斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ

藤間背骨

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第21話

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「おいしい!」

 戦の事後処理はなかなか終わらず、占領しようにもまず高瀬のことをよく知らねばならない。口で言うなら誤魔化しがきくので、実際に目で見て検地を行うことが大事なのだ。

「おいしい!」

 角解つのおつ、鷹羽と勝重の護衛にきた伊角、八角ほずみは城の隅々まで見て回ったあと、部下から検地の報告を受けていた。
 昼になって休憩を取り、座敷で飯を食べているところである。

「おいしい!」

 伊角は目を輝かせながら、茶碗に山と盛られた飯を口に運んでいる。

「さすが高瀬の米! おいしい! 北随一の米所と言われるだけのことはあります! こんなおいしい米を、むぐ、独り占めするなんて、んぐ、なんと、んん、意地の悪い! ずるい!」
「口に物を入れたまま喋らないでいただけますか、伊角殿」

 眉を寄せながら角解が伊角を窘めると、伊角はむぐ、と唸った。

「角解殿の言うとおりだ、伊角。幼子でももっと作法を弁えているぞ」

 八角にも追撃をされ、伊角は拗ねるように口を尖らせた。

「わっかりましたー! 静かに食べればいいんでしょう、食べればー!」

 それから伊角は、その細い体のどこに収まるのかという量の米を手早くかき込んで、部屋に置かれた火鉢の元まで這っていった。
 火鉢を足で抱えるようにして座り込むと、してやったりという顔で微笑む。

「この火鉢は俺のもの! いでっ!」

 宣言した途端に、いつの間にか飯を食べ終えて近寄った八角に頭を叩かれ、伊角は妙な声を上げた。

「伊角! 慎みというものを覚えろ!」
「嫌です! 寒いのは嫌なんです! 外を見なさい外を! 雪が降ってるんです、寒いんですー! 八角のようなむさ苦しい朴念仁は寒さなんて感じないんでしょうが、この俺のような、優美な雅男みやびお、には凍えるような寒さなんですー!」

 腰をくい、と曲げてしなを作りながら優美と雅男を強調して言った伊角に、八角は呆れてため息をついた。

「誰がむさ苦しい朴念仁だ! 優美な雅男とやらは口に米粒をつけたまま喋りはせん!」
「えっ、どこどこ!?」
「いいから火鉢を離さんか!」
「やだー!」

 そのまま火鉢を巡って取っ組み合いの喧嘩を始めたのを、角解と鷹羽は食後の茶を啜りながらじっと眺めていた。

「賑やかだな。殿があれを側に置くのもわかる」
「程度というものがあります」

 角解はそう言ってため息をつくと、鷹羽が呟くように口を開いた。

「高瀬の奴らも気の毒なものだ。あと数日耐え忍んでいたら、雪が降って我らは帰り支度をしていたというのに」
「良晴に感謝せねばなりません。正直なところ、良晴の犬吠森の棟梁の座に対する執着がなければ正攻法で攻め落とすしかなかったでしょう。そうなった場合、数年は要したはずです」
「老い先短い老いぼれのために国が落ちる、か……。そうなりたくはないものだな」

 鷹羽はそこまで言ってから、横目に角解を見た。

「どうした総大将殿、貴様の策で高瀬を落としたというのに浮かぬ顔ばかりしている」
「……殿ですな。私にも私なりの考えがあったのですよ」

 角解は目を閉じ、渋い顔をしながら言った。

「棟梁になるはずだった獅子吼を焚き付け内乱を起こし、それに手を貸して良晴を殺させる……、か?」

 鷹羽の言葉に角解は頷いた。

「獅子吼の復讐に手を貸し、鶴木の協力なしに仇敵は倒せなかったと恩を売るつもりでした。ところが、親則は殿と鹿島に目をつけられていつもの有様。身一つで降伏した親則を手酷く扱っていると知れればどうなることやら……。最早誰が悪いのかわかりませぬ」
「そうだな。殿はどうして高瀬まで来られたのやら」
「その殿も長旅の疲れか、風邪を召して伏せっているとは。援軍を要請したわけでもないのに、何をしに高瀬まで来られたのか……」
「いつもの気まぐれであろう」

「……鷹羽殿は、最近の殿の様子はおかしいとは思いませんか」

 角解の言葉に、鷹羽の目つきがわずかに鋭くなった。

「確かに殿は気まぐれですが、思い付きで翻意なされるようなことはありませんでした。常に大局を見据えていたというのに、親則一人に執着するなど。あれに構っていても何もいいことはない。ここに来るのもそうです。籠城で戦況は膠着していましたが、その最中に訪れるとは……」
「殿は高瀬など目に入っておらぬのやもしれぬ。高瀬を負かして軽銀さえ取れれば、後はどうなってもいいと。それに、殿は雪が好きだからな。何かと理由をつけて来る腹積もりだったのかもしれんぞ」

 そう言われるとそうかもしれぬと、角解はため息をついた。

「考えすぎだとよいのですが……」
「そんなに気になるのなら直接聞けばいい。殿はお前を気に入っているからな、少しはまともな話が聞けるのではないか」
「人として気に入っているわけではありません、畜生をかわいがるのと同じ扱いですよ」

 しかめっ面をして言った角解の言葉に鷹羽は苦笑し、茶を飲み干すと昼寝だと言って部屋を出ていった。
 終わらない口喧嘩をしている伊角と八角を眺めながら、角解はため息をついた。



 雪がちらつく中、鹿島は一人山の中にいた。
 火を熾すとその側でひたすらに刀を振るう。
 流した汗から湯気がもうもうと立っている。
 鹿島真刀流に伝わる型、その全てをなぞっては、また最初からを幾度も繰り返した。
 鹿島の得物は槍であるが、刀とて人に遅れを取ったことがない。

 しかし。

 親則の振るった大太刀の冴え、鉄兜を真っ二つに斬る魔剣を思えば、親則は鹿島の先を行っているのである。
 親則に足りていて、己に足りないものは何なのか。
 答えは、出ない。



 日が沈み始めたので鹿島は城に戻り、風呂で汗を流してから勝重の下に向かった。
 勝重は鶴木から高瀬までの長旅の疲れで風邪をひき、ずっと部屋で臥せっている。
 歳も五十を数えればただの風邪でも油断ならない。もしもがあるかも知れぬと、鹿島は思い始めていた。
 鹿島が勝重の部屋まで行くと、勝重の部屋から出てきたばかりの小姓に会った。

「鹿島様。申し訳ありませぬが、殿は今休まれたところでして……」
「殿の様子は」
「少しよくなったようです。飯もよく食べておられました」
「……そうですか。それなら結構です」

 それだけ伝えると鹿島は親則のいる離れに向かった。
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