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第9話
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密林での騒動から三日後。
数日かけて街まで戻ってきたイングヴァルとアウレリオは、一日の休みを経て教会に赴いた。
密林の最寄りの街にある教会は、複数の地域を管轄する地方本部だ。
この地域は悪魔の出現率が高いことからイグナシウス、アウレリオの属する悪魔祓いの部署が置かれている。
イングヴァルは仕立てられたばかりの黒い法衣を身にまとって、執務室を訪れた。
体格のいいイングヴァルが法衣を着ると、年齢と髭もあって見た目だけならベテランの神父のような風格が漂っていた。
厚着をしているのは気分の問題で薄着でも活動に支障はなかったが、薄着だと落ち着かないのか腕で体をさすっている。
さすがにこの姿で分厚い革手袋も嵌められないので、せめてもの抵抗として薄手の黒い手袋を嵌めていた。
「馬子にも衣装って言うかい?」
イングヴァルは自嘲するように二人に尋ねた。
「前々から思っていたが、主って面倒な男よな……。素直になれ素直に」
「こういう性分なんだよ」
詰襟が窮屈なのか指で伸ばしながら、イングヴァルは言う。
「……思い出したよ、こういうちゃんとした服を着るのが嫌で家を出たのを。だが、仕立てのいい服を着ると背筋が伸びるな。悪くない」
言ってイングヴァルは微笑んだ。
「そうだ、これ作ったんです! お守り!」
アウレリオはイングヴァルに歩み寄ると、ローブのポケットから紐のようなものを取り出した。
手を掲げてイングヴァルの前で広げて見せる。
それは首飾りのようで、逆さにした円錐の小瓶がぶらさがっていた。その中にはどんな仕組みか、小さな炎が揺らめいている。
「持ってみてください!」
イングヴァルは言われるままに、小瓶を手に取った。
「暖かい……」
手袋越しでも感じる温かみに、思わずイングヴァルは声を漏らした。
「でしょう! 俺の炎が入ってるんですよ。俺の炎は暖かいって言ってたから」
得意げにアウレリオは言った。
イングヴァルは手の中にある首飾りをじっと見つめた。
この体になってからというもの、常に吹雪に晒されているように凍えていた。
何をしても熱は感じられなかった。火の中に手を入れることすら試みたが、それすら無意味だった。
このままずっと生きていくのか。
その寒さはずっとイングヴァルをあの冬に閉じ込めていた。
この寒さが消えるのならば、死んでしまっても構わない。そう思って旅をした。そして、アウレリオに出会った。
自分の力を人を守ることに使うと言い切った彼は眩しく、彼の炎だけは暖かいと感じた。
手のひらに感じる暖かさがある限り、自分は間違えはしないだろう。
そう思ったが、照れくさいので口にすることはなかった。
イングヴァルは首飾りを大事そうに握りしめると、早速首からかけた。
「……ありがとう。大事にするよ」
イングヴァルの素直な礼の言葉に、アウレリオは照れを隠すようにイグナシウスに話しかけた。
「それで師匠、これからどうするんです」
「管理課に行って手続きをしてこい。新人が入ったら提出する書類があったはずじゃろ。ついでにこの建物を見て回ってこい。ここは広いからの」
「はい!」
アウレリオは元気よく返事をすると、イングヴァルの手を引いて歩き出した。
「じゃ、じゃあ、行ってきます」
イングヴァルはアウレリオに引っ張られながら首だけをイグナシウスのほうに向けて言うと、彼のあとをついていった。
ステンドグラスから色とりどりの光がこぼれる中、石造りの広い回廊を二人は歩く。
他の人間はアウレリオが見慣れない人間の手を引いているのを見て、訝し気に通り過ぎて行った。
「ここは広いから時間がかかりますよ! この建物は三百年も前に建てられたもので、師匠と同い年なんです!」
「あの人は何者なんだ……」
得体の知れないイグナシウスの正体は何なのかと思ったが、知ってもいいことはなさそうだと詮索はやめた。
「その、今まで気になっていたんだが……」
イングヴァルが切り出すと、アウレリオは手を解いて隣に並んだ。
「何です?」
「君は竜なのに人の姿をしているなって」
「俺、半分は人間だから。お父さんが竜で、お母さんが人間」
「そ、そうなのかい?」
「そう。かっこいいでしょ」
言ってアウレリオは悪戯っぽく笑った。
複雑な生まれではあるが、彼がそれを肯定しているならいいか、とイングヴァルは思った。それに、彼が困ったら自分が助けになればいいのだ。
