぞ。そう言っていた。浮いたお金で旅行でもしようよ、僕はそう言って笑った。
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