4 / 11
雨のち曇り
しおりを挟む 怪盗トリッカーの提案を、しばらくエルマーは口を引き結んで考えていたが、短く言い切った。
「……駄目だ」
「ならどうやって彼を止めると言うの?」
「……俺が囮になるから、お前がクリフォードを止めろ」
「……あなた、馬鹿じゃないの?」
思わず怪盗トリッカーは普段のイヴリルの口調に崩れてしまったが、エルマーは「ああ、もう。うるさいなっ!?」と言い返す。
「怪盗だろうが捕縛対象だろうが、女を囮に身内の暴走止める奴がどこにいるんだよ!? そもそも身内がおかしくなったのに、どうしてお前を囮に使うんだよ! お前だって、盗みたいものさっさと盗まず、なんで付き合ってくれるんだよ」
普段の子供なのか熱血漢なのかよくわからない幼馴染に正論を叩きつけられ、思わず怪盗トリッカーも言い返す。ほとんどイヴリルがまろび出ているが、格好のせいなのか魔道具のせいなのか、見えても勘付かれることはなかった。
「なによ……あの人が手柄欲しさに焦っているのが見てられなかったし、臭いものに蓋をしたくなかったのよ……いけない?」
「いや。あいつ、モテるからなあ」
(それ今関係あるのかしら)
そう思ったことは、口にはしなかった。結局はエルマーが「俺が囮」と言って聞かず、そろそろこちらの銃声で援軍が来てもおかしくないのだから、決着をつけたほうがいいと判断し、エルマーが揉み合っている間に、怪盗トリッカーがどうにかクリフォードを気絶させる方向で話は落ち着いた。
「じゃあ……銃は危ないからな? そしてクリフォードを抑え込めたら……お前を捕縛する」
「できたらね、騎士さん」
こうしてふたりは、遮蔽からクリフォードに向かって駆け出した。クリフォードは錯乱したままエルマーに銃を向ける。
「やっぱり……君は僕を馬鹿にして……!」
「お前頭いい癖して、ほんっとうに馬鹿だな!?」
これ以上引き金を引かせまいと、エルマーはクリフォードの手首を強く握って固定する。ふたりはギリギリと、手首を外す外さないで組み合いがはじまる。
「年なんて、誰もどうしようもないだろ!? 上から比べられる、下だと見向きもされない! そんなの、貴族も騎士も平民も、なんにも変わりゃしないよ! でもお前は、王立学園だと成績だって上位で、養子縁組先だってよりどりみどりだ! どれだけお前の兄上たちが立派だとしても、家に迎え入れる以上は優秀な人間が欲しいに決まってんだろ! その優秀な兄上たちばっかり見るの辞めろよ! ちょっとは同い年のほうも向けよ!」
「で、も……君は……!」
「うちは別に稼業だから継ぐだけで、そこに選ばれたとか恵まれたとか、そんなんはないよ! だからクリフォードは羨ましいし、妬ましいけど。そんなの、お前を追いやったところで俺が偉くも強くもなる訳ないだろ!」
だんだん、エルマーの手を振り解こうとするクリフォードの力が弱まってきた。それを見計らって、怪盗トリッカーは駆けて行った。彼女は魔道具の力を切った。
「……!? 怪盗、トリッカー……?」
「ごきげんよう、騎士さん。あなたの妬みや嫉み、よく聞かせてもらったわ。それを抱えて生きるのは大変ね。でも」
怪盗トリッカーはできる限り言葉を選んだ。
クリフォードの悩みは、おそらくエルマーよりもイヴリルのほうがよくわかっているという自負はあるが。彼が欲しいものは、きっと同情や同調ではない。
「それを見せずに抱えて、誇り高く真っ直ぐに生きるあなたは、とても素敵だと思うわ。いつか私を捕まえてね、待っているから」
優秀であることが当たり前である中、称賛ひとつなく生きることなんて、不可能に近いだろう。
怪盗トリッカーはひとつお辞儀をすると、鳥籠を開いた。
女神像の形が、吹き抜ける風に当たって崩れ落ちた砂上の城のように、どんどんと擦り減って、鳥籠の中へと入って行ってしまった。それに彼女は戸を閉めると、そのまま駆け抜けて行ってしまった。
揉み合っていたはずのエルマーとクリフォードは、呆気に取られてそれを見守っていたが、それも一瞬だった。
「ま、待て! 怪盗トリッカー! 俺たちを騙したのか!?」
「騎士さん、私まだ捕まる訳にはいかないの。全部終わったら捕まえに来てね」
そう言い残して、怪盗トリッカーは開け放った窓から飛び立ってしまった。
(明日、きっとエルマーは怒っているわね。でも……クリフォードとちゃんと仲直りできてたらいいんだけれど)
彼女は心底ふたりの仲を心配していたのだが、それを伝える術はなかった。
****
次の日、イヴリルが王立学園に向かうと、背筋を伸ばして歩いているエルマーが見えた。
「おはよう」
「ああ、おはよう……また怪盗トリッカーに逃げられた……新聞なんていい気なもんさ。王立美術館の遺産を盗まれたってさ!」
「そう……」
