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第四話
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「ん……」
コスティは静かに目を覚ました。
見慣れない部屋だったので驚いたが、そういえばアカートの計らいで教会の何とかという施設に泊まらせてもらったのだと思い出す。
窓の扉からは朝日が差していた。
「……夢、見なかったな」
久しぶりに悪夢を見ずにゆっくりと眠れた気がする。頭が冴えているのがわかる。
クルキと別の部屋で寝たのがよかったのかもしれない。
クルキと一緒にいると、どうしても怪我をさせたことを思い出してしまう。
何ともなしに窓を開けると冷えた空気が心地よかった。
外を見ると、夜の間にまた雪が降ったようだ。ここまでの道もまた雪かきしなくてはならないだろう。
机に置いた盆から一個だけ残しておいた林檎を手に取ってかじりつく。
「……おっさん、何て言ってたっけ」
確かアカートはここの院長とやらに自分たちを紹介したい、とか言っていたはずだ。
何もすることはないが、だからといって勝手に建物内を歩き回るわけにもいくまい。
どうしたものかと思っていると、戸がノックされた。
すぐに立って戸を開けると朝食の盆を持ったクルキが立っていた。
一瞬だけ不安げな顔だったが、すぐに表情は和らいだ。
「おはよう、コスティ」
「あ、ああ、おはよう」
「パンを持ってきたんだ。一緒に食べよう」
言ってクルキは部屋の中に入り、今までコスティが寝ていたベッドに座った。
「ほら、これ。牛乳もある」
クルキにパンと牛乳の入ったカップを手渡される。
「昨日は眠れたか? 今日は調子がよさそうだ」
パンをちぎりながらクルキは問いかける。
「そうだな、昨日は久しぶりによく眠れたんだ」
何ともない返事だが、自分でも心なしか明るい声色をしていると感じる。やはり調子がいいらしい。
「そうか、よかった」
言ってクルキは微笑んだ。
そしてふと、クルキの笑った顔を見るのは久しぶりだと思った。
ここ数日、ずっとクルキは不安げな顔をしていた。自分のことを心配してだ。
「食べ終わったら下で話をするそうだ。話が終わったら、一緒に街に行かないか? 祭りで楽しそうだ」
「そうだな」
手早くパンを食べて牛乳を飲むと、盆を持って階下に向かう。そしてクルキは厨房に食器を返して広間に向かった。
広間に入ると、もう面子は揃っているようだった。
アカートは壁際に立っていて、その隣に長い黒髪をした真っ黒な法衣に紫の帯を首にかけた男が、奥にある院長の席だろう大きな書斎机の前に紫紺の法衣を着た黒髪の男がいた。その脇に控えるようにアウレリオがいる。
「やあ、おはよう」
二人に真っ先に声をかけてきたのは書斎机の前にいた男だ。
人当たりのいい柔らかい声をしている。
男は二人に歩み寄り、長椅子を示してそこに座るように促した。
二人は長椅子に座ると、向かいに男が座る。
近くで見ると浅黒い肌をしていて、目が隠れてしまいそうなほど長い前髪の隙間から青い瞳が覗いている。口と顎に髭を生やしていた。三十代後半ほどだろうか。黒い布手袋をしていて、まったく肌を見せていなかった。
「初めまして。僕はこの祓魔院の院長、イングヴァル・イースグレンだ」
男はそう名乗った。イングヴァルも姓のイースグレンも北境ではよく聞く名前で、この辺りの生まれなのかもしれない。
「昨日は席を外していてすまない。前置きも面倒だし、早速だけど本題に入ろうか。アカートから大体のことは聞いたよ」
イングヴァルはそこで言葉を区切って、それでいいかと視線で問うた。
二人が頷くとイングヴァルはまた口を開く。
「この祓魔院は悪魔祓い、悪魔を倒し、ひいては悪魔を生み出す元凶となる魔物を退治する部署だ。でも、最近できたばかりでね。人数もたったの七人だ。皆申し分ない働きをしてくれているけど、人数の少なさばかりはどうしようもない。僕が出られればいいんだけど、院長が不在というのも困るからね。書類仕事もしなくちゃいけないし。そこで、君たちがここに来てくれたらいいなと、僕は思っている」
