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エピローグ

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 一年後。

「チカシさん、お疲れ様です! 掃除は僕らがやっておくんで……」

 大学の剣道部の後輩たちが俺に言う。

「いいよ、俺も手伝う。その方が早く終わるよ。ね、兼景さん」

 そう言って、ロッカールームの片付けを手伝う。兼景も一緒だ。嫌そうな顔をしていたが。
 今日は試合でどたばたしていたため、ちょっとしたゴミが落ちていたり、備品が乱雑に置かれていたりする。
 それらを整理して、最後にモップがけをして終わり。

「掃除なんかしててよかったんですか? 今日は大事な日なんでしょう?」

 後輩が心配そうに言った。

「ちょっとくらい遅れても大丈夫だよ、待っててくれるから。今日はお疲れ様。じゃあ、また今度」

 そう言って別れを告げて大学を出る。

「何を大人ぶってんだか。本当は早く行きたいくせに」

 兼景が揶揄うように言った。

「だ、だって部室の片付けもやらないといけないし……。それに、まだ緊張してるんです。自分でいいのかなって」
「心配無用、なるようにしかならんよ」
「そう、かなぁ」

 言って兼景と一緒に駐車場に着く。これから兼景の運転で家に帰る。
 悪魔の手からこの世界を救って一年が経った。
 最終決戦で戦った俺、ディヒトバイ、イングヴァル、兼景、アカート、グロザーには名誉議会勲章が贈られた。
 どうやら、ディヒトバイが軍本部内でやたらと敬礼をされていたのはこの勲章のおかげだったようである。
 ディヒトバイは四つ目の勲章授与となり、これは史上初の快挙なのだそうだ。
 世界を救った英雄としてディヒトバイは称賛を浴びた。
 そして、会見の場で自分がΩであることを告白した。
 それについては賛否両論が巻き起こった。
 たとえΩであろうと世界を救った英雄だから感謝するという層と、Ωの英雄など認められないという層だ。
 Ωの人たちにとってはディヒトバイが希望の星のようだった。そして、αにとってΩが救世の英雄となったことは信じがたいようだ。
 ネットやテレビでは日々議論が紛糾しているが、現実の世界ではそうでもなかった。面と向かって文句を言う度胸があるのは一握りの人間なのだろう。
 だが、そんなことは些末事だった。だってディヒトバイにこう言われたからだ。

 ――なあ、番の話、なかったことにできないか。

 一緒に過ごしていた夜、突然言われて思考が停止した。
 嫌われたのかと思って話を聞いてみると、こういうことだった。

 ――俺は誰かに愛されたことがない。だから人の愛し方も知らない。そんな俺と一緒にいても困るだろう。

 そんなことはない。

 ――ディヒトさんの周りには多くの人たちがいて、ディヒトさんを支えてくれました。恋愛というわけじゃないけど、友愛や、親愛を持っていたから力になってくれたんです。それに、あの段ボール箱いっぱいのファンレターがあったでしょう。ディヒトさんは沢山の人に愛されていますよ。だから、大丈夫です。一緒に、やっていきましょう。

 そう返したときのディヒトバイの照れた顔と言ったら、写真に撮って額に入れたいくらいだった。
 そして、正式にディヒトバイと籍を入れた。この世界では十八歳から結婚が可能なのだそうだ。
 それから少しずつ動き始めた社会で、俺たちはそれぞれの歩む道を進んだ。
 ディヒトバイはΩが生きやすい社会を作ると言い、軍をやめて政治の世界に飛び込んだ。それが英雄のやることだからと。知名度、実績共に文句はつけられず、当たり前のように当選した。
 今のディヒトバイは普通のΩの能力しかないが、その中でよく議員の仕事をこなしているものだ。
 俺は大学に通うことになった。
 ディヒトバイのパートナーとして、大学くらい出ておかないと立つ瀬がない。
 兼景は軍から派遣された護衛だ。議員のディヒトバイの配偶者として俺は要人保護の対象となり、兼景が常に護衛にとして近くにいる。
 実際それは助かっている。雑誌や新聞記者がプライベートでもお構いなしに着いてくるため、よく追い払ってくれる。有名人の配偶者というのも大変だ。
 悪魔との戦いで刀を用いた戦法がとられたことから市民の間では剣道が人気となり、その中でも俺はそこそこの実力があるのでそれなりの扱いを受けている。
 大学の後輩にも慕われているし、いい関係が築けていると思う。
 やがて車は家に着く。
 高層マンションの駐車場に車を停め、足早にエレベーターに乗る。
 そして自宅のフロアに着く。
 意を決してドアを開けた。

「た、ただいま……」
「何気が小さくなってんだよ、胸を張れ、胸を」

 そう兼景に言われて背中を叩かれる。
 廊下を進んでリビングに行くとディヒトバイが待っていた。
 手には赤子を抱いている。きゃっきゃと笑っていた。

「おかえり、お父さん」

 言ってディヒトバイは笑った。

「お、お父さんだなんて、そんな……」
「ほら、抱いてみな」

 赤子を渡されて、恐る恐る両手で抱く。

親則ちかのり……」

 赤子の名前を呼ぶ。俺がつけた名前だ。
 性別が男のΩとわかって、一生懸命考えた。ディヒトバイも色々考えたが、最終的に俺に決めてほしい、と言われてしまった。
 親則とは、親愛の情に囲まれますように、という意味だ。そして、俺たち親がいつまでもそばにいられるようにという願いを込めてもいる。

「チカ、可愛いだろ」

 ディヒトバイは親則が言いにくいのでチカと呼んでいる。

「……可愛いです。世界一、可愛い」

 言って親則に頬ずりする。赤子独特の柔らかい匂いが鼻をくすぐった。

「おうおう、お前ら俺に言うことがあるんじゃねえのか?」

 部屋に来ていたアカートが言う。
 アカートはあの後無事に人工子宮を完成させて、一躍億万長者となった。
 人口が大幅に減ってしまったこの世界で、安全に子供を産める人工子宮は多くの需要があり、いくら増産しても足りないとのことだ。
 そして、人工子宮が完成したということはキースチァさんとの子供ができたということでもある。何でも双子が生まれてしまい、予想外の出来事に嬉しいやら困ったやらだったらしい。だが、毎日のように俺の子が一番かわいい、などとメッセージを送ってくる。
 イングヴァルも今子供を人工子宮で育てているらしい。戦後の処理で激務に追われているが、生まれるのが楽しみだという。

「ありがとうございます。無事に親則が生まれたのも、アカートさんのおかげです」
「おう、これからパパとして育児に励むんだな。毎日が想定外だぞ」
「パパって……。やっぱり、俺は父親としてはまだ早いんじゃないですか。だってまだ大学生だし」

 まだ嬉しさと気恥ずかしさでは後者が勝るし、これからちゃんと子供を育てられるか不安がある。

「何を言ってんだ、ちゃんと乳母も雇う予定なんだろ? 産まれちまった以上は覚悟決めろ。俺なんか、もう二度と子供の顔が見られないんだからな」

 兼景が言う。兼景は元の世界に子供を置いてきてしまったから、思うところがあるのだろう。

「千樫。これからこの子が生きていくんだ」
「そうですね。皆が生きる世界を、一緒に生きましょう」

 俺が言うと親則が笑った。
 今までは世界を救うために戦っていた。
 だが、これからは親則が笑って生きられる世界を作って、守っていこう。
 たとえそれが本能の見せた幻であろうと、そこに意味を見出すのが人間だ。
 この子を、ディヒトバイを。今まで支えてくれた人たちを守る。
 それが俺たちがこの戦いで勝ち取った、生きる意味だ。
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