「ちょっと待った、だとしても密林の竜が姿を表さなくなって数年、そして君は十七、八に見えるんだが……。計算が合わないんじゃないか?」
「俺、生まれてから三年ですけど?」
きょとんとした顔でアウレリオは言った。
「さんね、ん……? そんなに早く大きくなるものなのかい?」
イングヴァルは人間の三歳児を脳裏に浮かべたが、まだ鼻水を垂らして泣いている印象しかない。
「竜は三年くらいで大きくなりますよ。人間の成長が遅すぎるんじゃないですか?」
「そういうものかな……」
言われてイングヴァルは、確かに犬や猫は一年、馬だって三年で大人になるのであれば、十五年もかかる人間の方が遅いのかもしれないと思った。
「直にイングヴァルさんより背が高くなりますからね」
そう言ってアウレリオは、まだ頭一つ分背の高いイングヴァルを見上げる。
「どうかな。僕だって人間の中では背が高いほうだよ」
「早く大人になるんですから」
アウレリオは拗ねるように言うと、足早に歩き出した。イングヴァルもその後を追う。
「それで、管理課っていうのはどこにあるんだい」
「西の棟です。中庭を通ると早いですよ。ここです」
アウレリオの言う通り、回廊が途切れて広い中庭に出た。
薄暗い室内にいたイングヴァルは、陽の眩しさに思わず目を閉じる。
手で庇を作りながら目を開けると、アウレリオが笑ってこちらを見ていた。その純真な笑顔を見ていると、こちらも笑顔になってしまいそうだ。
「ところで、考えてくれました? 友達になること」
「友達って……。今の僕と君とは同僚にして先輩後輩じゃないか」
「そういうのはいいから! 俺は友達になりたいかどうかを聞いてるんです!」
アウレリオは真剣な眼差しでイングヴァルのことを見つめている。
イングヴァルは二択を迫られ、この調子だと今後はどうなってしまうのかと先が思いやられた。
「君とは友好的な関係を築きたいと思っている」
イングヴァルの答えに、アウレリオはむくれた顔をした。この答えでは駄目ということらしい。
「それで?」
アウレリオに言われ、イングヴァルは目を閉じて笑った。
「なってくれないか。僕の友達に」
言いながらイングヴァルは手を差し出した。
「はい!」
アウレリオはイングヴァルの手を力強く握った。
今度は一時的な協力関係ではない。
長く続く友誼を結ぶために、二人は手を取り合った。
数日かけて街まで戻ってきたイングヴァルとアウレリオは、一日の休みを経て教会に赴いた。
密林の最寄りの街にある教会は、複数の地域を管轄する地方本部だ。
この地域は悪魔の出現率が高いことからイグナシウス、アウレリオの属する悪魔祓いの部署が置かれている。
イングヴァルは仕立てられたばかりの黒い法衣を身にまとって、執務室を訪れた。
体格のいいイングヴァルが法衣を着ると、年齢と髭もあって見た目だけならベテランの神父のような風格が漂っていた。
厚着をしているのは気分の問題で薄着でも活動に支障はなかったが、薄着だと落ち着かないのか腕で体をさすっている。
さすがにこの姿で分厚い革手袋も嵌められないので、せめてもの抵抗として薄手の黒い手袋を嵌めていた。
「馬子にも衣装って言うかい?」
イングヴァルは自嘲するように二人に尋ねた。
「前々から思っていたが、主って面倒な男よな……。素直になれ素直に」
「こういう性分なんだよ」
詰襟が窮屈なのか指で伸ばしながら、イングヴァルは言う。
「……思い出したよ、こういうちゃんとした服を着るのが嫌で家を出たのを。だが、仕立てのいい服を着ると背筋が伸びるな。悪くない」
言ってイングヴァルは微笑んだ。
「そうだ、これ作ったんです! お守り!」
アウレリオはイングヴァルに歩み寄ると、ローブのポケットから紐のようなものを取り出した。
手を掲げてイングヴァルの前で広げて見せる。
それは首飾りのようで、逆さにした円錐の小瓶がぶらさがっていた。その中にはどんな仕組みか、小さな炎が揺らめいている。
「持ってみてください!」
イングヴァルは言われるままに、小瓶を手に取った。
「暖かい……」
手袋越しでも感じる温かみに、思わずイングヴァルは声を漏らした。
「でしょう! 俺の炎が入ってるんですよ。俺の炎は暖かいって言ってたから」
得意げにアウレリオは言った。
イングヴァルは手の中にある首飾りをじっと見つめた。
この体になってからというもの、常に吹雪に晒されているように凍えていた。
何をしても熱は感じられなかった。火の中に手を入れることすら試みたが、それすら無意味だった。
このままずっと生きていくのか。
その寒さはずっとイングヴァルをあの冬に閉じ込めていた。
この寒さが消えるのならば、死んでしまっても構わない。そう思って旅をした。そして、アウレリオに出会った。
自分の力を人を守ることに使うと言い切った彼は眩しく、彼の炎だけは暖かいと感じた。
手のひらに感じる暖かさがある限り、自分は間違えはしないだろう。
そう思ったが、照れくさいので口にすることはなかった。
イングヴァルは首飾りを大事そうに握りしめると、早速首からかけた。
「……ありがとう。大事にするよ」
イングヴァルの素直な礼の言葉に、アウレリオは照れを隠すようにイグナシウスに話しかけた。
「それで師匠、これからどうするんです」
「管理課に行って手続きをしてこい。新人が入ったら提出する書類があったはずじゃろ。ついでにこの建物を見て回ってこい。ここは広いからの」
「はい!」
アウレリオは元気よく返事をすると、イングヴァルの手を引いて歩き出した。
「じゃ、じゃあ、行ってきます」
イングヴァルはアウレリオに引っ張られながら首だけをイグナシウスのほうに向けて言うと、彼のあとをついていった。
ステンドグラスから色とりどりの光がこぼれる中、石造りの広い回廊を二人は歩く。
他の人間はアウレリオが見慣れない人間の手を引いているのを見て、訝し気に通り過ぎて行った。
「ここは広いから時間がかかりますよ! この建物は三百年も前に建てられたもので、師匠と同い年なんです!」
「あの人は何者なんだ……」
得体の知れないイグナシウスの正体は何なのかと思ったが、知ってもいいことはなさそうだと詮索はやめた。
「その、今まで気になっていたんだが……」
イングヴァルが切り出すと、アウレリオは手を解いて隣に並んだ。
「何です?」
「君は竜なのに人の姿をしているなって」
「俺、半分は人間だから。お父さんが竜で、お母さんが人間」
「そ、そうなのかい?」
「そう。かっこいいでしょ」
言ってアウレリオは悪戯っぽく笑った。
複雑な生まれではあるが、彼がそれを肯定しているならいいか、とイングヴァルは思った。それに、彼が困ったら自分が助けになればいいのだ。
「ちょっと待った、だとしても密林の竜が姿を表さなくなって数年、そして君は十七、八に見えるんだが……。計算が合わないんじゃないか?」
「俺、生まれてから三年ですけど?」
きょとんとした顔でアウレリオは言った。
「さんね、ん……? そんなに早く大きくなるものなのかい?」
イングヴァルは人間の三歳児を脳裏に浮かべたが、まだ鼻水を垂らして泣いている印象しかない。
「竜は三年くらいで大きくなりますよ。人間の成長が遅すぎるんじゃないですか?」
「そういうものかな……」
言われてイングヴァルは、確かに犬や猫は一年、馬だって三年で大人になるのであれば、十五年もかかる人間の方が遅いのかもしれないと思った。
「直にイングヴァルさんより背が高くなりますからね」
そう言ってアウレリオは、まだ頭一つ分背の高いイングヴァルを見上げる。
「どうかな。僕だって人間の中では背が高いほうだよ」
「早く大人になるんですから」
アウレリオは拗ねるように言うと、足早に歩き出した。イングヴァルもその後を追う。
「それで、管理課っていうのはどこにあるんだい」
「西の棟です。中庭を通ると早いですよ。ここです」
アウレリオの言う通り、回廊が途切れて広い中庭に出た。
薄暗い室内にいたイングヴァルは、陽の眩しさに思わず目を閉じる。
手で庇を作りながら目を開けると、アウレリオが笑ってこちらを見ていた。その純真な笑顔を見ていると、こちらも笑顔になってしまいそうだ。
「ところで、考えてくれました? 友達になること」
「友達って……。今の僕と君とは同僚にして先輩後輩じゃないか」
「そういうのはいいから! 俺は友達になりたいかどうかを聞いてるんです!」
アウレリオは真剣な眼差しでイングヴァルのことを見つめている。
イングヴァルは二択を迫られ、この調子だと今後はどうなってしまうのかと先が思いやられた。
「君とは友好的な関係を築きたいと思っている」
イングヴァルの答えに、アウレリオはむくれた顔をした。この答えでは駄目ということらしい。
「それで?」
アウレリオに言われ、イングヴァルは目を閉じて笑った。
「なってくれないか。僕の友達に」
言いながらイングヴァルは手を差し出した。
「はい!」
アウレリオはイングヴァルの手を力強く握った。
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