そう言ってイングヴァルは笑った。
「ここにって、祓魔院に所属する、ということですか?」
クルキが尋ねた。
「そこは君たちに委ねるよ。一応は教会内部の組織だから、正式に籍を置くなら聖職者という扱いになるし、それなりの知識や振舞いが求められる。そういうのが面倒なら、外部の協力者にしてもいい。実際、アカートは外部の協力者ということにしている」
随分と柔軟に対応してくれるものだな、というのがコスティの第一印象だった。
ここが小さい部署というのもあるかもしれないが、教会は内部の人間で自己完結させる組織だと思っていたからだ。
「それで、次は君たちがどんなことをするかだね。まず一番に魔物の退治。君たちは今まで魔物と戦っていたんだろう? なら問題ないとは思うが……。まあ、この話は後にしよう。次にやってほしいのは、簡単に言うと雑用だ。この建物の手入れだったり、炊事だったり。留守番としてここにいてくれるのも有難い。魔物の退治が重なるとここに僕一人しかいないこともあってね。それに僕は仕事で忙しい。でも、誰かがやらないといけない大事なことだ」
言って、イングヴァルは溜息をついた。
「僕は、ここに来る前は傭兵団を率いていたんだ。傭兵団では百人の兵を抱えるなら、その生活を支えるのに二百人の人間が必要だ。その理屈で言うと、今ここにいる七人の人間の生活を支えるなら十四人の人間が必要なことになるね。でも今は全然人手が足りていない。君たちには戦闘面での活躍を期待しているけれど、皆で協力してこの場所を上手く回して、誰もが常に万全の状態で戦闘に臨める態勢を整えることも大切だ。というわけで、君たちの協力が得られたら嬉しいんだ」
イングヴァルの言うことは確かである。
ここを拠点とするなら十分に休息の取れる場所でないといけないし、そのためには彼の言ったように炊事や掃除など、誰かがやらなければいけない雑事というのは必ずある。それを七人で回せというのも難しい話だろう。
「住み込みだから衣食住の心配はいらない。戦闘に出るというなら全面的な支援を約束する。必要なものがあれば教会が経費としてお金を出す。その上で君たちには十分な報酬を支払う。どうかな?」
条件としては破格だった。
今まで魔物退治をしていたのは路銀を稼ぐためだった。旅をしていると宿代と食事代の心配が常に頭の片隅にあるものだ。心許ない装備で野宿をしなければならないこともある。それが、ここに協力をするだけで全部解決する。
隣にいるクルキの様子を窺うと、クルキと視線が合う。
「け、結構いいと、私は思うんだが……」
「うん、俺も……」
そう言いかけたときだった。アカートが脇に来てイングヴァルに言う。
「おいおい院長さんよ、それだけじゃ説明が足りてないんじゃねえのか。今祓魔院と関わるってことがどういうことなのかを言わなきゃ駄目だろ」
アカートの言葉に、イングヴァルは目を細めた。
「……確かに、それは言わないと駄目だね。少し長くなるけど、いいかな」
イングヴァルに確認され、二人は頷いた。
「だったら儂が説明したほうがいいじゃろ」
言って、アカートの隣にいた黒の法衣を着た男が名乗り出た。
年寄りのような口調だったが、見た目は若い。二十代くらいだろうか。
背中まである長い黒髪で、右目が前髪で隠れていた。
「儂はイグナシウス・イグレシアスじゃ。イングヴァルの前のここの院長じゃな」
男は二人にそう名乗った。
「まず、元々の祓魔院は儂一人を指して言うものじゃった。自分で言うのも何じゃが、悪魔を祓うことにおいて儂の右に出る者はおらん。それで長いこと儂一人で悪魔狩りをしていたんじゃ。しかし、近頃悪魔が急増して儂一人では追いつかなくなった。加えて報告やら書類仕事もしなきゃならん。そこにアウレリオを預かることになって、いよいよ手が回らんと思った。そこで偶然会ったイングヴァルを勧誘して、ここの院長の座に座らせたんじゃ。傭兵団の団長ということで、組織を回すのは上手いと思っての。人間のことは人間に任すに限る。じゃが、そこで問題が発生したんじゃ」