実際問題、女神像が盗まれたことで美術館関係者が相当混乱していることが新聞記事に書かれていたが、さすがに王のお膝元で盗まれたせいなのか国も気まずいと思ったのか、取り扱い方が普段の怪盗トリッカーの記事に比べたらだいぶ小さなものだった。
しかし新聞で護衛銃騎士団をあげつらわれたことがご立腹なエルマーからしてみれば、取り扱いの大きい小さいはあまり関係ないらしく、いつものように怒っていた。
「全く! 国の芸術をなんだと思ってるんだ! でも……今回ばかりはあんまり怒りたくないというか」
「あら? なにかあったの?」
イヴリルは自分が脱出してからのいきさつが気になり、思わずエルマーの顔を覗き込んでみるが、職務の話だからなのか、女子に話すには恥ずかしいと思っているのか、なかなか口を割ってはくれない。
「やあやあ、相変わらず君たちは仲がいいね!」
ふたりで見つめ合い……というより、イヴリルがどうにかエルマーの真意を覗き込もうとしたが、エルマーがなにかを察したのか頑なに目を合わせなかった……をしているのに、突然声をかけられた。
颯爽と歩く様は、先日会ったときと同じく自信たっぷりな風情のクリフォードであった。それにエルマーは「おはよう」と挨拶をする。
「おはようクリフォード。今朝も元気ね?」
「おはようイヴリル。そしてエルマー。僕は元気だよ」
「そりゃ元気でなによりだよ」
「うん……せっかく探偵が乗り込んでいったというのに、怪盗の罠にはまってしまって醜態をさらしてしまった。次はそうはいかないよ」
そうきっぱりと言うクリフォードの姿に、イヴリルはほっとする半分、複雑さ半分という心地であった。
(お兄さんたちに対するコンプレックスをどう解消したかはわからないけど、矛先を治めることはできたみたいね。エルマーに続いて追いかけてくる人が増えたのは困るけど……彼の感情をただ、臭いものに蓋をしなくって済んだみたい)
イヴリルはほっとひと息ついた中、エルマーは彼の態度に鼻息を噴いた。
「怪盗トリッカーを捕まえるのは俺だからな。絶対に負けないから」
「そういうのって、ふたりで仲良く捕まえるものじゃないの?」
騎士の競争心がいまいちわからないイヴリルがそう尋ねると、なぜかクリフォードとエルマー、ほぼ同時に言ってのけた。
「そういうのじゃないから」
イヴリルからしてみれば、そういうのが一番、よくわからないのだった。
「……駄目だ」
「ならどうやって彼を止めると言うの?」
「……俺が囮になるから、お前がクリフォードを止めろ」
「……あなた、馬鹿じゃないの?」
思わず怪盗トリッカーは普段のイヴリルの口調に崩れてしまったが、エルマーは「ああ、もう。うるさいなっ!?」と言い返す。
「怪盗だろうが捕縛対象だろうが、女を囮に身内の暴走止める奴がどこにいるんだよ!? そもそも身内がおかしくなったのに、どうしてお前を囮に使うんだよ! お前だって、盗みたいものさっさと盗まず、なんで付き合ってくれるんだよ」
普段の子供なのか熱血漢なのかよくわからない幼馴染に正論を叩きつけられ、思わず怪盗トリッカーも言い返す。ほとんどイヴリルがまろび出ているが、格好のせいなのか魔道具のせいなのか、見えても勘付かれることはなかった。
「なによ……あの人が手柄欲しさに焦っているのが見てられなかったし、臭いものに蓋をしたくなかったのよ……いけない?」
「いや。あいつ、モテるからなあ」
(それ今関係あるのかしら)
そう思ったことは、口にはしなかった。結局はエルマーが「俺が囮」と言って聞かず、そろそろこちらの銃声で援軍が来てもおかしくないのだから、決着をつけたほうがいいと判断し、エルマーが揉み合っている間に、怪盗トリッカーがどうにかクリフォードを気絶させる方向で話は落ち着いた。
「じゃあ……銃は危ないからな? そしてクリフォードを抑え込めたら……お前を捕縛する」
「できたらね、騎士さん」
こうしてふたりは、遮蔽からクリフォードに向かって駆け出した。クリフォードは錯乱したままエルマーに銃を向ける。
「やっぱり……君は僕を馬鹿にして……!」
「お前頭いい癖して、ほんっとうに馬鹿だな!?」
これ以上引き金を引かせまいと、エルマーはクリフォードの手首を強く握って固定する。ふたりはギリギリと、手首を外す外さないで組み合いがはじまる。
「年なんて、誰もどうしようもないだろ!? 上から比べられる、下だと見向きもされない! そんなの、貴族も騎士も平民も、なんにも変わりゃしないよ! でもお前は、王立学園だと成績だって上位で、養子縁組先だってよりどりみどりだ! どれだけお前の兄上たちが立派だとしても、家に迎え入れる以上は優秀な人間が欲しいに決まってんだろ! その優秀な兄上たちばっかり見るの辞めろよ! ちょっとは同い年のほうも向けよ!」
「で、も……君は……!」
「うちは別に稼業だから継ぐだけで、そこに選ばれたとか恵まれたとか、そんなんはないよ! だからクリフォードは羨ましいし、妬ましいけど。そんなの、お前を追いやったところで俺が偉くも強くもなる訳ないだろ!」
