異世界転生したら人類最強英雄のセックス係になって世界救いました⁉

藤間背骨

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第一話

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「部室片付けとけよ、役立たずの鹿島千樫クン」

 そう厭味ったらしく言って部長らは帰っていった。
 散らかされた剣道部の部室を、呆然と眺めていた。
 ゴミはもちろんゴミ箱には入っていないし、何ならゴミ箱はひっくり返されている。ご丁寧に飲みかけの飲み物も床にぶちまけられていた。

「……」

 仕方のないことだ、と俺は片付けにかかる。
 こんな日々が続いて半年ほどだろうか。
 自分はこの大学の剣道部で誰より体格がいい。身長は二メートルをちょっと超えたくらい。筋トレもしている。少なくとも体格には見合った筋肉がついていると思う。
 でも、剣道部において自分は一切貢献できなかった。
 誰より体が大きくても、いざ打ち合いとなると気が引けてしまう。
 そのため、期待からの落差で顧問も部長も主将も、皆が失望した。
 始まったのは嫌がらせの日々。
 陰口からスタートして、部室の掃除係を任された自分を困らせるように毎日部屋は汚く散らかされる。
 でもしょうがない。
 剣道は勝ってなんぼの世界だ。
 勝てない人間など居場所がない。
 高校までは優秀な成績だった。全国大会にだって出場した。
 家が剣道の道場をやっていたから剣道は当たり前のように身近にあった。
 それが、今は。
 今年、大学合格後に両親が事故で亡くなった。
 どうしたらいいのかわからないまま何も知らない都会の大学に通うことになった。
 そして、当たり前のように剣道部に入った。
 そこで気付いた。俺は強くなるために剣道をやっていたのではなかったと。
 剣道の段位が上がったり、大会でいい成績を残すと両親や周りの人たちが喜んでくれる。
 それが嬉しくて、父さんと母さんの笑顔を見たくて頑張っていた。
 だから両親を亡くしてから目標、原動力がなくなってしまった。
 それでも、亡くなった両親との絆である剣道をやめることはできなかった。
 剣道をやめたら、それこそ自分はひとりぼっちになってしまう気がした。
 田舎から出てきたばかりで頼る友人もいない。
 元から人見知りで、自分から声をかけるなどできないたちだった。
 だから、どうしたらいいのかわからないまま夏を迎えた。
 夜遅くになるまで部室を片付け、帰宅ラッシュで混んでいる電車に乗り込んだ。
 終点に向かうにつれて、人が降りて空席も目立ち始める。
 流れる駅名の看板を見ながら、今日家に帰らなかったらどうだろう、とふと思った。
 今日が終わらなければ、明日は来ないんじゃないかと思った。
 そして空席に腰を下ろし、ただ過ぎ行く景色を眺めていた。
 疲れていたのか、いつしか寝てしまい終点まで来てしまった。
 時刻は八時過ぎで辺りは真っ暗、山奥である。
 都会でも終点まで乗れば山奥なんだな、と思いながら電車を降りた。
 まだ終電まで余裕がある。
 現実逃避を続けたくて駅を出た。
 山奥だからか意外と涼しい。
 ぽつんと灯っている電灯の灯りを頼りに歩き始める。
 これじゃまるで家出だ。
 夜の道沿いには俺の背丈ほどの向日葵が咲いている。夜に見る向日葵はどこか不気味だ。
 急に心細くなる。
 でも、家出をすると決めたのだ。
 少しのモラトリアムに浸りたい。
 今日だけ、今日だけだから。
 明日からは、また上手くやっていくから。
 今まで抑え込んでいた不安が、一人の夜に押し寄せてくる。
 自分は何もできない。何者にもなれない。誰にも頼ることはできない。
 そう思うと視界が滲む。

「俺、このまま何もできないまま死んじゃうのかなぁ……」

 捻りだすように呟いた声は震えていた。
 生きる意味は自分で勝ち取らないといけない。そんなことはわかってる。でも、強く在れないときだってある。

「……ねえ」

 場違いな声がする。
 そういえば。
 この駅の近くで昔に事故で死んだ子供の幽霊が出るという噂を聞いたことがある。
 遠慮がちに声をかけられた。まだ声変わりをしていない少年の声だ。
 声のしたほうを見ると、焦茶の髪に半袖の白いシャツ、パリッとした半ズボン。綺麗な革靴を履いた少年がいた。
 傍目に見てもいいところのお坊ちゃんだ。
 こんな時間に一人で、どこからか迷ったのだろうか。
 少年は俺のほうに駆け寄ってきた。

「ここ、どこ」

 泣きそうなのをこらえるような声だった。
 それを見て、少年の前で情けないところを見せられないと背筋が伸びる。
 福代だと駅名を教えると、知らない、とだけ帰ってきた。
 どこから来たのかと尋ねると、したにや、と言われた。聞き覚えのない地名だった。
 とりあえず保護すべきだろうと思って、少年に視線を合わせるように膝をついて話を聞く。