「問題、ですか?」
クルキが言うと、イグナシウスは頷いた。
「これは身内の恥なんじゃが……。祓魔院は魔物と悪魔の退治を行うとイングヴァルが説明したじゃろ。その役割は教会の抱える聖騎士団と同じなんじゃ。そして、最近の教会は財政難での。聖騎士団は魔物や悪魔と戦うのに金をかけて遠征して、その度に貴重な兵を失い、維持費もかかる、と金食い虫なんじゃ。そこで、上の連中は祓魔院に仕事を振ることにしたんじゃ」
「あー……」
その先が何となくわかって、コスティは思わず声が出た。
「予想はついてると思うが、要するに縄張り争いじゃな。花形で表立って活躍してきた聖騎士団からすると、儂らに仕事を取られたというのは気に食わないんじゃ。それに、聖騎士団というのは七つ、騎士団一つにつき一人の枢機卿が後ろ盾になっとる。それに比べて祓魔院は一人の枢機卿。組織内の力で言うとこっちが劣っているんじゃな。聖騎士団は後ろ盾も組織の人数も勝っているのをいいことに、事あるごとに嫌がらせしてくるんじゃ」
「教会内の嫌われ者って、そういうことだったんですね……」
クルキが納得したように言う。
アカートはつまり、どんな形であれ祓魔院に協力するということは教会内の身内争いに関わることになる、と言いたかったのだ。
しかしイグナシウスの言ったように身内の恥でもあり、イングヴァルが言いたくない気持ちもわかる。
実際、話を聞くととんでもないことに巻き込まれてしまうのではないか、という心配も出てきたのは確かである。
イングヴァルは二人を見て口を開いた。
「僕は院長として、祓魔院に所属、協力してくれる人間を全力で守る責任があると思っている。それに、聖騎士団とは仲良くやっていきたい。魔物や悪魔を退治する、やっていることが同じなら、目指すものも同じだからだ。僕たちも聖騎士団も困っている人のためにある、ということは変わらない。こう言うと日和見のように聞こえるけど、僕だって考えなしに言っているわけじゃない。策は練っているし、実績を重ねていけば僕らを無下には扱えなくなる。聖騎士団の連中が態度を改めるのも時間の問題だよ」
イングヴァルはそう断言した。
「そう簡単に行くもんかよ」
アカートは吐き捨てた。
どうやらアカートとイングヴァルは方針の違いで対立しているらしいとコスティは察した。いや、対立というよりはアカートが一方的に嫌っているような雰囲気だ。
教会内の身内争いに加えて、この二人の関係も微妙なものである。関わったら関わったで何らかの形で板挟みになる可能性もある。
それを踏まえてクルキに視線をやると、顎に手を当てて考え込んでいた。
「まあ、今すぐに答えを出せというわけではないから。祭りが終わるまではここに泊まるといい。どこの宿もいっぱいだろうから。その間、ゆっくり考えてくれ。じゃあ、僕は仕事があるからこれで失礼させてもらうよ。話が長くなってすまなかったね」
言ってイングヴァルは話を切り上げて立ち上がった。
「わ、わかりました。ありがとうございます」
部屋を貸してくれることに礼を言い、残された数名は奥の続き間に去っていくイングヴァルを見送った。
コスティがクルキに声をかけようとすると、後ろからイグナシウスの声がした。
「アカート、大人げないのう……」
イグナシウスの言葉にアカートはむきになって返した。
「ま、間違ったことは言ってないだろ」
「その返しも大人げないのう……。素直にお前が嫌いって言ったらどうなんじゃ。一回本気で喧嘩すれば、主たち結構仲良くなれると思うんじゃが」
「あの優等生と、俺が? 馬鹿言うなよ。本音を言わねえ奴と仲良くなれるかってんだ」
「だから思う存分喧嘩して本音を引き出せばいいじゃろ。今のままじゃ主が一方的に拗ねてるだけじゃぞ。大人げない」
「仕事に支障は出てねえだろ」
「だったら態度にも出すなというんじゃ。雰囲気の悪い仕事場ほど居心地の悪いものはない」