だんだん、エルマーの手を振り解こうとするクリフォードの力が弱まってきた。それを見計らって、怪盗トリッカーは駆けて行った。彼女は魔道具の力を切った。
「……!? 怪盗、トリッカー……?」
「ごきげんよう、騎士さん。あなたの妬みや嫉み、よく聞かせてもらったわ。それを抱えて生きるのは大変ね。でも」
怪盗トリッカーはできる限り言葉を選んだ。
クリフォードの悩みは、おそらくエルマーよりもイヴリルのほうがよくわかっているという自負はあるが。彼が欲しいものは、きっと同情や同調ではない。
「それを見せずに抱えて、誇り高く真っ直ぐに生きるあなたは、とても素敵だと思うわ。いつか私を捕まえてね、待っているから」
優秀であることが当たり前である中、称賛ひとつなく生きることなんて、不可能に近いだろう。
怪盗トリッカーはひとつお辞儀をすると、鳥籠を開いた。
女神像の形が、吹き抜ける風に当たって崩れ落ちた砂上の城のように、どんどんと擦り減って、鳥籠の中へと入って行ってしまった。それに彼女は戸を閉めると、そのまま駆け抜けて行ってしまった。
揉み合っていたはずのエルマーとクリフォードは、呆気に取られてそれを見守っていたが、それも一瞬だった。
「ま、待て! 怪盗トリッカー! 俺たちを騙したのか!?」
「騎士さん、私まだ捕まる訳にはいかないの。全部終わったら捕まえに来てね」
そう言い残して、怪盗トリッカーは開け放った窓から飛び立ってしまった。
(明日、きっとエルマーは怒っているわね。でも……クリフォードとちゃんと仲直りできてたらいいんだけれど)
彼女は心底ふたりの仲を心配していたのだが、それを伝える術はなかった。
****
次の日、イヴリルが王立学園に向かうと、背筋を伸ばして歩いているエルマーが見えた。
「おはよう」
「ああ、おはよう……また怪盗トリッカーに逃げられた……新聞なんていい気なもんさ。王立美術館の遺産を盗まれたってさ!」
「そう……」
実際問題、女神像が盗まれたことで美術館関係者が相当混乱していることが新聞記事に書かれていたが、さすがに王のお膝元で盗まれたせいなのか国も気まずいと思ったのか、取り扱い方が普段の怪盗トリッカーの記事に比べたらだいぶ小さなものだった。
しかし新聞で護衛銃騎士団をあげつらわれたことがご立腹なエルマーからしてみれば、取り扱いの大きい小さいはあまり関係ないらしく、いつものように怒っていた。
「全く! 国の芸術をなんだと思ってるんだ! でも……今回ばかりはあんまり怒りたくないというか」
「あら? なにかあったの?」
イヴリルは自分が脱出してからのいきさつが気になり、思わずエルマーの顔を覗き込んでみるが、職務の話だからなのか、女子に話すには恥ずかしいと思っているのか、なかなか口を割ってはくれない。
「やあやあ、相変わらず君たちは仲がいいね!」
ふたりで見つめ合い……というより、イヴリルがどうにかエルマーの真意を覗き込もうとしたが、エルマーがなにかを察したのか頑なに目を合わせなかった……をしているのに、突然声をかけられた。
颯爽と歩く様は、先日会ったときと同じく自信たっぷりな風情のクリフォードであった。それにエルマーは「おはよう」と挨拶をする。
「おはようクリフォード。今朝も元気ね?」
「おはようイヴリル。そしてエルマー。僕は元気だよ」
「そりゃ元気でなによりだよ」
「うん……せっかく探偵が乗り込んでいったというのに、怪盗の罠にはまってしまって醜態をさらしてしまった。次はそうはいかないよ」
そうきっぱりと言うクリフォードの姿に、イヴリルはほっとする半分、複雑さ半分という心地であった。
(お兄さんたちに対するコンプレックスをどう解消したかはわからないけど、矛先を治めることはできたみたいね。エルマーに続いて追いかけてくる人が増えたのは困るけど……彼の感情をただ、臭いものに蓋をしなくって済んだみたい)
イヴリルはほっとひと息ついた中、エルマーは彼の態度に鼻息を噴いた。
「怪盗トリッカーを捕まえるのは俺だからな。絶対に負けないから」
「そういうのって、ふたりで仲良く捕まえるものじゃないの?」
騎士の競争心がいまいちわからないイヴリルがそう尋ねると、なぜかクリフォードとエルマー、ほぼ同時に言ってのけた。
「そういうのじゃないから」
イヴリルからしてみれば、そういうのが一番、よくわからないのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

世界の端に舞う雪
秋初夏生(あきは なつき)
現代文学
雪が降る夜、駅のホームで僕は彼女に出会った
まるで雪の精のように、ふわりと現れ、消えていった少女──
静かな夜の駅で、心をふっと温める、少し不思議で儚い物語
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる