斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ

藤間背骨

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第26話

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「遊佐様。つかぬことをお伺いしますが、一体、あの離れで何をなされているのです……?」

 晴時は恐る恐るといった風に、上座に座る勝重に尋ねた。
 勝重の隣には鹿島が座っており、その二人に対して一人で相対している晴時は生きた心地がしなかった。
 数日前から城の中には妙な噂が立っているのである。
 夜になると、離れから打ち首になった親則の声が聞こえる、と。
 それも何やら苦しみに喘ぐような、尋常ならぬ声というのである。
 配下に様子を見に行かせたが、鹿島の部下が鹿島と勝重以外は何があっても入れぬと言うので押し問答になった。
 高瀬の国が鶴木の配下となり、皆が動揺している中で立った妙な噂に晴時は脅えていた。

 世の中には名君と暗君がいるものだが、高瀬の者は概ね親則をよい君主だったと言うだろう。
 元服したばかりの齢十七で高瀬の長となり、その後も戦に出ては勇猛な戦いぶりで他国の侵攻を許さず、臣、民を導き、高瀬の国をよく治めていた。
 親則を嫌っている良晴と良晴を担ぐ一派でも、その事実だけは認めるしかないだろう。
 父の良晴は、農民の母を持つ親則は当主に相応しくない、犬吠森の正当な血筋はお前に受け継がれているのだと、呪詛のように晴時に言って聞かせていた。
 しかしそれも過ぎれば逆効果で、血筋にしか文句をつけられぬと言っているのと同じだった。
 晴時は、自分より若い身でありながら立派に国を治める親則を大したものだと思っていた。
 良晴の息子という手前、親則とはろくに話すこともできなかったが、良晴が亡くなれば父の非礼を詫びようと思っていたほどである。
 親則が養子にとった獅子吼も改めて正式な跡取りと認め、良晴によってこじれてしまった犬吠森の家を元に戻そうと思っていたのである。

 それが、鶴木が攻めてきて全てが終わってしまった。
 獅子吼は腹に穴が開くほどの傷を負わされ、親則は何も言わずに降伏した。
 晴時は自分の城を持っていたので獅子吼に会う機会が少なく、彼のことを詳しく知らなかったが、親則によく学んでいた獅子吼が籠城の最中に勝手な行動を取るはずがない。
 家臣は何も言わなかったが、皆が良晴の企みだろうと思っていた。
 親則に毒を盛ったと噂の立ったほどである。それくらいしても不思議はなかった。
 これで誰もが高瀬は良晴が当主となるのだろうと思っていたが、違った。
 鶴木も最初は良晴が治めろと言ってきたのだが、良晴はもう隠居すると辞退し、晴時に当主となるよう言ったのである。
 晴時はそれを断り切れなかった。
 良晴は隠居し、影から晴時を操ろうという魂胆なのはわかっている。
 しかし、晴時とて武士だ。
 突然転がり込んできた高瀬の長の座の誘惑に耐えられなかった。

 晴時は新たな高瀬の長となり、束の間の喜びと後悔を得た。

 戦が終わり、もう事を荒立てるつもりのない晴時は鶴木の者によく従った。
 それがいけなかったのである。
 鶴木の顔色を窺わねば何もできぬのかと家臣に呆れられ、かといって新たな戦の火種になるかと思うと鶴木相手に強く出ることもできなかった。
 なぜ高瀬の長になると言ってしまったのか、なぜ良晴は親則を陥れたのか。
 そう思いながら過ごしていた。
 そんなときに、打ち首になったはずの親則の声が聞こえるという噂が立ち、晴時は親則が化けて出たのではと大層脅えた。
 ここ数日は声が聞こえないというのも気味が悪い。
 それにあの離れは座敷牢だ。打ち首にしたと言っておいて、まだ親則を生かしているのかもしれない。
 どのような理由でそんなことをするのか見当もつかなかったが、鶴木の遊佐勝重は大層な気分屋と聞く。戯れに拷問などしていてもおかしくない。
 離れを占拠している鶴木の者に何をしているのか尋ねても勝重に聞いてみろとしか言わぬし、その勝重はずっと部屋に閉じこもっていて話すらさせてもらえなかった。
 それが今日になってやっと顔を合わせることができたのだ。

「あそこで何をしているか、気になるか晴時殿」

 晴時と相対した勝重は呑気に茶を啜って答えた。そして隣に座る鹿島に目をやった。

鹿衛しかえ、どうだ」
「そうですね。明日ならば頃合いかと思われます」

 鹿島の答えに勝重は満足そうに頷いた。

「では明日、昼頃に良晴殿と来るがよい。よいものを見せてやろう」

 言って勝重はにやりと笑った。

 その笑みが、よいものとは人を喜ばせる類のものではないことを雄弁に語っていた。
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