「お前まであいつの味方かよ。はいはいクズな俺が悪いんですよ、俺に何か言いたきゃクズに合わせた理屈を考えるんだな」
そう言ってアカートは広間を出て行った。
「いつになく卑屈じゃのう……」
イグナシウスはアカートの閉めた扉を見ながら呟いた。
「あの、イグナシウスさん、でしたか。あのアカートさんがあそこまでなるって、なんであんなに仲が悪いんですか?」
クルキが問いかけると、イグナシウスは腕を組んで答えた。
「一言で言うなら、嫉妬?」
「嫉妬? あのアカートさんが?」
誰かを羨むということがあるのか。あのアカートが。
「いや、口が滑った。今のは聞かなかったことにしてくれ」
言ってイグナシウスは仕切り直しをするように咳払いをした。
「性格が合わないというか、表裏一体というか……。同じことやってるのに結果が反対で、その上でイングヴァルが正攻法で結果を出してるから、じゃろうな」
「と、言いますと?」
「アカートはほら、誰にも遠慮しないじゃろ。良くも悪くも裏表がない。誰にも本音を言う。イングヴァルはその逆、誰にも深入りしない。二人とも誰にも平等な接し方じゃが、在り方は正反対じゃ。その上で、アカートは目的のためなら手段を選ばんが、イングヴァルは手段にこだわる。それで結果を出してるから気に食わんのじゃ。しかもイングヴァルはアカートに大人の対応するから、余計に引っ込みがつかなくなっとる。振り上げた拳の行先に困っとるんじゃな」
「重んじる方針の違いですか。それは確かに、一回本気でぶつかりあってみないと和解は難しそうですね……」
「イングヴァルもなかなか面白い男なんじゃが、院長の椅子に座らせた途端に借りてきた猫みたいになってのう……。なんでも組織の長の立場で特定の人間と仲良くするのはよくないとか、組織の長は嫌われるもので誰にも好かれる人間なんていないとか、わかった風なこと言っとるし。アカートみたいな雑草根性持ってる人間は、そういう付き合い方をする人間は本音が見えないから不安なんじゃろうな」
「なるほど。二人のことをよく理解しておられる」
「アカートとは腐れ縁じゃからの。イングヴァルも猫被ってるだけで単純な人間じゃし」
「あなたが仲を取り持ったりはしないのですか?」
「これは当事者間で解決しなきゃ納得しない問題じゃろ。それに、イングヴァルのほうもそろそろ馬脚を現す頃じゃぞ。失敗しない人間なんかおらんからの」
「は、はぁ……」
イグナシウスの言葉にどう返したらいいのかと曖昧な返事をするクルキだった。
「それより」
そしてイグナシウスはクルキとコスティを見て言った。
「主たち、人のことより自分たちのことを考えたらどうじゃ?」
コスティは静かに目を覚ました。
見慣れない部屋だったので驚いたが、そういえばアカートの計らいで教会の何とかという施設に泊まらせてもらったのだと思い出す。
窓の扉からは朝日が差していた。
「……夢、見なかったな」
久しぶりに悪夢を見ずにゆっくりと眠れた気がする。頭が冴えているのがわかる。
クルキと別の部屋で寝たのがよかったのかもしれない。
クルキと一緒にいると、どうしても怪我をさせたことを思い出してしまう。
何ともなしに窓を開けると冷えた空気が心地よかった。
外を見ると、夜の間にまた雪が降ったようだ。ここまでの道もまた雪かきしなくてはならないだろう。
机に置いた盆から一個だけ残しておいた林檎を手に取ってかじりつく。
「……おっさん、何て言ってたっけ」
確かアカートはここの院長とやらに自分たちを紹介したい、とか言っていたはずだ。
何もすることはないが、だからといって勝手に建物内を歩き回るわけにもいくまい。
どうしたものかと思っていると、戸がノックされた。
すぐに立って戸を開けると朝食の盆を持ったクルキが立っていた。
一瞬だけ不安げな顔だったが、すぐに表情は和らいだ。
「おはよう、コスティ」
「あ、ああ、おはよう」
「パンを持ってきたんだ。一緒に食べよう」
言ってクルキは部屋の中に入り、今までコスティが寝ていたベッドに座った。
「ほら、これ。牛乳もある」
クルキにパンと牛乳の入ったカップを手渡される。
「昨日は眠れたか? 今日は調子がよさそうだ」
パンをちぎりながらクルキは問いかける。
「そうだな、昨日は久しぶりによく眠れたんだ」
何ともない返事だが、自分でも心なしか明るい声色をしていると感じる。やはり調子がいいらしい。
「そうか、よかった」
言ってクルキは微笑んだ。
そしてふと、クルキの笑った顔を見るのは久しぶりだと思った。
ここ数日、ずっとクルキは不安げな顔をしていた。自分のことを心配してだ。
「食べ終わったら下で話をするそうだ。話が終わったら、一緒に街に行かないか? 祭りで楽しそうだ」
「そうだな」
手早くパンを食べて牛乳を飲むと、盆を持って階下に向かう。そしてクルキは厨房に食器を返して広間に向かった。
広間に入ると、もう面子は揃っているようだった。
アカートは壁際に立っていて、その隣に長い黒髪をした真っ黒な法衣に紫の帯を首にかけた男が、奥にある院長の席だろう大きな書斎机の前に紫紺の法衣を着た黒髪の男がいた。その脇に控えるようにアウレリオがいる。
「やあ、おはよう」
二人に真っ先に声をかけてきたのは書斎机の前にいた男だ。
人当たりのいい柔らかい声をしている。
男は二人に歩み寄り、長椅子を示してそこに座るように促した。
二人は長椅子に座ると、向かいに男が座る。
近くで見ると浅黒い肌をしていて、目が隠れてしまいそうなほど長い前髪の隙間から青い瞳が覗いている。口と顎に髭を生やしていた。三十代後半ほどだろうか。黒い布手袋をしていて、まったく肌を見せていなかった。
「初めまして。僕はこの祓魔院の院長、イングヴァル・イースグレンだ」
男はそう名乗った。イングヴァルも姓のイースグレンも北境ではよく聞く名前で、この辺りの生まれなのかもしれない。
「昨日は席を外していてすまない。前置きも面倒だし、早速だけど本題に入ろうか。アカートから大体のことは聞いたよ」
イングヴァルはそこで言葉を区切って、それでいいかと視線で問うた。
二人が頷くとイングヴァルはまた口を開く。
「この祓魔院は悪魔祓い、悪魔を倒し、ひいては悪魔を生み出す元凶となる魔物を退治する部署だ。でも、最近できたばかりでね。人数もたったの七人だ。皆申し分ない働きをしてくれているけど、人数の少なさばかりはどうしようもない。僕が出られればいいんだけど、院長が不在というのも困るからね。書類仕事もしなくちゃいけないし。そこで、君たちがここに来てくれたらいいなと、僕は思っている」
そう言ってイングヴァルは笑った。
「ここにって、祓魔院に所属する、ということですか?」
クルキが尋ねた。
「そこは君たちに委ねるよ。一応は教会内部の組織だから、正式に籍を置くなら聖職者という扱いになるし、それなりの知識や振舞いが求められる。そういうのが面倒なら、外部の協力者にしてもいい。実際、アカートは外部の協力者ということにしている」
随分と柔軟に対応してくれるものだな、というのがコスティの第一印象だった。
ここが小さい部署というのもあるかもしれないが、教会は内部の人間で自己完結させる組織だと思っていたからだ。
「それで、次は君たちがどんなことをするかだね。まず一番に魔物の退治。君たちは今まで魔物と戦っていたんだろう? なら問題ないとは思うが……。まあ、この話は後にしよう。次にやってほしいのは、簡単に言うと雑用だ。この建物の手入れだったり、炊事だったり。留守番としてここにいてくれるのも有難い。魔物の退治が重なるとここに僕一人しかいないこともあってね。それに僕は仕事で忙しい。でも、誰かがやらないといけない大事なことだ」
言って、イングヴァルは溜息をついた。
「僕は、ここに来る前は傭兵団を率いていたんだ。傭兵団では百人の兵を抱えるなら、その生活を支えるのに二百人の人間が必要だ。その理屈で言うと、今ここにいる七人の人間の生活を支えるなら十四人の人間が必要なことになるね。でも今は全然人手が足りていない。君たちには戦闘面での活躍を期待しているけれど、皆で協力してこの場所を上手く回して、誰もが常に万全の状態で戦闘に臨める態勢を整えることも大切だ。というわけで、君たちの協力が得られたら嬉しいんだ」
