斬り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ

藤間背骨

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第10話

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 しばらくの拠点である平川城、用意された幕舎の中に角解つのおつと鹿島はいた。軍の監査を務める軍監である鷹羽の姿もある。

 鷹羽は普段から口数が少なく、鹿島とはまともに話したこともなかったように思う。
 角解は勝重の名代として総大将に任命され、その下に鹿島がつく形になっていた。

 先日角解をひどい目に遭わせたばかりで、果たして鹿島と共にいてまともに差配できるのかと不安なところがあった。
 しかし角解は鹿島を怖がる素振りは微塵も見せなかった。
 それどころか陣にいるときは城で見るより活力を感じる。この男も戦を楽しむことがあるのかと鹿島は驚いた。

「角解殿はどう思いますか、この戦」

 鹿島が問うと、手に持っていた扇子で口元を隠しながら角解は言った。

「高瀬の狼、犬吠森親則の動き次第というのはありますが……。二つの意味でどう負けるか、ですな」
「どう負ける?」

 鹿島が鸚鵡返しに問い返すと、角解は頷いた。

「まず高瀬の奴らは勝たねばならんのです。勝たねば国がなくなる。我々三千を相手に、同じ数の兵をまともにぶつけていたのでは勝てない。策を弄する必要がある。それでは到底油断などしません。ですから、緒戦でこちらが負けてやるのです。鶴木は大したことがない、このまま押し切れば勝てると思わせる。そこを突いてこちらが勝つ、と言いますか……。そのためには上手く負けてやらないといけない」
「演技をすると?」
「演技では悟られます。本気で行かねば」

 角解は微笑みながらそう言い放った。鹿島は眉を寄せる。

「兵には知らせず、捨て石にするというのですか」
「ええ、知らせません」
「……貴様、それでも将か」

 声を低くして怒る鹿島の様子を見て、角解は、はは、とおかしそうに笑った。

「我々は勝ちに来たのではありません、軽銀を取りに来たのです。どれほど兵を死なせようと軽銀が取れれば我々の勝ち、取れなければそれこそ無駄死に。履き違えめされるな」

 角解の言葉に鹿島は押し黙った。確かにそうではあるのだが、そのために自分たちについてきた兵を死なせるのは我慢ならないことだった。

「やるなら自分の兵を使ってください。俺の兵は出しません」
「ええ。ですが、私の兵も使いません」

 どういうことだと鹿島は視線だけで問うと角解は口の端を吊り上げて笑った。

「この辺りには地侍じざむらいがいるでしょう。新井田にいだ勢とかいう、この期に及んでどちらに着くのか迷っている愚か者が。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。早々に覚悟を決めれば腹の据わっていると褒められこそすれ、いつまでも迷っているようでは保身しか考えておらぬ小心者と見られても仕方のないこと」

 角解は言うと、それはさておき、と話を戻した。

「その新井田勢に使者を出しました。こちらについて先鋒を務め、手柄を上げれば取り立ててやると。全員が全員手柄を上げるわけでなし、生き残った少数に褒美をやれば約束を違えたことにはなりますまい」

 人を駒と思わねば出てこない言葉に、鹿島は角解への認識を改めた。
 あれだけ声高に義を叫んでおきながら、同じ口で人を騙して殺しているのだ。
 その矛盾をおくびにも出さない。すべてをその腹の底に収めているのか、なんとも思っていないのか。どちらにせよ食えない男だ。
 その男が我が軍の総大将なのである。
 角解と陣を同じくするのは初めてだったが、背中を預けるのは嫌な気分だった。

「……もう一つの負ける、とは」

 鹿島が尋ねると、角解は軽い様子で答えた。

「それはあちらのことです。数で押せば高瀬など鶴木の敵ではありません。高瀬はいずれ鶴木に負けるのです。どうせ負けるならよい負け方をしようという話ですね。言うなれば高瀬は負けるために勝たねばなりません。戦で勝って有利な条件を引き出し和議に持ち込み、鶴木の支配下に入る。高瀬に残った筋はそれしかない。国が滅んでもいいというなら別でしょうが」

 そこまで言うと角解はため息を吐く。

「私が案じているのはその一点です。高瀬の狼がまともな男であることを祈るばかりですよ。そればかりは、私にはどうしようもありません」
「どうせ何か考えているのでしょう」
「どうでしょうなぁ」

 鹿島が言うと角解は恐縮するように肩をすくめて笑った。

 殿の命とはいえ、嫌な戦だ。
 犬吠森と戦えるというから来たものの、それすら叶うかどうか危ういと思えてきて鹿島は目を伏せた。
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