【完結】白い月と黄色の月

憧憬

私はその日、主人に叶太を預けて、「白鳥の湖」を観に行った。
白鳥の湖はある王家の王女オデットが悪い魔法使いの魔法で昼間は白鳥の姿にされる。そして真実の愛によって魔法が解けるというものだ。
王子の名前はジークフリートと言う名前で彼女の魔法を必死で解こうとする。
私は舞台に立つ演者を見ながら、いつか叶太がこんな舞台に立てる日が来るというのだろうか…？そう思いながら公演を見ていた。
公演が終わり、近所のカフェに入ると桃香先生がいた。
あちらは私に気づいてないらしくスマホを見ながらコーヒーを飲んでいる。
私はそっと彼女に近寄って、
「お一人ですか？」
そう尋ねた。
桃香先生は随分驚いた顔をして、
「叶太君のお母さんですよね？お久しぶりです。」
そう言って笑った。
「皆さんに何も言わず辞めていかれましたけど何かあったんですか？」
「いいえ。お別れ会とか、そう言う大々的な事になるのが嫌なんです。」
桃香先生はいつも通りニコニコしている。
「叶太君は変わらずバレエを続けていますか？」
「僕は日本のニジンスキーだ、って言ってきかないんですよ。」
桃香先生はハハハと声を出して笑い出した。
「叶太君は天才肌ですよね。工作などをしてても一人だけキラリと光る作品を作るんです。他のお父様やお母様には言えませんけどね。」
そう言ってコーヒーを口にした。
「結婚はどうなったんですか？」
「もう式も挙げて、来月から彼と熊本に住むんです。と言っても一生住むわけじゃないんですけど。」
「寂しくなりますね。」
「叶太君が日本のニジンスキーになる日を楽しみにしています。それではまたお会いしましょう。」
そう言って桃香先生はコーヒーを飲み干して会計を済ませ去っていった。

家に帰ると主人が叶太とゲームで遊んでいた。
「おかあさん、早かったねー。」
「ケーキ買ってきたから好きなの選びなさい。」
「本当に？！」
「どうしたの？珍しいじゃない。」
ソファから主人がゆっくり腰を上げる。
「帰りに桃香先生に会ったの。」
「桃香先生？！」
「熊本に住むんだって。」
「えー。お別れ会したかったなぁ…。」
叶太は、ケーキの箱を開けながら残念がる。
「桃香先生ってあの美人の？」
主人がそう言うと私は少しムッとした顔をした。それでも主人はそれに気づかない。
「舞台どうだった？」
「難しいことは分からないけど素敵だったわ。」
私はそう言ってお湯を沸かす。ティーカップを３つ用意して、２つにはティーパック、１つには温めた牛乳とはちみつを入れた。
「アダジオなんかは見せ場だと思うけどね。」
そう言って主人が取り皿とフォークを用意する。
「ショートケーキも良いけど、モンブランも捨てがたいなぁ…。」
捨てがたい…いつからそんな言葉を覚えてくるのだろう。私はクスリとした。
「お父さんと半分ずつにするか？」
「うん！！そうする！！」
私は桃香先生は園にいた頃よりもっと綺麗になっていたな。そんな事を思いながらシフォンケーキを食べた。