イングヴァルの言うことは確かである。
ここを拠点とするなら十分に休息の取れる場所でないといけないし、そのためには彼の言ったように炊事や掃除など、誰かがやらなければいけない雑事というのは必ずある。それを七人で回せというのも難しい話だろう。
「住み込みだから衣食住の心配はいらない。戦闘に出るというなら全面的な支援を約束する。必要なものがあれば教会が経費としてお金を出す。その上で君たちには十分な報酬を支払う。どうかな?」
条件としては破格だった。
今まで魔物退治をしていたのは路銀を稼ぐためだった。旅をしていると宿代と食事代の心配が常に頭の片隅にあるものだ。心許ない装備で野宿をしなければならないこともある。それが、ここに協力をするだけで全部解決する。
隣にいるクルキの様子を窺うと、クルキと視線が合う。
「け、結構いいと、私は思うんだが……」
「うん、俺も……」
そう言いかけたときだった。アカートが脇に来てイングヴァルに言う。
「おいおい院長さんよ、それだけじゃ説明が足りてないんじゃねえのか。今祓魔院と関わるってことがどういうことなのかを言わなきゃ駄目だろ」
アカートの言葉に、イングヴァルは目を細めた。
「……確かに、それは言わないと駄目だね。少し長くなるけど、いいかな」
イングヴァルに確認され、二人は頷いた。
「だったら儂が説明したほうがいいじゃろ」
言って、アカートの隣にいた黒の法衣を着た男が名乗り出た。
年寄りのような口調だったが、見た目は若い。二十代くらいだろうか。
背中まである長い黒髪で、右目が前髪で隠れていた。
「儂はイグナシウス・イグレシアスじゃ。イングヴァルの前のここの院長じゃな」
男は二人にそう名乗った。
「まず、元々の祓魔院は儂一人を指して言うものじゃった。自分で言うのも何じゃが、悪魔を祓うことにおいて儂の右に出る者はおらん。それで長いこと儂一人で悪魔狩りをしていたんじゃ。しかし、近頃悪魔が急増して儂一人では追いつかなくなった。加えて報告やら書類仕事もしなきゃならん。そこにアウレリオを預かることになって、いよいよ手が回らんと思った。そこで偶然会ったイングヴァルを勧誘して、ここの院長の座に座らせたんじゃ。傭兵団の団長ということで、組織を回すのは上手いと思っての。人間のことは人間に任すに限る。じゃが、そこで問題が発生したんじゃ」
「問題、ですか?」
クルキが言うと、イグナシウスは頷いた。
「これは身内の恥なんじゃが……。祓魔院は魔物と悪魔の退治を行うとイングヴァルが説明したじゃろ。その役割は教会の抱える聖騎士団と同じなんじゃ。そして、最近の教会は財政難での。聖騎士団は魔物や悪魔と戦うのに金をかけて遠征して、その度に貴重な兵を失い、維持費もかかる、と金食い虫なんじゃ。そこで、上の連中は祓魔院に仕事を振ることにしたんじゃ」
「あー……」
その先が何となくわかって、コスティは思わず声が出た。
「予想はついてると思うが、要するに縄張り争いじゃな。花形で表立って活躍してきた聖騎士団からすると、儂らに仕事を取られたというのは気に食わないんじゃ。それに、聖騎士団というのは七つ、騎士団一つにつき一人の枢機卿が後ろ盾になっとる。それに比べて祓魔院は一人の枢機卿。組織内の力で言うとこっちが劣っているんじゃな。聖騎士団は後ろ盾も組織の人数も勝っているのをいいことに、事あるごとに嫌がらせしてくるんじゃ」
「教会内の嫌われ者って、そういうことだったんですね……」
クルキが納得したように言う。
アカートはつまり、どんな形であれ祓魔院に協力するということは教会内の身内争いに関わることになる、と言いたかったのだ。
しかしイグナシウスの言ったように身内の恥でもあり、イングヴァルが言いたくない気持ちもわかる。
実際、話を聞くととんでもないことに巻き込まれてしまうのではないか、という心配も出てきたのは確かである。
イングヴァルは二人を見て口を開いた。