「一人でどうしたの」
「……家出、した」

 その声は震えていて、家出したのを後悔しているのが手にとるようにわかった。
 そして、その内容に少し安堵した俺がいた。

「そっか。俺も家出してるんだ」
「大人、なのに……?」

 少年は困惑するように言った。

「大人ってほどじゃないけど……。でも、大きくなっても嫌なことから逃げ出したいって気持ちがなくなるわけじゃないよ。俺は、そこまで強くないから」

 両親は嘘はよくないと言っていた。
 自分より年下の少年とはいえ、嘘は言いたくない。
 子供の頃、子供の言うことだからと適当にあしらわれた思い出もある。
 家出をしたからには深刻な事情があるのだろう。そんな少年を子供扱いして軽んじることはできなかった。

「こんなところにいても危ないから、俺とおいで。お父さんお母さんに連絡するから」

 そう言うと少年はびくりと肩を震わせた。

「お父さんとお母さんと、仲が悪いの?」

 まさか虐待じゃないだろうな、と探りを入れる。
 見たところ痣や怪我はないようだが。

「……俺のせいで、お母さん死んじゃった。お父さんがそう言ってた。お父さんは俺が嫌いなんだ」

 言うと、自分が言っている事実の重みに耐えかねたのか少年は泣き出してしまった。
 突然泣き始めた少年を前に何もできなかった。
 しかし辺りに頼れる大人もおらず、家も遠い。
 自分が何とかしなければ。
 そう思った自分は少年に背を向けてしゃがみ込んだ。

「ほら、おんぶしてあげる。俺の家まで行こう。一人で暗いところにいるから落ち込んじゃうんだよ」

 見ず知らずの男に背中を見せられても、少年は大人しくその体を預けた。
 ぽつりぽつりと街灯があるだけの夜道を自分たちは歩いた。

「俺のお母さん、体が弱くて……。俺を産んで死んじゃった。だからお父さんはお前なんか生まれなければよかったって、よく言うんだ」

 泣きじゃくりながら少年は言った。この思いを誰でもいいから吐き出したかったのだろう。それでは家出もしたくなるというものだ。

「周りに助けてくれる大人の人は、いないの」

 少年は少ししてから言った。

「今は、親戚のおじさんの家に預けられてる。おじさんは優しいよ」
「そうなんだ」
「……どうすれば、いいかな」

 突然の問いかけに少年の様子を窺う。

「どうって?」
「死んじゃった人は、助けられないでしょ」

 自分は思わず言葉を失くした。
 こんな年端のいかない子供が、自分が生まれたことを悪いことだと思っている。そして、その贖罪をしようとしている。
 自分がこの少年くらいの歳は何も考えずに遊んでいたものだ。
 それが、この少年は。自分を責めている。

「うん。そうだね。死んじゃった人は戻ってこない。……でも」
「でも?」
「誰かを助けられなかったら、別の誰かを助ければいい。ありがとうって言われるけど、それは君のお母さんが君に言いたかったありがとう、だよ」
「別の誰かを、助ける……?」
「そう。英雄ヒーローになる、ってことかな。みんなを助ければ、誰だって、お父さんだって文句は言わないよ。それに、お母さんも嬉しいんじゃないかな」
「お母さんも?」
「もし俺に子供がいて、みんなを助ける英雄になったら、それは嬉しいな」

 少年はいつの間にか泣き止んでいた

「……だったら、俺、英雄になる。みんなを助けて、天国のお母さんに褒めてもらうんだ」

 それは、幼くとも覚悟を決めた男の言葉だった。

「うん、そうするといいよ」

 言って、ポケットからスマホを取り出す。
 そこには両親からもらった武運長久のお守りがついている。その朱色のお守りは今の俺には少し重い。これを少年に託そう。

「これ、あげるよ。強くなれるお守り」
「くれるの?」
「うん。これがあれば、君は絶対に英雄になれるよ」
「ありがとう、お兄ちゃん」

 少年はお守りを大切そうに受け取った。

「それにね、大事なことを教えてあげる」
「大事なこと?」

 少年は不思議そうに尋ねる。

「これは、俺の父さんがよく言ってたこと。学者さんの言葉。"どんなときも、人生には意味がある。どんな人のどんな人生であれ、意味がなくなることは決してない。だから私たちは、人生の闘いだけは決して放棄してはいけない"」
「……どういう意味?」
「君が誰にどんなことを言われても、自分の生きる権利は自分で勝ち取るってことだよ。君は自分のために生きていいんだ。それは誰にも否定できない」
「そうなの……?」
「うん、本当だよ」

 少年は考え込むように少し黙った。

「ねえ、お兄ちゃんの名前は?」
「俺は千樫、鹿島千樫だよ」
「千樫のお兄ちゃん! 俺の名前はね……」

 その声だけ残って、ふっと体が軽くなった。

「え……?」

 少年の体は消え、辺りには誰もいない。
 何だったんだ、今のは。
 まさか、この辺りに出る子供の幽霊だとでも言うんじゃないだろうな。
 戸惑っていると、急に辺りが光に染まる。
 その正体がトラックのヘッドライトだと気付く頃には遅かった。
 キィーというスキール音。
 やかましいほどに鳴るクラクション。
 俺は動けず、衝撃が体を襲った。
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