【完結】白い月と黄色の月

九時せんり

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高鳴る

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「おかあさん、僕舞台に立つんだよ。」
「何の舞台に立つの?」
「くるみ割り人形さ。」
その日のバレエ教室からの帰りに彼は自信満々にそういった。
真凛ちゃんは変わらず元気なのだろうか?最近はあまり時間帯が合わなくてその姿を見ていない。
小学生と幼稚園の子供を持つお母さんたちがたまに真凛ちゃんの話をする。
気が強くて嫌になる。
何でも1番になろうとする。
そう言って真凛ちゃんの周りにはカースト制のようなものが組み上がっていった。
叶太は気楽なもので、真凛ちゃんに会うとワーワーキャーキャー言いながらハグをする。
本当に仲良しなんだな。そう思った。
真凛ちゃんはバレエ教室に通い出した頃に比べて足も高く上がるようになった。
頭から足の先まで神経を研ぎ澄ますように演技をする。一流どころではなかったとは言えバレエの舞台を生で見た者として彼女の演技は、多分優れている。そう言えるだろう。
叶太はのんびりとしたものでバレエ教室の先生から指導を受けてもヘラヘラしていた。
こんな調子で舞台に立てるのだろうか…。
そんな親の不安とは裏腹に叶太は徐々に腕を上げていった。
その日は真凛ちゃんに会った。
「ピケ・ターンって言ってね、片足で回るんだけど勢いをつけすぎると頭がクラクラするんだ。」
「基礎中の基礎よ。美しく回らないと。」
そう言って真凛ちゃんと叶太は笑う。
「真凛ちゃんは舞台に立つの?」
「そうなの。くるみ割り人形のキャンディーボンボン役なの。」
そう言って真凛ちゃんは目を輝かせる。
くるみ割り人形はクララと言う女の子がクリスマスイヴの日、くるみ割り人形をプレゼントされて夢を見る話だ。
現実と夢の境目が曖昧なおとぎ話らしい舞台だ。
真凛ちゃんはくるくると回りながら最近のはやりの曲を口ずさむ。
ああ、ちゃんとテレビを見る時間もあるんだな。そう思って私は少しホッとした。
「真凛ちゃんはバレリーナになるの?」
「お医者様になるかバレリーナになるか悩んでるの。」
彼女はピタリと止まって私をまっすぐ見た。
「うちのお父さんは有名な外科医なの。叶太君のお母さんだから話すけどお母さんには言っちゃだめよって言われてるの。」
まあ誘拐とかあるでしょうしね、私はそう思った。
「お父さんは私にも外科医になって欲しいって思ってるけど私も海外に行ってバレリーナになりたいの。踊る前はそんな事を考えたりしなかったけど、踊るようになってこんなに楽しい世界があったのかと思ったの。」
語りだした彼女の熱は冷めない。
「叶太君はプロになるんでしょう?」
叶太はしまったと言う顔をして私を恐る恐る見た。
「そうね。叶太はプロを目指してるわね。」
私は後で聞きたいことがある、そんな雰囲気を出しながら叶太をチラリと見た。
「バレエを始めるまで色んな葛藤があったけど踊るとそんな事はどうでも良くなるの。」
私はこの年で葛藤と言う言葉を使えただろうか。真凛ちゃんには頭が上がらない。
「でもお話を考えるのも楽しいの。」
へー多才な子だな、私の中で真凛ちゃんはドンドンレベルが上がっていく。
「真凛、迎えに来たわよ。」
後ろから真凛ちゃんのお母さんが現れた。
「今行きます。」
「あら、叶太君のお母さん、こんにちは。」
「ご無沙汰してます。」
「真凛と叶太君、舞台に立つんですね。」
「本当に出来るのか不安なんですよ。」
「叶太君は大丈夫ですよ。うちの真凛は本番に弱いから少し心配で。」
「真凛ちゃんはこの期間でここまで出来ないって先生から言われてましたよ。」
そう言って私は笑った。
「そうだといいんですけどね。」
真凛ちゃんは叶太とハグをして車に乗り込んだ。
「で、誰がプロになるのかしら?」
叶太は硬直した。
「まずは宿題からね。」
そう言って私達は家に帰った。
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