「僕は院長として、祓魔院に所属、協力してくれる人間を全力で守る責任があると思っている。それに、聖騎士団とは仲良くやっていきたい。魔物や悪魔を退治する、やっていることが同じなら、目指すものも同じだからだ。僕たちも聖騎士団も困っている人のためにある、ということは変わらない。こう言うと日和見のように聞こえるけど、僕だって考えなしに言っているわけじゃない。策は練っているし、実績を重ねていけば僕らを無下には扱えなくなる。聖騎士団の連中が態度を改めるのも時間の問題だよ」
イングヴァルはそう断言した。
「そう簡単に行くもんかよ」
アカートは吐き捨てた。
どうやらアカートとイングヴァルは方針の違いで対立しているらしいとコスティは察した。いや、対立というよりはアカートが一方的に嫌っているような雰囲気だ。
教会内の身内争いに加えて、この二人の関係も微妙なものである。関わったら関わったで何らかの形で板挟みになる可能性もある。
それを踏まえてクルキに視線をやると、顎に手を当てて考え込んでいた。
「まあ、今すぐに答えを出せというわけではないから。祭りが終わるまではここに泊まるといい。どこの宿もいっぱいだろうから。その間、ゆっくり考えてくれ。じゃあ、僕は仕事があるからこれで失礼させてもらうよ。話が長くなってすまなかったね」
言ってイングヴァルは話を切り上げて立ち上がった。
「わ、わかりました。ありがとうございます」
部屋を貸してくれることに礼を言い、残された数名は奥の続き間に去っていくイングヴァルを見送った。
コスティがクルキに声をかけようとすると、後ろからイグナシウスの声がした。
「アカート、大人げないのう……」
イグナシウスの言葉にアカートはむきになって返した。
「ま、間違ったことは言ってないだろ」
「その返しも大人げないのう……。素直にお前が嫌いって言ったらどうなんじゃ。一回本気で喧嘩すれば、主たち結構仲良くなれると思うんじゃが」
「あの優等生と、俺が? 馬鹿言うなよ。本音を言わねえ奴と仲良くなれるかってんだ」
「だから思う存分喧嘩して本音を引き出せばいいじゃろ。今のままじゃ主が一方的に拗ねてるだけじゃぞ。大人げない」
「仕事に支障は出てねえだろ」
「だったら態度にも出すなというんじゃ。雰囲気の悪い仕事場ほど居心地の悪いものはない」
「お前まであいつの味方かよ。はいはいクズな俺が悪いんですよ、俺に何か言いたきゃクズに合わせた理屈を考えるんだな」
そう言ってアカートは広間を出て行った。
「いつになく卑屈じゃのう……」
イグナシウスはアカートの閉めた扉を見ながら呟いた。
「あの、イグナシウスさん、でしたか。あのアカートさんがあそこまでなるって、なんであんなに仲が悪いんですか?」
クルキが問いかけると、イグナシウスは腕を組んで答えた。
「一言で言うなら、嫉妬?」
「嫉妬? あのアカートさんが?」
誰かを羨むということがあるのか。あのアカートが。
「いや、口が滑った。今のは聞かなかったことにしてくれ」
言ってイグナシウスは仕切り直しをするように咳払いをした。
「性格が合わないというか、表裏一体というか……。同じことやってるのに結果が反対で、その上でイングヴァルが正攻法で結果を出してるから、じゃろうな」
「と、言いますと?」
「アカートはほら、誰にも遠慮しないじゃろ。良くも悪くも裏表がない。誰にも本音を言う。イングヴァルはその逆、誰にも深入りしない。二人とも誰にも平等な接し方じゃが、在り方は正反対じゃ。その上で、アカートは目的のためなら手段を選ばんが、イングヴァルは手段にこだわる。それで結果を出してるから気に食わんのじゃ。しかもイングヴァルはアカートに大人の対応するから、余計に引っ込みがつかなくなっとる。振り上げた拳の行先に困っとるんじゃな」
「重んじる方針の違いですか。それは確かに、一回本気でぶつかりあってみないと和解は難しそうですね……」
「イングヴァルもなかなか面白い男なんじゃが、院長の椅子に座らせた途端に借りてきた猫みたいになってのう……。なんでも組織の長の立場で特定の人間と仲良くするのはよくないとか、組織の長は嫌われるもので誰にも好かれる人間なんていないとか、わかった風なこと言っとるし。アカートみたいな雑草根性持ってる人間は、そういう付き合い方をする人間は本音が見えないから不安なんじゃろうな」
「なるほど。二人のことをよく理解しておられる」
「アカートとは腐れ縁じゃからの。イングヴァルも猫被ってるだけで単純な人間じゃし」
「あなたが仲を取り持ったりはしないのですか?」
「これは当事者間で解決しなきゃ納得しない問題じゃろ。それに、イングヴァルのほうもそろそろ馬脚を現す頃じゃぞ。失敗しない人間なんかおらんからの」
「は、はぁ……」
イグナシウスの言葉にどう返したらいいのかと曖昧な返事をするクルキだった。
「それより」
そしてイグナシウスはクルキとコスティを見て言った。
「主たち、人のことより自分たちのことを考えたらどうじゃ?」
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ある日、沢渡優斗というアルファ男性に出会い、お互い運命の番ということに気付く。しかし、優斗は既に伊集院美月という恋人がいた。美月はIQ200の天才で美人なアルファ女性、大手出版社である伊集社の跡取り娘。かなわない恋なのかとあきらめたが……ハッピーエンドになります。
失恋した美月も運命の番に出会って幸せになります。
蓮の母は誰なのか、20歳の誕生日に柊里が説明します。柊里の過去の話をします。
初めての小説です。オメガバース、運命の番が好きで作品を書きました。業界話は取材せず空想で書いておりますので、現実とは異なることが多いと思います。空想の世界の話と許して下さい。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
孤独な王弟は初めての愛を救済の聖者に注がれる
葉月めいこ
BL
ラーズヘルム王国の王弟リューウェイクは親兄弟から放任され、自らの力で第三騎士団の副団長まで上り詰めた。
王家や城の中枢から軽んじられながらも、騎士や国の民と信頼を築きながら日々を過ごしている。
国王は在位11年目を迎える前に、自身の治世が加護者である女神に護られていると安心を得るため、古くから伝承のある聖女を求め、異世界からの召喚を決行した。
異世界人の召喚をずっと反対していたリューウェイクは遠征に出たあと伝令が届き、慌てて帰還するが時すでに遅く召喚が終わっていた。
召喚陣の上に現れたのは男女――兄妹2人だった。
皆、女性を聖女と崇め男性を蔑ろに扱うが、リューウェイクは女神が二人を選んだことに意味があると、聖者である雪兎を手厚く歓迎する。
威風堂々とした雪兎は為政者の風格があるものの、根っこの部分は好奇心旺盛で世話焼きでもあり、不遇なリューウェイクを気にかけいたわってくれる。
なぜ今回の召喚されし者が二人だったのか、その理由を知ったリューウェイクは苦悩の選択に迫られる。
召喚されたスパダリ×生真面目な不憫男前
全38話
こちらは個人サイトにも掲載されています。
【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます
天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。
広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。
「は?」
「嫁に行って来い」
そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。
現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる!
……って、言ったら大袈裟かな?
※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。
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